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よこすかに行って来た ~『ラ・マンチャの男』鑑賞
初めて観たのは1995年だと思う。
以来6回くらい観ているんじゃないか。
『ラ・マンチャの男』と言うミュージカル。
現在、よこすか芸術劇場と言うところでたった10日間の公演が行われている。主演は言わずとしれたこの役を54年務め続ける二代目松本白鸚丈。傘寿のセルバンテス/ドンキホーテをしかと目に焼き付けに行って来た。私の家からよこすか芸術劇場まではほぼ二時間。遠い。でも80歳の人が毎日舞台に乗っているのに観るだけの我々が遠いだの電車で座れないと辛いだのと言っていたらバチが当たるというものだ。
このミュージカルはとても深い。初めて見たときは難解だと思った。というか正直、どう感じたら良いのかがよくわからなかった。舞台も暗いし、人生とか真実とかいろいろと難しいことが台詞に入っていて、いくら音楽に乗せて歌われても「え、これってミュージカルなの?」と思ってしまった。それまで私が観た、あるいはイメージしていたミュージカルとそれはあまりに違っていたから。テレビで舞台中継しないのは放送禁止の言葉が飛び交うからか、衝撃的な暴行シーンがあるからか、最初の頃はそういうことが気になってドキドキしたり怖かったりしながら何をどう感じたら良いのか何が正解なのかわからなくてモヤモヤした。モヤモヤしたせいなのか、次にまた公演の案内を見ると観たくなった。
回を重ねるごとに、だんだんその深さを味わえるようになった。歌も台詞も覚え、笑い、泣き、憤り、悲しみ、最後には涙を拭きながら明日を生きる勇気をもらうのだ。心がとても動かされる。観る度に違うところで新しい発見をする。その時の自分の置かれている立場や人生の状況に合わせて感じ方が変わるのだ。何度観ても見飽きることがない。唯一無二の最高のミュージカル。見終わってからもずっと脳内には音楽が鳴り、歌が響き、うるさいほどだ。
今回も帰宅して、疲れているのになかなか眠れず、プログラムを見たりYouTubeで記者会見や稽古風景を見たりして『見果てぬ夢』『あの方の事を考えてばかり』などの歌を聴いて反芻。名台詞をメモって頷いたり、もうすっかり中毒になってしまった。
昨年の2月、この公演はファイナルと銘打たれていたがコロナのために何日も中止になった(全25公演のうち上演できたのは7回)。私も観ることが出来なかった。これでファイナルと言わず、是非再演を!と私以外にも多くの人が言ったのだろうと思う。こんなに早く再演出来たことも奇跡的だ。そして今年、まず無事に前半を終えた。後半、あと5日完走して欲しいと心から祈っている。
ミュージカルの内容についてばかり語ってしまったけれど見所はもちろん、この役を26歳の時からずっと演じ続けている白鸚丈の演技と歌唱力そしてとても80歳とは思えない奇跡的な体力だ。劇中劇で演じているドンキホーテが老人だから、演技でよろよろしているのか実際そうなのか観ていてハラハラする部分があるのは確かだけれど(笑)、いや、あれはたぶん、演技。
また白鸚丈も負担を軽減させるための演出も上手く効いていて、激しい立ち回りやダンスの場面では上手に周りを闘わせ、踊らせて魅せている。
それでもやっぱり消耗するだろうとは思う。「役者」という仕事はそうやって自分を使って表現することで何かを確実に削って行っているんじゃないかと感じるから。そうでなくてはこれだけの感動を人に与えること何て出来ないだろう。うん。そうか。これ以上は削っちゃダメか。
ああ、また観たい。もっと観たい。観客は常に欲張りだ。終演後出口に向かう階段で「また観たい。再演して欲しい」と聞こえた時は、私の心の声が漏れたのかと思ったが、私以外にもそう思う人がたくさんいるんだと思って嬉しかった。でも、まあ、こればかりは一人では出来ないことだから、関係各所諸々の「折り合い」が付かないと無理なんだろうな…。それでもまた、観たい。
昨年のファイナルに向けての記者会見の時、ラ・マンチャが終わったらお父さまには何をして欲しいですかと言う質問に娘の松たか子さんが「またラ・マンチャをやって欲しいです」と答えていた。とてもよくわかった。質問した人はすぐにピンと来なかったかもしれないけれど、私はウンウンと頷いた。
白鸚さんにはラ・マンチャをやって欲しい。ラ・マンチャが終わったら、また、ラ・マンチャをやって欲しい。そう思う、そんなミュージカルでありそんな白鸚さんなのだ。
あと5日が終わったら、また次に、やって欲しい。本当に。