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癌について語るときに俺が語ること
癌といえばさあ、
俺、
乳癌になったことがあるんだよね。
「え? 男なのに?」って、当時はよく言われたなあ。
20年近く前のことだよ。
一番印象に残っているのは、
皮膚科に通院した際の薬局でそこの受付をやっている女が俺の乳癌を知った直後、
「ねぇ聞いて! あの人、男のくせに乳癌なんだって!」って、
声は潜めているつもりみたいなんだけど待合室にいる人たちにはっきりわかるしぐさで周りの薬剤師さんたちに触れ回っていたことだね。
俺も心が広いから「そういう人もいるわな」と思って気にしなかったけど、
医療にかかわっているんだから素人みたいにびっくりしてないでもうちょっとデリカシーがあってもいいんじゃないかと思ったね。
最近はこの話題になったときの反応は変わった。
男も女も「あぁ、男の人もなるって言うね」っていう反応になった。
発病当時に、
乳癌の治療に「見張りリンパ節生検」っていう手順が普及し始めていて、
告知の日の待合室にこれを啓発するムックが置いてあった。
むさぼり読んだよ。
見張りリンパ節生検っていうのは、
しこりから一番近いリンパ節の組織を取り出して癌があるかどうかを検査する。
もし癌がなかったらそのリンパ節としこりだけ切除して手術は終わり。
身体への負担が軽いんだ。
それまでは、
癌がどんな状態でもしこりの胸から腕全体にかけて組織を取れるだけ全部取る手術が一般的だった。
それが嫌だから生検を希望したけど、
市立病院の主治医は「男だから上手くいかないかも」と否定的だった。
俺は県立がんセンターまで行って「男でも大丈夫」というセカンドオピニオンを貰ってきた。
おかげで今がある。
あの待合室にあのムックがあったのはあの告知の日だけだった。
それを見つけてセカンドオピニオンを取りに行き、
自分で治療方針を決められたのは良い経験だった。
結果的にどうなるかはわからない。
でもだからこそ肝心なところは運でも何でも自分で獲りに行って自己決定したいよね。
(800字)
このエッセイについて
作者意図
課題本のテーマは、おもに癌により亡くなっていく方々のエピソードについて医師と詩人が文通をとおして語り合うことで、「人が生きるって何だろう? 死ぬって何だろう?」と読者に考えさせることだったと思います。
私は乳がんを経験していて、自分が助かった一方で同時期に同じ乳がんで亡くなっていった知り合いが複数います。それについて書こうとすぐに決めました。テーマが重かったので、第2稿までで出来上がった作品はそれなりの完成度はあったものの読後感が沈んだ感じでイマイチでした。そんなとき、ふみサロメンバーのFBでの「今回の作品にはユーモアを入れたいですね」というコメントにヒントをもらい、全面的に書き直すことにしました。
ユーモアということで、亡くなった人のエピソードはやめました。笑えるエピソードに変更したうえで、語り口・文体もこれまでの私の作品とはまったく違ったものにしました。大きなチャレンジでした。結果的に、最終的なオチも第2稿とは違ったものになりました。重いテーマをユーモアを交えて語ることができていれば嬉しいです。
完成までの経緯
この作品は第3稿です。原稿の熟成を課題にして二か月目となりました。今回、課題本はkindle本で購入しました。10月に入ってから読み始めて数日で読了、第1稿を10月5日頃までに完成させました。この第1稿は、自分の乳がん治療の経験について、ほぼ事実ベースで簡潔にまとめ、結びで感慨を述べたものになりました。いちおうエッセイにはなっていましたが、すぐに改稿するのを見越して完成させました。
第2稿は7日から書き始めました。第1稿の結びに書いた感慨の中身を膨らませ、その分事実ベースで書いた部分を編集して表現を柔らかく、分量をコンパクトにして完成させました。とりあえず、これでほぼ完成としても構わない作品となりました。15日前後でした。ところが、ここで事件が起きました。
この第2稿完成前後に、Facebookでふみサロメンバーが「今回の課題本にはユーモアがありましたね。私たちのエッセイもぜひそれにあやかりたいですね」(大意)というコメントを投稿しているのを目撃してしまったんです。「えっっ?ユーモア?」「うん。たしかに課題本には重いテーマを扱う中にユーモア精神があったよな」と思いました。そして「それなのに俺の第2稿は真面目腐った内容だな」とも感じたんです。
「ユーモアを入れた第3稿を書こうか」と思い、このエッセイに注入するユーモアって何だろう?と思案を始めました。そして「うん、このエピソードを入れたら良いかも。文体も大きく変えよう」と思ったんです。チャレンジングで良い案だと思いました。
でもここで問題が発生しました。ここで大幅に内容を変えた第3稿を書くということは、せっかく2週間も時間をかけて書き上げた第2稿をボツにすることを意味していたからです。「もったいない」と思いました。2日間逡巡しました。「改稿しよう」「いやもったいない」問答を繰り返した結果「第2稿をボツにするかは、まず第3稿を書き上げて、両者を見比べてから決めればよいじゃないか!」と気がついたのです。そして第3稿を書きました。18日夜に書き上げました。19日にはほんの少し微調整を入れただけです。第2稿よりかなり良くなったと思いました。それがこの作品です。