ヘルシンキの海で感情の波にさらわれた、朝【卒業旅行記#20フィンランド:前編】
船の甲板で、波に襲われた。
波と言っても実際の波ではない。襲ってきたのは感情の波だ。
船の甲板から遠くを眺めていると、2年前留学していたヘルシンキの街が見えてきているのに気がついた、その瞬間。
言葉では言い表せないほどの感情の波に私は襲われ、そしてさらわれた。
フェリーのビュッフェで朝ごはん
朝、船の中の部屋で目覚める。
夢をみていたところでアラームに起こされ、一瞬自分がどこにいるのかわからない。一拍置いて、ああ、そうだ私はストックホルムからヘルシンキへと向かう船の中にいるんだと思い出す。
身支度を整えてから、朝ごはん会場へと向かう。フェリーのチケットを取るときに朝ごはん付きを選択したのだ。ビュッフェの朝ごはん。
朝ごはん会場に行って、チケットを見せに受付に行く。
受付では「Huomenta(おはよう)」「Kiitos(ありがとう)」と少しフィンランド語でやりとりをする。フィンランド語が使えることに、嬉しくなる。
朝ごはん会場には、いろいろな食材が並んでいた。
色とりどりの野菜、ハム、ソーセージ、ハッシュドポテト。パンはシナモンロール、クロワッサン、ライ麦パンなどなど。ドーナツまである。
これぞ、私が思い描いていた朝食ビュッフェ!
ここまでの卒業旅行のホテルでは、朝食が付いていたとて、相当質素な朝食ビュッフェが多かった。野菜はきゅうりと輪切りのトマトだけとか、ざらだった。
今回は、トマトにレタスにパプリカに、ドレッシングまであるではないか!嬉しくなる。
嬉々として、トマト、サーモン、レタス、それにKarelian piirakka(カレリアンパイ。フィンランドの名物)を食べる。サーモンにはディルのソース。おいしい。
ぺろりと平らげ、紅茶を飲みながら海を眺める。
ああ、もうすぐヘルシンキにつくのか、と感慨にふける。
信じられない。
ヘルシンキ港にフェリーが到着し、感情の波に襲われる
朝ごはんを食べ終わり、外の空気に触れようと船の甲板へと向かった。
空は快晴。吹き付ける風はつめたい。
青い海は朝日に照らされてきらめき、雪をかぶった白い島々が浮かんでいる。
遠くを見やると、もうヘルシンキ港が小さく見え始めていた。
その瞬間。感情の波が襲ってきた。
私、ヘルシンキに帰ってきたんだ。
そして、留学での日々を思い出す。
ああ、留学での日々は、嘘じゃなかったんだ。確かにここに、あったんだ。
留学から帰ったあと、「もしかしてあの日々は夢だったんじゃないか」と何度も疑った。
満員列車で毎朝息を詰まらせてはゼミに就活に卒論にと翻弄される日々と、森を散歩しては友人と湖で過ごした記憶の中の日々との落差が、あまりに激しすぎて。
でも、嘘じゃなかった。
私は確かに、ここにいた。
もうなんだか、胸がいっぱいいっぱいになってしまった。
留学からの帰国後2年間、東京の雑踏の中でもがきながら、ずっと恋焦がれていた森と湖の国、フィンランド。
自分がその澄んだ空気の中に今、辿り着こうとしているんだということが、嬉しくてたまらなかった。
ヘルシンキ港でほうける
そうこうしているうちに、フェリーが港に到着した。
自分の荷物をまとめていなかったことをはたと思い出し、慌てて自分が寝ていた部屋に戻る。ばたばたと荷物をまとめる。この辺の動きはこの旅行で何度も繰り返してきたので、ものの5分で荷詰めが完了する。
しかし、5分で完了したところで、船はすでに港についていることに変わりはない。部屋を出るともう清掃の方が隣の部屋に入り始めていた。
そそくさと甲板へと向かう。
そして、ヘルシンキ港に、降り立った。
またもや、感情の波に襲われてしまう。今度は波にざぷんと呑み込まれ、そのままさらわれた。何も、考えられなくなった。
これほどまでに感情を突き動かされたのは、人生で初めてだった。
ここからの交通手段の確保とか、一昨日来た大学からのメールへの返信とか、無事到着したという旨の友達への連絡とか、やらなければならないことはあるはずなのに、どれにも手を付けられない。
ただただ、「私、いま、ヘルシンキに」と。
はっきりとした形をもって考えられたことは、それだけだった。
▼後編に続く