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ロンドンに来て、ようやく休めた【出張記】
出張で来たイギリスで、風邪を引いている。
発熱しているようで、なんだかぼんやりとして、すべてのものを遠くに感じる。
ロンドンに滞在予定の1週間のうちの仕事の部分は終わって、あとはお休みを満喫するだけ、という日々に入った翌日、熱が出た。
からだが、休めと言っているのかもしれない。
ロンドンでの仕事があった4日間は、怒涛だった。時差ボケで寝不足の体に鞭を打って、上司の観光をアテンドし、朝から笑顔でお客さんと話し、書類を浴びるように見て、携帯2台を駆使してタクシーを呼び、味のしない高級ディナーを食べ。
ロンドンに来るまでも、連日21時まで働き、その間に渡航の準備をし、出発前夜に緊急事態で電話をかけてきてくれた先輩と話し、寝不足の朝の空港で前日までに終わらなかった仕事を片付け。飛行機では考え事が膨らみすぎて、思うように眠れなかった。
仕事の4日目が終わった夜、上司とホテルのエレベーターでお辞儀をして別れて、遂に、私は自由時間を手に入れた。ああ、つかれた。よく、がんばった!
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それからの3日間、私は、私に足りていなかった時間を取り返しているようだった。
ただひたすら、「なにもしない」をした。「なにかしなきゃ」なんて、焦ることなく。
お休みに入った1日目、午前中はホテルで朝ごはんを食べ終わってからは二度寝をして過ごして、チェックアウトの後はひろい公園に行ってベンチでただぼんやりとした。本当に、ただ、ぼんやりとした。
太陽の温かさが、流れていく雲が、てこてこと歩いているかもめたちが、ただただ穏やかで、幸福で。すこしだけ、うたた寝をした。
歩いてゆく人々の、他者に無関心な感じが心地よい。日本の公園だったら、私はきっと人目を気にして、うたた寝なんてできない。
しばらくベンチに身を委ね、風を感じた。
それで2日目、3日目は、疲れからか熱が出てしまって、ひたすらホテルの部屋に引きこもっていた。近くのスーパーで買ったミネストローネスープを、温めてはちびちびと飲んだ。
私は、観光ができなくなったことを悔いるかと思えば、久しぶりにちゃんと風邪を引いたなあ、と、天井を眺めながらどこか安堵すらしていた。
思い返せば、「今は風邪ひいてる場合じゃない」って、オフィスでずっと思ってたもんな。「今なら、風邪ひける!」って、きっと、思ってくれたんだな、私のからだが。
寝て、起きては、日本のドラマや、オーディション番組をぼんやりと見た。途中ローカルのクイズ番組を見たことを除いては、言ってしまえば、どこでもできることだ。ただ、いつもと違ったのは、私が私のその時間の過ごし方を、「時間の無駄だ」なんて思わずに、完全に、許してやれていることだった。
なぜだろうか、と考えた。考えれば考えるほどそれは、私が今、ロンドンに居るからだ、という一点に集約されていった。
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私、たぶん。薄々思っていたことを、言葉にする。
海外で暮らした方が、いいのかもしれない。
フィンランドに留学していたときの感覚を、思い出した。やってることは、正直、日本にいる時と全然変わらないのに、むしろ、日本の私からみたら”なまけてる”ように見えるくらいだろうけど。
私、今の方が、私のこと、肯定してやれている。
行きの飛行機で思ったのだ。「私は今の生活に、ほとほと飽きてしまっている」と。疲れている。飽きている。ほとんど、同義だろう。
多分、何かを変えてやらなければならないタイミングに来ているように思う。私は、見据えるべきを見据えていたい。他でもない、私自身のために。
公園で雲の流れを見ていたとき、私の人生にはこれが必要なんじゃないか、と思ったのが頭から離れない。フィンランドの友人に、「あなたは自然が好きだから、自然に近いところに住んだ方がいいよ」と言われたのを思い出す。
私は、私の人生を、生きてやりたい。
正直、それを考えるのは怖いことでもあって。
私は今の会社のことが好きだし、今の会社に居続ければ結構幸せだろうってわかる。けど、自分に嘘を吐き続けて、大切な人を失ったのは、誰だったか。他人の役に立つために、ばかりで自分を擦り減らした先に、一体何があるだろう。
私は、今の生活に残念ながらきっと、満足していない。他人から見たら意味不明だろう。いわゆる「幸せ」の、そのイメージに貶められ囚われていたのも、自分自身だと、今は思う。世間から見てどんなに幸せでも、私自身が幸せと感じていなかったら、それは、幸せではない。それは、その逆も然りだ。
愚直に淡々と、面倒なことを泥臭くやるしかない。私が望む生活は、待っていても手には入らない。
私のための日々を行こう。息が詰まり切ってしまう、その前に。
ロンドンの夜の中、静かに誓う。
明日、日本に帰ります。