色部義昭に聞く、共創する都市デザイン
「グローバル・ゲートウェイ」を標榜し、100年続くまちを目指す品川周辺の大規模都市開発において「TokyoYard PROJECT」が始まった。そのロゴデザインを手がけたグラフィックデザイナーの色部義昭が、都市におけるグラフィックやロゴの役割について語る。
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都市を共創するデザイン
ー 色部さんには、TokyoYard PROJECT初期構想の段階からディスカッションに加わっていただき、そのロゴをデザインしていただきました。
お声がけいただいたのはもう2年前になりますよね。まだプロジェクト名もない時期でした。TokyoYard PROJECTは、従来の都市開発とは違い、街の個性について一から考えていくプロジェクトです。そこに初期段階から関われるのは、とても楽しみでした。
都市開発の初期段階からビジュアルデザインの視点を入れるのは珍しいんです。僕らはフレーム(建物)が出来上がった状態で、ビジュアルデザインでどう肉付けをするかという視点で依頼されることが多いので、今回のように、あたらしい街をみなさんとデザインで共創できるのはとても魅力的でした。
また、ビジュアルデザインが街全体に立体的に関わる事例も日本には少ない。ビジュアルデザインという平面的なコミュニケーションを主軸に置いている身としては、そうしたアプローチを試してみたいとずっと思っていたんです。
ー TokyoYard PROJECTでは、どのようにデザインに落とし込んでいったんでしょうか。
まず、そのプロジェクトでしか導き出せないアイデアの資源を探るところから始まります。クライアントが集めた資料を読み解いたり、自分たちで独自にアイデアソースを集めたりとケースバイケースですが、今回は後からプロジェクトに参加したこともあり、皆さんの議論を追走するような形で理解を深めアイデアソースを集めていきました。今回で言えば、「やってみようが、かなう場所」「あたらしいことをはじめる実験場」といったプロジェクトのキーワードですね。これらを手繰り寄せてデザインを進めていきました。
ー TokyoYard PROJECTのロゴには、「高輪ゲートウェイ駅」や「車両基地跡地」というバックグラウンドもビジュアルに落とし込まれています。
車両基地や、ひらけた土地にある作業場を指す「Yard」という言葉にはものすごく惹かれました。常に未完であるというプロジェクトの思いや、場所の歴史をぴったり言い当てています。そこから、「TokyoYard」の「T」と「Y」の字と「駅の屋根」がロゴデザインの根幹をなす要素として繋がりました。これら3つの要素の偶然の繋がりは、このプロジェクトでしか考えられないクロスポイントです。プロセスの中で、様々なアイデアソースを手繰り寄せていった結果ではないかと思います。
単にインダストリアル感を出すだけでなく、アイデアがすくすくと育っていくときの、ワクワクさせる雰囲気をはらんで欲しいという思いをフォントデザインに込めました。
ー 色部さんにはTokyoYard PROJECTのロゴデザインだけでなく、カラースキームなども考えて頂きました。デザインの思考プロセスはどのようなものでしょうか。
そうですね。キーカラーには鉄錆色を採用していますが、倉庫やインダストリアルなイメージから見つけたものです。
鉄材は、最終的に表面塗装する前に錆止めの塗装をするんですが、そのままだとマットな質感なんです。倉庫や工場などは、表面塗装せずに錆止めの塗装を塗りっぱなしにして使用されることがあるため、そのマットな質感の鉄錆色を採用しました。単純な色の数値だけでなく、そうした場所の文脈を含めて色の質感も同時にイメージしています。
表層的ではないプロジェクトの深いレイヤーから掘ることができたからこそ、歴史と紐づいたTokyoYard PROJECTの文字も作ることができた。それは開発とデザインが共創してはじめてできたことだと思います。
毛細血管の末端まで、 街の個性が染み出す状況を作る
ー 東京における都市のデザインは海外のそれと比べて遅れているとよく言われますが、今回TokyoYard PROJECTのロゴデザインを行うにあたって、参照された海外の都市はありますか。
イギリスのブリストルの事例はベンチマークとして参照しました。ブリストルは「都市のフォント」や独自のサインシステムを制定していますね。それに感化されるように2016年に僕自身の展覧会を行った際、東京の街区表示板とその専用フォントを作ることを試みました。都市フォント構想を進めるタイププロジェクトさんの協力で、東京らしさをデザインに込めた街区表示板用の書体「東京シティフォント」を用いて、新しい街区表示板のデザインを自主提案しました。街区表示板自体の一つ一つは小さな点なんですが、街に点在するプレートの総量でいうと相当な数になる。その点を俯瞰してみると、まるで街にふりかけられた「ふりかけ」のようなんです。街全体にパラパラとふりかけをまぶしていくように、ミクロの素材からマクロ(都市)のデザインを整えていくという発想を大事にしました。
ー ロゴだけではなく、フォントを適用することの効果はどのようなものでしょうか。
街のロゴってあまり機能していないことが多く、ごくわずかな機会でしか使用されないような事例をたくさん目にします。例えば、自治体のホームページとかで使われるのが主ですね。一方でフォントは、末端の情報まで表示できる素材なので、何千、何万もの人に簡単に使ってもらうことが出来ます。都市の文脈を帯びたデザインが隅々まで染み渡る状況を簡単に作り出せる。そういう意味で、ワンポイントでしか使えないロゴよりも、末端の情報まで使える文字の方が有効なんじゃないかと思っています。毛細血管の先端まで街の個性が染みこんでいる状況を作る。効率的にユニークなまちづくりを進めていく上で有効なアプローチだと考えました。
ー 今回デザインしていただいたものが街でどのように使われることを期待していますか。
ロゴやフォントが街全体に行き渡り、「街のどこを切ってもPlayableである」という金太郎飴のような状況を作れたら楽しいですね。先ほど話したようなこの街の街区表示板も作ってみたいです。街のルールを報せるTokyoYardならではのピクトグラムなど、街の様々な声に合わせられるような幅を持った展開にも参加してみたいです。
僕の専門はビジュアルコミュニケーションなので、他で実験されてないようなことを自分の専門技術を使って実装していくことをやってみたいですね。プロジェクトの議論のなかで、「東京には実験の場が足りない」という都市の課題も挙がりました。これからできるあたらしい街が、デザインにおいても実験ができる場であったらと思っています。
デザインの力でねじ伏せず、 余地を残す
ー「実験」という言葉がありましたが、都市のデザインという観点から、色部さんは今の東京はどのような都市だと思いますか。
東京のインフォーメーションデザインはなかなか手のつけようがないくらい入り組んでいますよね(笑)。相当強引にやらないと変えられないように思います。情報量が多すぎるのもありますし、計画的に作られた街じゃないことも大きい。日本橋の上の高速道路は典型的な例です。
ただ、逆にそれがユニークさにもなるし、すべてが計画的に作られた街は面白くなかったりもします。かつてのデザインや建築の多くは、自分のデザインコードにすべてを従わせるという作り方でした。しかし、自分と近しい世代のデザイナーや建築家は、積極的に他者と関わり自分の構想の外にある動きやアイデアを編集しながら、ひとつのデザインや建築を作っていく。その方が使う人や街にとって発展性や継続性があるんじゃないかと気がついたんだと思うんです。制御できないことを受け入れたうえで、デザインのプログラムを考えていく。クリエイターはついつい制御したがるものですが、ひとりのデザイナーや建築家が完璧に作り上げたものは、それ以上関与する余地がない。あまり規定しすぎず、勝手に育っていく余地を残していく方が自然ですし、魅力的だと思います。
僕自身のデザインにおける姿勢でもあるんですが、自分のデザインの力でねじ伏せるのではなく、プロジェクトの個性的で魅力的な要素をすくい上げて多くの人が見やすいように仕上げる。それは都市のデザインにおいても非常に重要なことです。
ー 最後に、色部さんが考える「やってみようが、かなう場所」、今後のTokyoYard PROJECTはどのようなものでしょうか。
例えば、TokyoYard PROJECTのビジュアルデザインの中では、線と線がつながらない余白の部分、いわゆる「抜けのポイント」を設けて、「常に未完」で変化し続け、人が介在する場所という気配をビジュアルに込めています。
余地があることで、変化にも対応できる。例えば、今回の新しいまちづくりでも、2〜3年間だけの期間限定サインを実証実験してみてもいいかもしれません。「デザインにおける実験とは何か」と、問い続けていければいいと思います。デザイナーとして、自分が作ったものが長く残って欲しいという思いはありますが、ある指針に則ってデザインも成長していく――これも都市におけるデザインのあり方だと思います。
そういう意味でTokyoYard PROJECTは終わってはいけないプロジェクトなんだと思います。いまの状態が100年後も続いていることが重要なのではなく、変化していくことが大事。そういった未来を作るための良い土壌を作り、魅力的な木が育つ種を蒔いているのが現在の状況ですよね。「見たことないを、生み出そう」というテーマのもと、やってみようをかなえていきたいと思います。
Text by Takuya Wada
Photographs by Hayato Takahashi
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