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中目黒の小さなロシア料理屋さん

中目黒から徒歩10分ほどの住宅街の地下に、小さなロシア料理屋さんがある。名前はカフェノスタルジー

ダークブラウンのどっしりとしたソファと真っ白なクロスで覆われたテーブルは、シックで重厚感があり、学校の応接室を思わせる懐かしさがある。

開店してすぐだったので、他にお客はいない。笑顔がチャーミングな女性店主さんは気さくで、一つ一つの料理を解説してくれた。

隅っこにちょこんと並ぶマトリョシカたち。

シュクメルリを食べる

店主さんの解説を聞き今回注文したのは、「シュクメルリ」。
シュクメルリといえば、数年前に松屋で販売され、一時期話題になっていたのが思い出される。鶏肉をハーブと生クリームで煮込み、オーブンで焼いた料理だ。

シュクメルリとパンとピクルス

見た目はまるでクリームシチューだが、味は紛れもなく初めて食べる味。口当たりはふわふわでほぐした豆腐のよう。癖がなく、ほんのりハーブが香る。聞けば、ハーブにはコリアンダー、ガーリック、ミントを使用しているらしい。どれもとてつもなく個性が強い食材で、一歩間違えたら破壊的な料理が生まれそうだが、どの食材も当たり前のように調和している。店主さんいわく、一度加熱することで癖が無くなるそうだ。

そしてこの料理、非常に濃厚。例えるならシーザードレッシングくらいだ。ディップするパンは必須で、固くて少しぽそぽそしているくらいが丁度よい。スープというよりカレーとナンに近いなあとも思った。

シュクメルリはジョージア料理として紹介されるが、ロシアでも食べる。ロシアではジョージアのほかにも、アルゼバイジャンやアルメニア料理も日常的に食べるそうで、旧ソ連国とロシアが食文化を共有していることがうかがえた。日本における韓国料理や中華的な立ち位置だろうか。

地域による味付けの違いの話も、面白かった。ロシア北部では、シンプルに塩コショウを使って味を付けるが、ロシア南部やジョージアの料理は、トルコやインドの影響を受けていて、スパイスをふんだんに使うのだ。
ロシア料理がインドの影響を受けているというのは結構意外で、新しい発見だった。


旧ソ連時代の暮らし

店主さんは、旧ソ連時代の思い出話もしてくれた。ロシアが接するカスピ海はキャビアの名産地。今でこそ1グラム1000円もする超高級嗜好品だが、昔は庶民にも手が届く身近な食材だったそうで、子供のころは瓶からスプーンで食べていたという。今では信じられない話だ。
ロシア国内でもすっかり高級品のキャビアだが、店主さんは「実はある場所に行けば半額で買えるのよ」と教えてくれた。
うわあロシアっぽい…と謎に感心していると、店主さんは「市場よ!見せてあげる!」と席を立った。私がぽかんとしている間に、店主さんは手際よくお店のモニターをPCにつなぎ、youtubeを立ち上げた。
読めないロシア語で検索をかけ、どれが一番わかりやすいかしらといくつかブラウジングした後、うん、これがわかりやすい!といって動画を選び、流し始めた。

お店のモニター。

ロシアの市場

寒さが厳しいモスクワでは、市場は屋内にある。屋内と言ってもさすが面積ランキング一位のロシア、ドーム状になっていてとんでもなく広い。新鮮なフルーツから棚いっぱいのチーズ、蟹が何匹も入った水槽まであり、非常に豊富な食材で溢れている。店主さんは丸々一頭の豚や牛が吊り下げられている様子をどうしても私に見せたかったようで、肉屋が現れるたびに動画をストップさせ、「ほら!これが牛よ!部位とグラムを言って買うの!」と誇らしげに解説してくれた。
興味深かったのが、市場の店員たちがトルコ系の顔つきをしていることだ。ほとんどがアルゼバイジャン人だという。さきほどのキャビアも、彼らに伝えば、裏から出してきて半額で売ってくれるそうだ。



店主さんのホスピタリティが、小さくてもお店が続く理由

食事を楽しむだけでなく、ロシアの市場事情にも詳しくなり、とても楽しい時間を過ごせた。また来ますと伝えると、「次来るときは電話してね!そしたらメニュー以外の料理も用意できるから!」といってショップカードを渡してくれた。
こんな素敵なお店がどうして有名じゃないんだろうと思い、もっと取材がくればよいのに。と呟くと、店主さんは「このお店が気に入ってくれた常連さんと、本当にロシアやロシア料理が好きな人だけが来てくれたらよいのよ!」ときっぱり言って、にっこりと笑った。
店主さんの気さくさとホスピタリティこそが、有名にならなくてもお店が続く理由なのだった。









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