【8月30日発売】満園真木/シェーン・バウアー『ドキュメント民営刑務所 潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス』(創元ライブラリ)文庫版訳者あとがき[全文]
【編集部より】8月30日に発売される本書『ドキュメント民営刑務所 潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス』は2020年4月に東京創元社から刊行された『アメリカン・プリズン 潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス』の改題・文庫化です。単行本時の訳者あとがきは、下記からご覧いただけます。
文庫版によせて
二〇二〇年に刊行された『アメリカン・プリズン――潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス』が、このほど改題のうえ文庫化されることになった。
刑務官としてアメリカの民営刑務所に潜入したジャーナリストが暴き出した実態には、「アメリカン・デモクラシーの貪欲さに仰天する」(野崎六助氏、日本経済新聞)、「『アメリカン・キャピタリズム』の宿痾の象徴をCCAに見る」(楠木建氏、週刊現代)、「アメリカの縮図を描いた衝撃の一冊」(水野美和氏、図書新聞)など、日本でも驚きの声が多くあがった。
本書の元となる記事がマザー・ジョーンズ誌に掲載されたのち、著者のバウアーが時のオバマ政権下の司法省に呼ばれてヒアリングを受け、それがもとで連邦刑務所の民間委託が中止されることになったものの、トランプ政権となって一転その決定が覆されたのは本書に書かれているとおりだが、その後の展開についても少し触れておこう。
本書の邦訳版の刊行後、二〇二〇年秋の大統領選挙でバイデン政権が誕生すると、二〇二一年一月に米司法省はふたたび連邦刑務所の民間委託をとりやめる決定をくだした(ただし、バウアーが潜入したウィン矯正センターのような州立の刑務所に関しては、一部で民間委託が続いている)。この文庫版が刊行される二〇二四年にはまた大統領選挙が控えており、ドナルド・トランプが返り咲きを狙っている(対する民主党の候補者については、本稿の執筆時点で不透明な状況である)。民営刑務所の是非は大きな政治的イシューとなっており、二〇二〇年の選挙ではコアシビック社など大手の民営刑務所運営会社がそろってトランプ氏を支持した。大統領選挙を経た二〇二五年以降の民営刑務所をめぐる動向がはたしてどうなるのか、気になるところだ。
また、本書の舞台となったウィン矯正センターのその後についても紹介しておく。バウアーの潜入記事が原因でCCA(当時)が契約を切られ、ラサール・コレクションズ社が運営を引き継いだ同センターは今、民営の移民収容施設となっている。
ルイジアナ州では二〇一七年に刑事司法改革がおこなわれ、刑期短縮化などにより受刑者の数が大きく減少した。このままでは、ウィンフィールドのような小さな町で貴重な雇用先だった刑務所の存続が危ぶまれ、地元経済への打撃も心配された。そこで、トランプ政権による不法移民対策の厳格化で需要が増えていた移民収容施設に姿を変えることになったのだ。
今もラサール社が運営するウィン矯正センターは、連邦機関の移民・関税執行局(ICE)から収容者ひとりにつき一日七十ドルを受けとることになった(収容施設が開設された二〇一九年当時)が、これは州刑務所時代の倍の額だった。職員の時給も十ドルから十八・五ドルにアップしたという。雇用が守られたうえに働き手の給料があがった地元にとっても、売り上げが増えたラサール社にとってもいい結果なのだろうが、なんとなく皮肉なものを感じずにはいられない。
なお、前記のとおりバイデン政権下で司法省管轄の連邦刑務所の民間委託は中止されたが、国土安全保障省に属するICE管轄の移民収容施設については、トランプ政権時代から一貫して刑務所運営会社への委託が続けられている。しかし、民営の移民収容施設での虐待や人権侵害がしばしば問題となり、ICEによる刑務所運営会社の利用もすべてとりやめるべしとの声も大きい。
バウアーが潜入取材をおこなった当時からは十年近くがたち、さまざまな状況は変わったが、それでも彼が身体を張って伝えた民営刑務所の実情の衝撃度は今なおまったく色あせない。そして、民営の移民収容施設の増加にもうかがえるように、アメリカが「囚われの人々を使って金を儲けようとしなかった時代はなかった」という、本書が歴史を紐解いて明らかにしてきた事実だけは、何も変わっていないようだ。
満園真木
この記事は2024年8月刊のシェーン・バウアー/満園真木訳『ドキュメント民営刑務所』(創元ライブラリ)文庫版あとがきを全文転載したものです。【編集部】
■満園真木(みつぞの・まき)
東京都生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。翻訳家。主な訳書にヴィンセント・ディ・マイオとロン・フランセルの共著『死体は嘘をつかない』、バリー・ライガ『さよなら、シリアルキラー』、イライザ・クラーク『ブレグジットの日に少女は死んだ』などがある。