
【実施レポート】第1回ソーシャルファームセミナー&交流会「経営戦略×人材戦略 デジタル分野におけるソーシャルファームの企業価値」
2024年11月5日、浅草橋ヒューリックホールにて「経営戦略×人材戦略 デジタル分野におけるソーシャルファームの企業価値」をテーマにセミナーが開催されました。誰もが活躍できる社会の実現に向け、東京都認証ソーシャルファームなどの取り組み事例を通して、それぞれの企業が実践していくためのヒントを考えるセミナーです。元テレビ東京アナウンサーで、発達障害のある子どもを持つ親でもある赤平大氏をモデレーターに、デジタル分野で活動する認証企業等の実践事例を聞きました。
【東京都認証ソーシャルファーム 事例紹介1】 株式会社ソライズ 代表取締役 小野 修 氏
お客様のニーズ・課題に応じたITアウトソーシング事業及び起業支援業務を行っている会社。 革新的なソリューションでクライアントの成長をサポート。社会貢献を目指す。

発達障害を抱えるエンジニアが特性を生かして活躍
1990年代からネットベンチャーでコンテンツ開発や事業開発に携わってきました。朝から晩まで働くのが当たり前の時代、精神的な理由で働けなくなる人々を非常に多く目にしていました。
ソーシャルファームを始めるきっかけは3つありました。2019年のソーシャルファームという理念との出会い、ベンチャー企業時代の経験、そしてニューロダイバーシティという考え方との出会いです。
ベンチャー企業時代は、真面目で優秀な方が、働き辛さを抱えて転・退職する姿を多く見てきました。その中には、実は発達障害を抱えていたという方もいました。この経験から得た、「発達障害の特性は、環境を整えることで強みにも変えられる」との気づきが、私たちの原点となりました。
現在、当社では発達障害を持つ2名のエンジニアが活躍しています。30代男性はADHDと不眠症を抱えながらも高い集中力を発揮し、30代女性はADHD・ASD傾向がありながら細部へのこだわりを持って仕事に取り組んでいます。彼らの特性は、ウェブサイトの大規模データ更新(約1,000件)など、緻密さと集中力を要する業務で生かされています。
その背景にあるのは、4つの支援体制です。フルフレックスタイム制の導入、入社直後の有給休暇取得、シェアオフィス環境の工夫、社会福祉士によるメンタルサポートなど体制の整備です。
ただ、実は、始めに整えすぎてしまって必要のないサポートもありました。最初から完璧な支援体制を目指すのではなく、最小限の施策から始めて個別に最適化していくことが大切だと考えています。課題もありますが、一つひとつ向き合い、共に解決策を探ることで、新しい可能性が見えてきています。
【東京都認証ソーシャルファーム 事例紹介2】 株式会社ePARA 代表取締役 加藤 大貴 氏
障害者が自分らしく社会参加できるよう支援する企業。主な事業はバリアフリーeスポーツイベントの企画・運営、障害者の就労支援、社会実証および研究開発支援。障害者が活躍できる場を提供し、社会全体のバリアを取り除くことを目指す。

SNSが変える採用と情報発信のかたち
株式会社ePARAを立ち上げる前、eスポーツを通じた障害者支援に関するニュースを見ました。これは面白いテーマだと感じ、多くの人に興味を持ってもらえるかもしれない!と思い、自分でも以前働いていた社会福祉協議会の職員と共に「障害者eスポーツ」というイベントを開催しました。このイベントで手ごたえを感じ、このような活動をもっと広めていこうと思い、株式会社ePARAを立ち上げました。
障害を持つ人の中には、デジタルスキルがあるにも関わらず就労できずにいる人が多くいます。英語・中国語・日本語の3カ国語を話せるのに月給10万円の障害者雇用枠で働いている方がいることに、私は悔しさを感じていたのです。そこで、PCを使いリモートワークが出来る障害者と、そのような人材を求める企業とのマッチングを目的にeスポーツのイベントを企画したところ、雇用がすぐに生まれました。それ以降、同様のイベント活動を継続しています。
実は、最初のソーシャルファーム認証申請は不採択でした。当時は一人会社で、障害者雇用率100%を目指すと申請しましたが、「それは求められていない。ソーシャルファームは、障害者を支援することが目的ではなく、支援者と当事者が混ざり合って共に働き、成長していく場所だ」と学びました。
ビジネスリアリティ番組「令和の虎」へ出演した際に、全盲の社員・実里さんが話し始めた途端、審査員の目の色が変わりました。目が見えない方がどうやって仕事をするのかという興味から、当社の可能性への関心に変わっていったんです。
セミナー実施時点で、ソーシャルファームの就労困難者は3名。実里さんの他、車椅子ユーザーのアフロさん、あーりんさんが活躍しています。実里さんは1.2万人のフォロワーを持つSNSを運用し、視覚情報については支援を受けますが、テキストは自身で考えて発信しています。アフロさんはFacebookで1,000人以上のネットワークを持ち、あーりんさんのX投稿は毎回100件以上の「いいね」を集めます。
当事者が発信することで圧倒的に伝わりやすくなり、会社の伝えたいことが自然な形で外に伝わっていると感じています。採用においてもSNSが大きな役割を果たしています。「ソーシャルファームだから入りたい」のではなく、私たちの取り組みに共感して応募してくる人を大切にしています。
【トークゲスト】
日本IBM 執行役員 通信事業統括兼チーフ・ダイバーシティー・ オフィサー 今野智宏氏
世界175カ国以上でビジネスを展開するIBMコーポレーションの日本法人で、基礎研究をはじめ、ビジネス・コンサルティングから、ITシステムの構築、保守まで一貫したサービスの提供を通じて、お客さまの企業変革やデジタル・トランスフォーメーションを支援している。

100年の歴史が育んだダイバーシティへの思い
私からはIBMのダイバーシティ推進の取り組みを紹介します。100年以上前、コンピューター産業の黎明期のIBMは、従業員の採用に苦戦しており、人材確保の必要性から女性や多様な人種の方々を積極的に採用し始めました。これが予想外の効果を生みます。画一的な組織より、多様な人材が混ざり合う方がはるかに面白いことができる。偶然から始まった取り組みが、必然となっていきました。
現在、日本IBMには、ダイバーシティ推進の専任者は1人のみです。代わりに、社員主導の様々なコミュニティメンバー(約500名)とともに、ダイバーシティー&インクルージョンに取り組んでいます。
特に注目しているのが、「People with Diverse Abilities(多様な能力を持つ人々)」というアプローチです。日本IBMでは特例子会社は作らず、障害は個性であり、多様な能力のひとつであると考えています。全盲のエンジニアが開発したホームページリーダーや、AIスーツケースの実証実験など、障がいを抱える当事者の視点を活かした開発の事例もあります。AIスーツケースは25年の大阪万博でも実証実験を行う予定です。
LGBTQの方は世の中に10%いると言われていますが、これは左利きや血液型のAB型と同じくらいの割合です。海外の方とビデオ会議をする機会も増えているなど、さまざまなバックグラウンドを持つ方は思った以上に身近にいらっしゃるんですよね。多様性ある人々をマネージメントする力は、企業のリーダーにとって必須となっています。
一方で、「配慮はしているつもり」でも実際のアクションが伴っていないなど、まだ課題も残っています。皆さんとともに推進できればと思います。
【クロストークセッション】当事者によるSNS発信の力
セミナー後半では、赤平氏のモデレートのもと、採用活動の方法や経緯、人材育成について、登壇者同士によるクロストークが行われました。

小野さんは「加藤さんのSNS発信についてのお話は目から鱗でした。当事者が発信していくことの強さ、それが共感メディアとして機能している。正直、大変羨ましいです」と、投げかけました。
すると、加藤さんは「 当事者によるSNS発信は私たちの強みです。ただ、顔出しや実名での活動は、簡単なことではありません。既に発信している人がいて、その人と一緒にコミュニケーションを取りながら、自然なかたちで広がってきました」と、さまざまな配慮のもと発信をしていることを語りました。
さらに、「VTuberなど、新しい選択肢も考えています。顔出しせずにアバターで活動し、一定の視聴者が付いて慣れてきたら、顔出しにチャレンジすることも。大切なのは、『顔出し、実名でないと活動できない』というわけではなく、様々な選択肢を用意すること。より多くの方に活躍の場を提供できると考えています」と今後の可能性についても説明。
加藤さんから小野さんへは、障害を持つ方々の入社経路について問いかけがありました。
小野さんは「 ハローワークの障害者担当枠での募集はもちろん、就労移行支援施設、特に発達障害に特化した施設からの紹介など、さまざまなルートで募集をかけました。書類だけでも相当な数があり、実際にお会いした方も20人以上います。事業に合う方かどうか、私たちが対応できる方かどうか、お互いの相性を見極めていきました。ただ、今後どのように広げていくかは、まだまだ検討の余地があると感じています」と説明しました。
採用から定着までの取り組み

今野さんからは、就労困難な方々から選ばれる企業になるための工夫について二人に問いかけがありました。
「 私たちの場合、SNS活用が全て。障害者雇用に関わらず、採用は100%SNS経由です」と、加藤さんが独自のアプローチを紹介しました。「インターンシップの募集から始めて、お互いに文化的なフィットを確認していく。紹介会社から選ぶのではなく、会社が面白そうだと思って応募してくれる人たちとつながれるのが、SNSの強みだと感じています。全盲の社員の発信を見て、『自分も大学卒業後にこういう会社で働きたい』と連絡をくれた方がいました」と実例も共有。
一方、小野さんは「私たちは特別な工夫はしていません。規模の大小に関わらず、それぞれの会社に合った受け皿があっていいと思います」と言い、小さい会社でコツコツやりたい人もいれば、ある程度の規模のチームで働きたい人もいること、自分たちの受け皿の形をしっかり示していくことに力を入れたいと語りました。
【グループディスカッション】参加者からの声

続いて、20名の参加者が3つのグループに分かれ、ゲストも加わってのグループディスカッションを実施。グループごとに参加者による発表も行いました。
第1グループ発表
「私自身、これから新しい事業を始めるにあたって、ソーシャルファームの仕組みを活用したいと考えています。今日の事例は、ゲーム関連やITプログラミングなどの話でしたが、どのように人材を集め、関わっていけばよいのか、多くの学びがありました」
これに対し、小野さんは「今日はきれいにまとめた話になっていますが、実際には多くの悩みがあります。小規模な企業だからこそ、東京都の認証制度はとてもありがたい制度ですよね」とコメント。加藤さんも「夜も眠れないほど悩んで、自転車で2時間も走りながら考え続けることもある。でも、そういった本音の部分を共有できる場所があることは大切です」と語りました。
第2グループ発表
「関西から参加しました。東京都の制度を勉強するために来たのですが、支援制度の狭間にある層へのアプローチ方法について、特に関心を持ちました。また、当事者の経験から、お互いが隠し合うことで生まれる悪循環を実感しており、よりオープンなコミュニケーションの仕組みが必要だと感じました」
加藤さんは「コミュニケーションをオープンにすることは本当に大切です。私たちの場合、例えば障害当事者のeスポーツプレイヤーたちが集うオンラインチャットを毎週水曜日の21時から実施。ゲームが好きな人も嫌いな人も、それぞれの部屋で対話できる場を作っています」と具体例を紹介しました。
第3グループ発表
「福祉活動というとボランティアや社会貢献のイメージが強く、お金を稼ぐことに後ろめたさを感じる文化があります。例えば、素晴らしい絵やお菓子作りの能力があっても、就労支援施設では100円程度でしか評価されない。ソーシャルファームという枠組みは、そういった方々が自己実現しながら経済的な豊かさも追求できる可能性を持っています」
小野さんは「福祉事業所では価値が固定化されがちですが、経済的に自立することで生きがいややりがいも生まれる。それこそがソーシャルファームの原点ではないでしょうか」と共感を示しました。
ソーシャルファームの可能性
最後に、加藤さんは「東京都のソーシャルファーム制度は画期的です。制度の狭間にいる人たちへの支援ができる。小規模企業でも新しいチャレンジができています」と制度の魅力を語りました。小野さんは、「経営者の思いが大切です。それをビジネスとして成立させていくプランがあれば、ぜひチャレンジしていただきたい」とエール。
今野さんは 「さまざまな開発プロジェクトにおいて、コストやスキルだけではなく『ソーシャルファーム』の色を入れて一緒に仕事をするということもしていきたいと感じました」と語りました。

そして、赤平さんが「縦、横、斜めの関係性が生まれていくのが、ソーシャルファームの良さなのかもしれません。本日のセミナーを通じて、デジタル技術の活用と人間味のある支援の両立という可能性が見えてきました。私自身、発達障害の子を持つ親として、この学びを次の実践につなげていきたいと思います」と締めくくりました。