トキキタレリ

もうすぐ冬が終わる。夜はまだまだ寒いが、陽が出ている日中は、コートを着ても着なくてもいい位になって来ていたが、時折吹く風はやはりまだ季節は冬だという事を伝える。

初老の男は深い茶色のコートの襟を立てた。帽子の下から覗かせる整った白髪と、手にした黒くしっかりとした杖がその老人を何処となく紳士的に見せていた。

その男はどれ位前からだろう、いつも同じ公園のベンチに座り、何をする事もなく、ふらっと現れては、気付けば居なくなっている。

高校生、伊達 明人とこの初老の男は、今初めて会話をしていた。

明人は少し前からその老人の存在は気づいていたが、通学時のショートカットの際に老人の前を通り過ぎるだけだった。朝はいたりいなかったり、夕方にもいたりいなかったりする老人、そんな印象しかなかった。

今日、たまたま明人が休みで前を通り過ぎる瞬間に、その老人の手から杖がパタリと倒れた。

それを明人が拾い上げて渡した。それだけの出会い。

ただ、とても優しそうな笑顔でお礼を言うお爺ちゃんに、何となく好感が持てた。ポカポカしていたので少し眠ってしまったと言っていた。

「良かったら少し話相手になってくれませんか?」

特に予定もなかったし、そんなに寒くないから少し位なら付き合ってもいいや。お爺ちゃんだし。

「少しならいいですよ。」明人は横に座った。

「これもナンパって言うのですかね?男同士は違うのかな。」

軽く笑う老人に、明人も合わせて軽く笑った。

「あの時も、こんな季節だったんです。景色は大分変わってしまったけれど、遠くに見える山や、空は変わらない。この辺りも昔は山だったのですよ。」

「あ、親父に聞いた事あります。ひー爺ちゃんだかその前だかの時って。」

老人は明人の明るい声に笑顔で頷いた。


「はぁ!」

張りのある掛け声と共に、ドドドと重い音が続いた。

山道を二つの影が走り抜ける。

「はぁ!」

一定の距離を保ち、それぞれが騎乗の腕前は並ではない事が伺える。端にいた兎が正しく脱兎となり、二つの影は木々を抜けた開けた場所に出た。

「どー!どー!」

馬は小さく鳴き、それぞれ主人を丁寧に降ろした。

ポカポカした日差しが二人を照らす。

一人は整った顔立ちの華奢な男、俗に言うイケメンである。

「いいか?俺はわざと後を走ったのだからな。」

そう発したのは浅黒いガタイのいい男だった。

「わかっておる。ワシは別にどちらでも良いのだが、お主がすぐ山道を迷子になる故。」

「仕方なかろう!山道など全部同じに見える。」

「今は問題ないが、戦となればそうは言っておれんからな。ワシとお主とは間違いなく別の隊になる。」

「そ、その時は道案内を付けるわ。ワシは武で生きる身だからな。」

「それもわかる故、別に文句は言っておらん。」

「なら良いが…。しかし、本当にいるのか?」

「ワシも実際話でしか聞いた事がない。だが不思議だとは思わんか?それを見た物は生きては帰れないと言う。」

「おう。ワシもガキの頃から何度も聞いておる。」

「でも、普通におかしいと思わんか?生きては帰れないのに、では誰がそれを伝える?」

「…?」

「生きては帰らないのに、誰かが生きて帰って来て噂を流してるのだ。つまり、噂に尾ひれがついたか、実際はそこまで大した話ではなく、ただ猟師を見間違えたりとか、大方そんな事だとは思う。」

「なるほど。…ワシよりデカイらしい。」

「ワシよりお主小さいだろう。」

「タッパの問題ではない、腕っぷし、ガタイの問題じゃ!噂では牛を片手で持ち上げたり、大木を引き抜いたりしたそうな。」

「な?噂ではなくそれが本当の話ならば、誰かが生きて見ているという事になる。」

「…ちょっとよくわからぬが。」

「わからんか…。まぁお主はそれで良い。」

遠くで鷹の声が聞こえた。

「そこで今回の御触れじゃ、捕えた物には、何でも一つ願いを叶えて貰えるそうだ。」

「正に、龍の玉の如き話。」

「?」

「…ん?7つ揃える事でどんな願いをも一つ叶えて貰えるという龍の玉…。ん?オラ今何か言った?」

「…いやよくわからなかったが、まぁよい。要は褒美は思いのまま、と言う事じゃ。」

「そうじゃ、わしは嫁を貰うぞ!」

「凄いな!そんな事に使うの!?」

「そんな事とは何じゃ!ワシは愛に生き、愛に殉ずる殉星を持つ男!シゲ!」

「何かさっきからギリギリじゃのう…。」

「何だ?さっきから!」

「お前が何だ!怖いぞ何か!」

「しかし、お主はもし捕まえたら褒美はどうするんじゃ?」

「そもそもいるかいないかも怪しいモノじゃ。捕まえてから考える。」

「夢がない男じゃのう。」

「ふふ。策士と言う者は皆堅実なんじゃ。」

「そんなもんかの。この何処かにいるんじゃろうか?」

「本当にいれば、な。」

崖下に広がる木、木、木。目前にそびえる山々。

「ワシよりデカイくて、牛を片手で持ち上げる、程の剛力…。」

「その目は鷹よりも鋭く、虎よりも圧があると言う。」

「陽炎の如く、消えては現れ…。」

「髪は逆立ち、耳は大きく…。」

「人と見紛う風体、が人にあらず。」

「額より伸びるは太き角。」

「鬼…。」

遠くで甲高い鳥の鳴き声が伸びた。





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