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第八話「動画撮るのもセンスいる」

東京は渋谷。

いつ来てもここは人がごった返している。夏だろうが冬だろうが関係なく、最近は駅前にYouTuber気取りの悪ノリのガキンチョがたむろして毎日お祭り騒ぎだ。

この街も大分変わった。

まさか自分がそんな漫画の様なセリフを言う事になるとは想像もしていなかったが、事実、この街は変わった。

色んな路線に乗り換え出来る便利さと引き換えに、一度駅に潜ったらなかなか地上には出られない不便。

スクランブル交差点は、外国人観光客が記念撮影をし、空を見上げれば大型モニターが頭を覆うかの様に視界に入る。怪しい仕事の広告を爆音で鳴らしながら目の前を走るトラック。

草津 和彦。44才。職業、フリーライター。

今度は出会い系アプリの広告トラックが目の前を過ぎる。

結婚している時はあった。が、スマホの普及に伴い、素人がライター気取りで記事が書ける昨今、カメラ片手に張り付くというスタイルは、最早化石レベルで需要は殆どない。

今は、昔の馴染みにライターとはかけ離れた仕事をもらい、小遣い程度の収入で生計を立てている。

元々無理な話だったんだ。俺みたいな男が家庭なんて。昔、これもかなり昔だが、有名なアイドルのスキャンダルを単独で抜いた時が全盛期だった。それ以降は泣かず飛ばず。カゴの中の九官鳥みたいに小さな餌を突いてるみたいだ。

タバコを吸いたい衝動は、ガムと一緒に噛み殺した。歩きタバコなんてしようものなら、非国民確定だ。これ以上非国民になる気はない。

センター街に偽造テレカを売る外国人なんて今はいない。それでも、何やら怪しい雰囲気はなくならないのがここが渋谷だという証明かも知れない。

裏路地に入りタバコに火をつけた。

自然と舌打ちをした。何に?

何かにだ。

最近は電車タバコが主流だが、紙タバコからは変えられなかった。

変えられない。

多分、これが俺の敗因だ。

それにしても、こんな真夏日に何でこんなに人がいるのか。熱射病で倒れるリスクを取ってでもこの街に出て来る事の方が大事なのだろうか?

恨めしそうに太陽を睨んだ。

その太陽に照らされる様に、人影が見える。

屋上の工事でもしてるのか?…それにしても一人だし、端過ぎて危なくないか…?

!!

飛び降りだ!!

走る!人混みに飛び込む際に数人にタックルをかまし、背後で小さい悲鳴が鳴ったがかまってられなかった。

夏休み、渋谷のど真ん中、一番目立つ場所から

飛び降り自殺!


暑さを忘れて冷や汗が出る。手には慣れ親しんだカメラが心地よい重さを主張していた。

すぐさま、絶好のポジションについた。この街は熟知している。店は変わったが配置は殆ど変わってはいない。

レンズを覗く。自分以外は誰も気付いていない。

「な…。」

今になって額から大粒の汗が流れる。

「何だ…?アイツは…。」

自分の吐き出した声はタバコの匂いがした。

レンズの捉えたビルの屋上。その端の所に白いヘルメットを被った男が立っている。直立不動。

昔、本当に昔、TVで見た事がある。

ライターとか、カメラとか、タバコとか、女とか、金とか、全部関係なかった頃に見た、

戦隊ヒーローがそこにはいた。

「な…、夏だからか…?」

同時に、悲鳴が上がった。

職業柄か、同時にその方向にカメラを向けてしまったが、人混みが多すぎて全く何が起こってるのか見えない。

「ごめん!ちょっとごめんね。」

人混みをかき分けると、思った以上にすぐ前に出れた。人混みが一気に散った先には、刃渡り15cm…

通り魔だ!

奇声を発しているのか、何かを訴えているのかわからない言葉を叫んでいる。

通り魔はめちゃくちゃに刃物を振り回していた。年齢は20代後半〜30代半ば!ボサボサ頭にメガネ!職業柄自分の目はスカウターの様に咄嗟に分析していた。

犯人の足元にはスーツ姿の男性が倒れている。ここからでは顔等はわからない。体格、服装からして男性!

パシャ!パシャ!

シャッター音に気付いた犯人が、跳ねる様に向かって来た。一秒。多分一秒しかかかってない。

「あ、これ詰んだわ。」

死ぬ時はカメラと一緒。昔仲間と飲みながら話していた事が現実になったか。

「うぐおぉおおっ!?」

目の前で犯人の顔が歪んでいる。眼鏡が外れそうで外れない、片耳だけにかかっている状態で浮いていた。

パシャ!

レンズから顔が外せなかった。まるでそこは映画、いや、この迫力は映画じゃない何か、だが非現実的な現実世界だった。

さっき屋上に立っていたヒーロー?が、通り魔にスリーパーホールドをかけている。

犯人の顔は真っ赤で、眼鏡が変な位置で小刻みに震えていた。

そのまま背後に倒れた。

犯人の腰の下からスルスルと足が入ってきた。胴締めスリーパー。倒れた勢いで刃物を落とす犯人。そこを一気に締め上げていた。

「警察!あと救急車!」

人混みから誰かが叫んだ。

グッと更に力を込めると、完全に犯人の手は力なく垂れ下がった。

「………。」

ヒーロー?らしき男が、犯人の身体の下から這い出てくる。そのまま、また違う形で犯人を締め上げた。

「技のデパート!藤波辰爾!ドラゴンスリーパー!」

また人混みから別の声がした。

ヒーローが胸を張ると、犯人にダメージがある形だが、既に事切れてはいる。

交差点の向こうから警察官が数人向かってくる。恐らく駅前交番からだろう。警察署も近いからすぐにお巡りだらけになるはずだ。

遠くの方から救急車のサイレンが聞こえた。

スクランブル交差点は車が縦横に停車し、人と車でごった返す。

犯人に視界を戻す。


さっきのヒーローの姿は何処にも無かった。瞬間、一気に現実に戻された様に色んな音が耳に飛び込んで来る。

「やべっ!動画撮っておけば良かったぁ〜!」「マジ怖えから!何かマジで!」「ちょっとそこどいて!担架入るから!」啜り泣く声も聞こえる。

正直…、あっけに取られていた。一体何だったのか?あのヒーローは何者なのか?そして、何処に消えたのか?

「…な、何かの撮影か…?」

ただ一言、呟くしか出来なかった。

カメラの重さも、日差しの暑さも、完全に忘れていた。


次回予告!

また一段と寒くなりましたね!なのに真夏とか書いてて、もうやっちまってる感しかないけれど、やってナンボの漢道!次の夏まで引っ張ってやる!

次回!東京レボリューション!第九話!

「部屋とYシャツと鼻血」

ツッコミする時に効果音とか口で言う人は、幼稚だ!!

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