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岩岡ヒサエ先生インタビュー【土星マンション/なりひらばし電器商店】

第15回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門にて大賞を受賞されるなど、マンガ読みから高い評価を得ている岩岡ヒサエ先生。丸みを帯びた柔らかなタッチで描かれた紙面と、繊細な心理描写で骨太な作品を生み出し続ける岩岡先生に、メールにて26の質問をぶつけてみました!

1章:漫画家は、1度諦めた道だった?
2章:作品に「気持ちを込めること」の大切さ
3章:連載作『星が原あおまんじゅうの森』&『なりひらばし電器商店』

漫画家は、1度諦めた道だった?


初めて本格的に漫画を描き上げたのはいつですか?

岩岡ヒサエ先生(以下岩岡):たしか中学生の頃……中3だったかと思います。その頃に初めての同人誌を作ろうと思い立ち、漫画家さんのインタビュー記事などを元に近所の文具屋さんでGペンや転写型のトーンを買いました。インクは墨汁だったと思います。30Pくらいの背景が全くない二次創作の原稿で、今思い出せるのはかっこよく描いたつもりの縦長の1コマだけです。

女子美術大学がご出身だとか。在学中はどのような活動をされていましたか?

岩岡:油絵を専攻していました。物の色だけを追って描くと形が描けるかどうかを自分のテーマとして、ティッシュを描いたりしたのちに抽象画を描くようになりましたが、自分に美術の才能は無いなと思っていました。ほかの人と比べて美術を愛しているかの度合いが違ったのだと思います。
サークルは合唱部です。その当時はかなりのめり込んでいました。一度『オトノハコ』という作品で描いてはいますが、今でも合唱をテーマにもう一度漫画を描きたいと思っています。

デビュー作の時点ですでに、丸っこいキャラクター造形など現在でも共通する特徴的な絵柄になっております。影響を受けた作家などはいらっしゃいますか?

岩岡:絵的には吉田戦車先生や森下裕美先生だと思います。中学生の頃に大流行した「伝染るんです」や「少年アシベ」に衝撃を受けて丸くなった気がします。あと恐らく、意識していたつもりではなくても深いところで藤子不二雄(A、F両先生)先生や手塚治虫先生の影響はあるかと思います。等身の低さとか。大学生の終わり頃に丸い顔のキャラを沢山描きましたが、絵柄が固まったかというと今でもフラフラしています。

「漫画家の道は一度すっぱり諦めた」というのを、ブログの記事などで拝見しました。断念してしまったのはなぜでしょうか?また、もう一度漫画家を目指すようになったのはなぜなのでしょうか?

岩岡:大学入学後に一度漫画家になるのを諦めました。ずっとパロディーの同人誌を描いていたものの自分の作品は全く描けないし、更に好きな漫画家さんより良いものが描けるとも思えず、迷った末漫画家を諦めました。大学1年になってすぐの頃から4年の前期くらいまで、いたずら描き以外は漫画もイラストも描きませんでした。
その間に観劇にハマり、色々な作品に触れるにつれ物語に対して感想や意見を持つようになりました。そこで「自分は話を作りたいのかも」とはたと気づき、4年の就活が始まる頃うっすらと漫画家に憧れるようになるものの、結局就職し仕事の合間に趣味でオリジナルの漫画を描くようになっていきました。その後、徐々に漫画家になりたいという意識が高まっていき、就職から4年後に初投稿しました。

同人誌をまとめられた単行本を出されているように、デビュー以前からご自身で相当数のオリジナル同人誌を描いていたようです。オリジナルで同人活動に参加されようと思われるようになったのはなぜですか?

岩岡:相当数と言っていただけると何だかカッコイイですが、16Pの本を数冊程度なのでそれほど多くは無いと思います。コミティアというオリジナル漫画を発表出来る場があると知り、一緒に参加してくださった知人もいたので、とにかく描ける時に描いて持っていこうと思って参加していました。プロになれたら月1で描くのだということも少し意識していたかもしれません。
前述させていただいたように話を作ることに興味が湧いたものの、同人誌で漫画を描き始めた頃はまだ何を描いていいのか分からなかったので、自分の感情を中心にして漫画を描きました。物語というよりはポエムに近いものです。(その時は自分の中の感情を描くとはいえ、読者さんがいることを意識したつもりでしたが今思えば全くまだまだ足りていなかったと思います。)

持ち込み・投稿など、デビューに向けての活動をされていたかと思います。その当時苦労したこと、印象に残っているエピソードなどあれば教えてください。

岩岡:印象に残っていることは、意識が変わった時のことです。持ち込んだネームで良くないと言われた部分を最初は大事にしすぎて大きく直せないことが何度かあり、「このままじゃダメだ」と思い切ってその部分を切り捨て、別アプローチでこれは良いと自分で思える物を再提出できた時、モヤモヤしたものが晴れたようでした。自分は変われるかもしれない、とその時思えました。

商業デビューのきっかけを詳しく教えてください。

岩岡:商業誌デビューは作品投稿です。普通に投稿しました。最初の投稿作はラッキーなことに急に雑誌掲載されたのですが、連載を取るようなレベルに達していなかったのでその後はまた投稿のためのネームを編集さんに見て頂いておりました。
その後、没が続き他にも何誌か投稿するもなかなか上手くいかなかったのですが、コミティアの出張編集部でIKKI編集部に見て頂いた『しろいくも』という短編をIKKI本誌に投稿し直して掲載、再度デビューのような形になりました。小学館さんから出ているコミックス『しろいくも』はほぼ同人誌からの作品をまとめた短編集ですが、IKKIで初連載をさせてもらうタイミングでコミックスを出していただきました。
他社さんからも大変ありがたいことに、同人誌をまとめた物を出しませんかとういうお話があったりもしました。その時期、そういう『同人誌を商業コミックスに』という流れのブームがあったのかもしれません。

作品に「気持ちを込めること」の大切さ

ストーリーを考えるとき、どうやってお話を作り・まとめていきますか?

岩岡:案出しの時、全く何も思い浮かばない場合はノートに「起承転結」だけ書いてただただ考え抜いたりします。日常で気になる小さなことから案を膨らますことが多いのでコツも何も無いですが、取り上げることが小さい出来事な分「起承転結」の「転」の部分が妙で面白いものになることを願っています。

ネームの切り方を教えてください。作るときに意識していること、注意していることを教えてください。

岩岡:以下はプロットからネームまでの流れです。

プロットを思いつくままに書く。セリフややりたいことなど。大まかな展開を考えます。

24行のマスを書き、プロット内容を箇条書きのように並べていく。(どのページでどのようなことが起こるのか、大まかに書いていく)

その箇条書き(のようなもの)を入れ替えたり足りない要素を追加しながら書き直す。

それを見ながらネーム用紙に書き出していく。

感情など箇条書きでは気持ちが乗らないことが多いので、結局ネーム用紙に絵を入れ始めてから考え直すことが多いです。ネームはとにかく気持ちが入り込めるようにします。それと私はページ数も少ないので、伝えたいテーマは1つにするようにしています。

現在の作画行程を教えてください。作画の際こだわっているポイントなども教えてください。

岩岡:20~24Pの場合であれば…

下書き→4~5日 (背景まで下書きは書いてあります)
キャラペン入れ→2日
背景ペン入れ→4~5日
トーン→3日

大体2週間くらいで終わるよう心がけています。こだわっているポイントですが読みやすくなりますように……と思いながらやっています。

先生の作画といえば、繊細な「点描」描写が一つの特徴だと思います。点描を使うようになったきっかけ、描くときのコツなどあれば教えてください。

岩岡:点描を描くようになったきっかけは、田舎でトーンが売っていなかったのと、私が中学生の頃はまだ点描を使ってある漫画も多かったので手書きで描くようになりました。
ちゃんとした技術のある人であれば「点の間隔が均等になるように」とおっしゃると思うのですが、私はとにかくコツコツがんばるとしか言えません……私と同じくらいの世代で点描が凄く上手いと思う作家さんはトミイマサコさんです。

キャラクターを優しく包み込んでいるかのような背景の作画も素晴らしいです。作画の際注意していること、よく使うテクニックなどがあれば教えてください。

岩岡:テクニックではないですが、基本として地面に人が立っているように描くためには、消失点を置きグリッドを描いた方が良いと思います。あとはどこに誰がいるのは分かるコマは必ず入れるようにしています。ただ消失点やキャラの立ち位置に囚われすぎると漫画の画面に自由が無くなってつまらなくなる場合もあると思うのでほどほどに。自由に描いた方が良いんじゃないかと思います。
私は背景も一生懸命描くと「伝わる」と思っています。しりあがり寿先生は「最善の方法で描くこと」だとおっしゃっていました。それが手数の多い描き方であっても手数の少ない描き方であっても「最善」であれば良いと思います。ぜひそれぞれの最善を見つけて頂きたいです。

自分も似たような人とどこかで会ったことがある!と思ってしまうような、活き活きとしたキャラクター達が印象的です。個々のキャラクターはどうやって思いつかれるのでしょうか。

岩岡:ストーリーが先にあって、キャラは後からの方が多いと思います。キャラクターに自分が愛着が湧くようになるのは、ネームを描いていて気持ちが乗ってからです。ネームを描き始めると突然小さいやり取りが生まれてキャラが動き出したりします。活き活きする部分はそういうところだと思います。私自身がやっていることといえば、お笑い番組を見たり日常で何か楽しいことは無いかとか、自分が好意を持っている周囲の言動などに思いを馳せると変なキャラが浮かぶ……のでしょうか……?反面、私はカッコイイ人物が作れないので困っています。

思いついたキャラクター像を固めていくときにやっていることがあれば具体的に教えてください。

岩岡:回を重ねるごとに段々とキャラが固まってくるのでただただ積み重ねです。ただ、ちょっとずつキャラクターに変なことをして、読者さんがそれをどこまで許してくれるかどうかを気にしています。

お爺ちゃんにお婆ちゃん、先生の作品に登場する高齢キャラは皆パワフルです。そのようなキャラクター造形が多いのはなぜでしょうか。

岩岡:地元で子どもからお年寄りまで集まる行事があったとき、腰の曲がりきったお婆さんが驚くほど俊敏に動いていたのを思い出してしまうからです。どうにもこうにもパワフルに描きたくてしょうがないです。

単行本のあとがきで、熟年カップルについ目がいってしまった話などがあげられていましたが、作中でも「付き合うまで」よりも「付き合う/結婚している」人達の描写の方が多いような気がするのですが……

岩岡:単純に恋愛経験が少ないのと、片思いが長かったのがしんどかったというのが強いから落ち着いた人間関係を選びたくなってしまうのだと思います。今後は付き合うまでのドキドキも描いてみたいですね。恥ずかしい感じのやつを。

連載作『星が原あおまんじゅうの森』&『なりひらばし電器商店』

まずは『星が原あおまんじゅうの森』について。「ネムキ(現在はネムキ+)」で連載中ですが、連載案がまとまるまでの経緯を詳しく教えてください。

岩岡:もうあまり覚えていませんが、まず掲載誌の中で他の連載と被らないように考えていく中でステージが「森」に決まったような……自分がその時描いていた他の漫画が建物ばかり描いていたのもありました。
あとは何か面白い物は無いかと考えてく上でポイントカードというアイテムを思いつき、そこから更に肉付けしていく感じでぼんやりとした設定が出来ました。連載前は1巻までの流れは決まっても物語の終わりまでの展開は決まりきっておらず、1巻が出る頃に全体のテーマと大まかな展開が決まってきたと思います。

一番最初に生まれたモチーフななんだったのでしょうか?

岩岡:何が一番最初かは覚えていませんが、早い段階で主人公とヒロインはいました。主人公はおじさんでした。ヒロインはそのおじさんの美人妻だったと思います。その後に考えたモチーフは漫画には出ませんでしたが、鞄の底にある爪楊枝でした。役に立たない物に気持ちがあって、その想いを聞く森の住人がいる……というのが「あおまんじゅう」を立ち上げた当初の物語のイメージです。1話完結での連載予定でした。

初期の作品には、ファンタジー色の強いものも多いですが、ファンタジーは以前からお好きなのでしょうか?

岩岡:自分ではそれほど意識しているつもりはありませんでした。自然と出てくるものがファンタジーだったのだと思います。逆に普通の日常を描く時の方がファンタジー感を意識していたと思います。

本作からは絵本や児童文学といった作品がイメージされるのですが、そういった点は意識しているでしょうか?

岩岡:私としては少女漫画のバトル物……のような意識がありました(笑) というわけで、当初の意識としては絵本や児童文学では無かったです。でも好きな雰囲気を描いていったら児童文学っぽくなってきているのかもしれません。

次に『なりひらばし電器商店』について。前作の『土星マンション』から引き続き、今回もSF作品となっています。

岩岡:本当はSF以外を描きたかったのですが、どうしても担当さんが入れたいとのことで改めて練ることになりました。

本作の着想を得られた1番最初のアイディアは何ですか?

岩岡:変な家電を出したいというのが最初のアイディアです。連載前の読切で登場したなんでも吸い込む掃除機がそれです。

第一話冒頭のスカイツリーなど、自分たちが生きている「現在」の風景が、作中では「ノスタルジー」の対象になっているのがとても面白いのですが、そういった点は意図されているのでしょうか?

岩岡:空想の家電が実在するために未来設定になったで、自然と現在あるものがノスタルジックに感じるだろうなと思いました。現在の私たちが感じる東京タワーかな?という気持ちで描きました。

現在の展開では、とりあえず「フリーペーパー」を作ることがお話の中心の一つになっていますが、フリーペーパーをお話の要素の一つに使われようと思ったのはなぜですか?

岩岡:業平、押上の辺りを調べるにあたって、地元の産業が面白いと思いました。それを紹介するのに大学生と絡めるには何がいいだろうかと考えて、行き着いた先がフリーペーパーでした。私が地元について調べたことや調べたいことをキャラにやってもらっているのかもしれません。

『土星マンション』では当初からラストの構想があったそうですが、今作ではどれくらい先まで構想が固まっているのでしょうか。

岩岡:……実は何も……ご期待に添えず申し訳ないです;今は主人公達のマヌケな生活のことばかり考えています。

最後に、漫画家を目指す学生の方にメッセージを!

岩岡:楽しく描くためには色んな苦労を乗り越えなくちゃならないと思います。是非是非楽しんで描いていただきたいです。私も楽しむためにがんばります。お互いにがんばりましょう!