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近くても遠いトイレ

中途で視覚障害を負った患者さんが病院に入院していました。急性期を過ぎて、病棟内を一人で歩くことが許可されました。最初に選んだ目的地はトイレでした。トイレは病室を出て廊下を右に約15メートル進んだ左側にあります。目が見える人にとっては、病室の戸口に立てば右方にトイレが見えるため、そこへ向かうことは難しくありません。しかし、光覚が少し残っているだけのその患者さんにとっては、「近くても遠いトイレ」でした。看護師と何度も経路を行き来して練習したそうですが、ある時は行き過ぎたり、またある時はUターンして戻ってきたりして、到達できるかどうかはほとんど運次第の状態だったそうです。

さらに、その病院の廊下の壁沿いにはベッド、点滴棒、車椅子などが一時的に置かれていました。もし視覚機能がある程度残っていれば、廊下の中央を歩いてトイレにたどり着くことはそれほど難しくないでしょう。しかし、この患者さんのようにわずかに光覚が残るだけの状態では、廊下の中央を歩いてトイレに行き着くことは難しいことです。一般的に、視覚障害のある人が新しい環境で短期間に経路を一人で歩く場合、「廊下の壁を伝う」「廊下を渡る際に触覚的な目印を使う」といった触覚を利用したナビゲーションが多く採用されます。

この事例の場合、トイレまでの経路は、「ベッド→病室のドア→廊下の壁沿いに触覚的目印まで進む→廊下を渡る→壁沿いにトイレ入り口に到達する」という手順になると思われます。一時的に廊下に置かれた物を移動して壁沿いが歩きやすいようにし、経路を数回練習した結果、その患者さんは一人で確実にトイレまで行けるようになりました。この事例では、廊下の壁沿いに置かれた医療機器などを片付けて歩行可能なスペースを確保することで問題はほぼ解決したといえます。

しかし、その病院では、廊下の壁沿いに再び医療機器などが置かれたりして、常に物のない状態にしておくことは難しいとのことでした。そのためその後、患者さんはトイレに行く際に看護師の同行を依頼していると聞きました。

この事例から考えると、患者さんには一人でトイレまで行く能力が備わっているにもかかわらず、経路歩行の環境が十分に整備されていないため、看護師の支援を必要とし続けていることは、患者さんに心理的なフラストレーションをもたらしているのではないかと思われます。患者さんの自立を支えるためには、環境整備の重要性について改めて考える必要があると感じます。

文:清水美知子

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