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求心性視野狭窄で歩くこと

世の中の多くの人は、視力があれば生活に支障がないと思っている節がある。しかしロービジョンの見え方の特徴を知る人なら、周辺の視野が欠損する求心性視野狭窄の状態になると歩くことがとても大変になることを理解しているだろう。

見えない、見えにくい状態で歩こうとするとき、もっとも気になるのは足元の情報である。だから低視力の人や下方の視野のない人は視線を下に向けて移動することが多くなる。そうすると求心性視野狭窄の人は足元のとても狭い範囲しか見えないことになり正面にあるものが視野に入らないので、正面にある障害物に気付かず衝突したり、進むべき方向が分からなくなったりするのである。

求心性視野狭窄の状態で視覚情報を増やすためには、視線をなるべく遠方に向ける必要がある。トンネルの向こう側の風景を見るように視線を向ければ、道が伸びている方向が分かる。ずっと続く路面や路肩の白線、並木、植栽、道路と民地の境界線、遠方を移動する車や人などを手掛かりにすれば、道なりに移動することが可能になる。

写真キャプション:求心性視野狭窄のシミュレーション
左上:歩くときに下に視線を向けた時の見え方・右上:遠方に視線を向けた時の見え方・左下:交差点の手前で90度左に視線を向けた時の見え方・右下:90度左に視線を向けた状態で交差点に入った時の見え方・注:視野周辺部のグレーの部分は、本来は見えていないが、風景のどの部分が見えているかを示すために半透明にしてある。

問題は交差点だ。遠くから見ている時はその存在がわかりやすいが、接近するほど全体像が視野に収まらなくなり、いよいよ交差点にさしかかった時に視線を遠方へ向けていたら、その存在に気付くことができずに通過してしまうか、適当なタイミングで曲がるために向きを変えたら、交差点の手前の壁に衝突してしまうかもしれない。このミスを防ぐためには、曲がりたい方向へ視線を向け、視界が開け、遠方へ延びる風景が確認できる位置まで進む必要がある。つまり、わき見歩きをしなければならない。それは足元も正面も見ないで歩くことを意味している。

私はかつて求心性視野狭窄5度、視力0.01のシミュレーションの状態で白杖を使わずに初めて訪れた街並みを歩いたことがある。私は歩行訓練士なので歩くコツを比較的短時間で把握し、数10m先を歩く人を視野に入れた状態で駅のコンコースをそこそこのペースで歩いていたのだが、突然床が消え心臓が止まるかと思うほどびっくりした経験がある。そこには4段の下り階段があったのだが、高低差が大きくないために普通に風景が続いているように見えたのだ。この経験を通して改めて、白杖のありがたみを痛切に感じたのだった。

つまり、視野が狭い状態で効率よく移動するためには視線を遠方に向ける必要があるが、足元の安全性を確保するためには白杖の技術が必須ということである。基本的な白杖技術を習得すれば、曲がり角を見つけて確実に曲がるための脇見歩きも可能になるはずだ。以上の理由から、重篤な求心性視野狭窄の人には白杖の基本技術の訓練受講をぜひお薦めしたい。

文:小林 章

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