1か0ではない運転免許交付制度の議論を
(画像はADEDのホームページより)
運転免許の返納により自分で自由に仕事や買い物に行けない、社会参加ができなくなると、個人の幸福や自立に否定的になり、高齢期の危機が訪れるというアメリカの研究結果があります(Rothe, 1994など)。とりわけ車での移動が前提になっている地方に在住している場合、事態は深刻です。
そこで北米などいくつかの地域では、限られた地域や時間帯のみ運転することができたり、衝突被害軽減ブレーキなどを搭載した車でのみ運転ができるなど一定の条件のもと、運転を許可する制度(限定免許制度)を設けて、障害のある人や高齢者が自立して運転することを前提としたコミュニティを維持しようとしています。1968年に北米で導入されたこの制度により運転を維持するよう支援された高齢者は、社会活動やボランティア活動に積極的になり、その結果認知的健康を改善しました(Curl et al., 2013; Chihuri et al., 2015、Marottoli et al., 2000)。
現在、限定免許制度を導入している国や地域は、イギリス、ドイツ、スイス、オランダ、オーストラリアのビクトリア州、ニューサウスウェールズ州、北米のイリノイ州、アイオワ州などに及びます。
限定免許が交付される人は高齢者や障害を持っている人たちです。条件付きとはいえ運転をして本当に危なくないのでしょうか。
Markら(2017)は3000本以上の論文や国の報告書を調べて、限定免許制度を導入した結果、(1)ドライバーの衝突事故、(2)交通違反率、は低下するか、を検証しました。その結果、限定免許を持つ高齢ドライバーは、制限なしの高齢ドライバーと比べて、衝突事故の割合が低いこと(Marshall et al., 2002)、病気や障害を理由に限定免許を持つ人は、限定免許を持たない66歳以上のドライバーと比べて衝突事故の割合が低いこと(Crancer & Mercury, 1968)、限定免許を持つドライバーは、一般集団と比較して交通違反率が低いこと(Mershal, 2002)などがわかりました。ちなみに視覚障害を理由に限定免許を持つ集団では有意ではなかったものの一般集団と比べて衝突事故は減りました(Crancer & Mercury, 1968)。限定免許を持つドライバーはおおむね安全運転だったといえそうです。その理由は運転距離が短く、より安全な条件下で運転するため(Braitman et al.)、 高齢のドライバーは自己規制してゆっくり、より慎重に運転すること(Langford and Koppel, 2011; Crancer and McMurray, 1968)、などが考えられそうです。
これらの地域では、免許更新の際に身体検査、路上検査、適正検査などを通じて、免許を更新するか、更新拒否するか、限定免許を交付するかを決めます。場合によって、医師、高齢医学専門医、眼科医、だけでなく、ドライバーリハビリテーションスペシャリストに紹介され、最終的な判断がなされます。
ドライバーリハビリテーションスペシャリストの専門家集団(The Association for Driver’s Rehabilitation Specialists: ADED)は理学療法士、作業療法士などで構成され、障害のある人や高齢のドライバーの評価や教育、トレーニング、必要に応じて自動車の改良などを行うサービスを提供しています。1977年にケンタッキー州で設立されました。
ADEDのHP
https://www.aded.net/
自分の意思で好きな場所に行けることは、生活を維持するだけでなく、人や社会と良好な関係を築くなど、私たちの生活を豊かにしてくれます。この移動の自由が、健康や年齢を理由に、制限される可能性は誰にでも起こり得ます。高齢者の運転する自動車事故のニュースを見聞きするたび、危ない、病気を持ったり一定の年齢に達したら免許を返納するのは仕方がないと考える人もいるかもしれません。しかし同じ年齢、病気でも、その程度には個人差はあります。その際、運転を継続するか、一律に免許をとりあげるかという、イチかゼロの現在の制度だけではなく、その中間となる限定免許制度を考えることはできないものでしょうか。
参考文献
Asbridge, M., Desapriya, E., Ogilvie, R., Cartwright, J., Mehrnoush, V., Ishikawa, T., & Weerasinghe, D. N. (2017). The impact of restricted driver’s licenses on crash risk for older drivers: a systematic review. Transportation Research Part A: Policy and Practice, 97, 137-145.
Crancer, A., & McMurray, L. (1968). Accident and violation rates of Washington's medically restricted drivers. JAMA, 205(5), 272-276.
Marshall, S.C., Spasoff, S.R., Nair, R., van Walraven, C., (2002). Restricted driver licensing for medical impairments: does it work? CMAJ 167 (7), 747–756.
Rothe, P.J., (1994). Beyond Traffic Safety. Transaction Publishers, New Brunswick, NJ.
Chihuri, S.M., Mielennz, T.J., Dimaggio, C.J., Betz, M.E., Diguiseppi, C., Jones, V.C., Li, G., (2015). Driving Cessation and Health Outcomes in Older Adults: A
LongROAD Study. AAA Foundation for Traffic Safety.
Curl, A., Stowe, J.D., Cooney, T.M., Proulx, C., (2013). Giving up the keys: how driving cessation affects lifestyle in later life. Gerontologist 54 (3), 423–433.
Marottoli, R., Mendes de Leon, C.F.M., Glass, T.A., Williams, C.S., Cooney, L.M., Berkman, L.M., (2000). Consequences of driving cessation: decreased out-ofhome activity levels. J. Gerontol.: Soc. Sci. 55B, S334–S340.
Braitman, K.A., Chaudhary, N.K., McCartt, A.T., (2010). Restricted licensing among older drivers in Iowa. J. Saf. Res. 41 (6), 481–486.
Langford, J., Koppel, S., (2011). Licence restrictions as an under-used strategy in managing older driver safety. Acc. Anal. Prev. 43 (1), 487–493.
文:麻野井千尋