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『ハッピー・ホリデーズ』Q&Aレポート | 11/29(金) | 第25回東京フィルメックス
11月29日、丸の内TOEIでコンペティション作品の『ハッピー・ホリデーズ』が上映された。本作はイスラエルで暮らすパレスチナ人家族の物語を父・母・息子・娘の4人の視点で描いており、それぞれの悩みを通して、ジェンダーや民族対立といった現代のイスラエルが抱える様々な問題を浮き彫りにしている。作品の上映後はQ&Aの時間となり、スカンダル・コプティ監督が登壇して来場者と交流の時間を持った。
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『ハッピー・ホリデーズ』の構想は、デビュー作である『Ajami』の製作以前からあったと話すスカンダル監督。きっかけは、親戚の女性が自分の息子に対して「女性に言われるがままに従っちゃいけないわ」と話していたのを偶然耳にしたことだったという。「女性は男性に準ずるべき」という考えを女性自身が持っていることに「ある種のパラドクスを感じた」とスカンダル監督は語った。と同時に社会的に抑圧を受けている女性がそれを内在化し、あたかも普通のことであるかのように振舞うこと、またそういった価値観を当然のことのように思っていること、そこに人間の抱える問題が垣間見えたと語った。「このようになってしまうと人は次第に自分の価値観が他の人より優れていると考えるようになります。するとそれが決定権にも影響を与え、自分の愛する人たちにも良いこととして悪気なく押し付けるようになります」。本作品においても、家父長的な価値観によって自由を制限され生きずらさを抱える娘と、そこに何の疑問も持たずむしろ強制するような言動を取る母親が対照的に描かれている。
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Q&Aの前半では、製作の経緯や作品に込められたテーマについてスカンダル監督から語られたが、後半では撮影過程について焦点が当てられた。
スカンダル監督は独自の映画メソッドを持っていることで知られているが、本作においてもその手法は遺憾なく発揮されている。そのメソッドの一つが、キャスティングにおいて俳優ではなく演技の素人を起用するというもの。本作のキャスティングにあたって、スカンダル監督は一年かけてワークショップを行い、その中で自身の思い描くキャラクターに合うと感じた人を起用していったという。さらに興味深いのは、作中には様々な職業の人物が登場するが、演じている人たちがいずれもその仕事を本業としている点である。例えば、医師のワリード役は、ワークショップに参加した35人の医師の中から選ばれている。
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またスカンダル監督は撮影のスタイルも独特だ。「まずは脚本なしで素人の人たちに即興で演じてもらいます。その後、ロールプレーを重ねていき、その人物にどんな背景があったのか話し合ってから、時系列に映画を撮っていきます。彼らに脚本を渡すということはしません」。これはまさにドキュメンタリー的な手法といえるが、この撮影方法にはそれなりの苦労もあるようで、「このメソッドにおいて、再撮影を何回もするということはできません。というのもスクリプトがないわけですから、もう何が起きるか分からないという状況です」とスカンダル監督は語った。例えば、料理のシーンを撮ることになった場合、脚本があれば事前に料理を用意しておくことが可能だが、このメソッドでは、演者たちが自分たちで食材の買い出しから料理まで行うため、撮影に膨大な時間がかかるという。またその場その場で偶発的に起こったことを時系列に沿って撮っていくので、通常の映画作りのように一つのロケ地で行う撮影を一度にまとめて撮ることもできない。これについてスカンダル監督は「このメソッドはお金も時間もかかりますし、製作にとっては本当に頭痛のタネです」と苦笑交じりに話した。実際のところ本作品を製作するにあたって最終的に集まった素材は180時間にも及び、編集には1年の歳月がかかったという。
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このようにスカンダル監督の映画メソッドは時間・手間・コストが膨大にかかる。にも関わらず、監督がこの撮影スタイルにこだわり続ける理由は何なのか。それはこのメソッドが「フィクションのパラドックス」という理論に基づいていることと関係している。「私たちは、フィクションだと分かっていても沸き起こる感情がありますよね。例えば映画を観ていて誰かが死ぬと、俳優が演じているだけなのに、私たちは泣きます。フィクションだと分かっていても、面白かったら笑います。これは三千年前の古代ギリシャの演劇時代から変わっていないことです。人々は起きていることを信じてそれに対して反応ということをするということですね」。そのためスカンダル監督は演者に対して「泣けとか怒れ」といった指示も出さないそう。あくまでも自分の内側から沸き起こる感情を演じてもらいたいからだ。だからこそ、役者が演技の素人であるのにも関わらず、スクリーンに映る彼らの演技はとても自然でオーセンティックに見えるし、よりリアルな感情を観客から引き出すことができたといえる。
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興味深い撮影スタイルで製作され、強いメッセージ性を持った本作品に、会場からは質問が絶えなかった。惜しくも時間切れとなりQ&Aは終了したが、最後まで充実した内容だった。
『ハッピー・ホリデーズ』はヴェネチア映画祭オリゾンティ部門でも上映され、同部門で最優秀脚本賞を受賞しており、既に高い評価を得ている。前作の『Ajami』ではカンヌ映画祭でカメラドール特別表彰を受賞し、第82回アカデミー賞では外国語映画賞にもノミネートされたスカンダル監督。今後もさらなる活躍が期待される。
文・吉原和花
写真・白畑留美