夏の花火と女優たち
小さな川が暗渠になってできた遊歩道を歩いていると、どこからか風鈴の音色が聞こえてきて、夏の色と香りを感じた。いつもなら、本格的な夏がやってくる前に、梅雨の季節という名の緩衝地帯が雨を連れてやってきて、真夏がネクストバッターズサークルで待ち構えているものだけれど、2023年は、梅雨駅に停まるのを忘れた快速特急のように、びゅんといきなり暑い夏がやってきた。
夏になると、ドラマやCMで若手女優がいきいきと好演して、輝きを見せる。今年の夏も、大分からやってきた女優、長崎・五島列島が生んだ2人の女優、30年前に放送された学園を舞台とする人気ドラマのヒロインの役名にちなんで名付けられた女優など、多くの女優たちが、ドラマで彼女たちらしい演技を見せて、2023年の夏に彩りを与えている。
彼女たちが、演技を通じて見せる「立ち姿」(存在感、と言い換えてもいい)が涼しさを運んで、風鈴の音色の癒やし効果と同じように、心を穏やかにしてくれる。
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今まで雑誌などで取材した女優たちが夏について語ってくれた言葉を、記憶の書庫から拾い上げてみた。
「夏生まれだから、夏が一番好きな季節です。学生時代の夏休みは、天国でした(笑)。明日は何しよう、ゆっくり寝て過ごそうとか、いろいろ計画を立てるのがうれしくて。楽しかったなあ・・・。もう学生の時のような夏休みはないんだなと思うと、ちょっとさみしいです」(前田敦子 『girls!』Vol.31 2010年7月)
「小さいころからずっと人見知りで、学校とかでも夏休みが過ぎたあたりからようやくクラスに馴染み始めて」(中村守里 『girls!』Vol.54 2018年7月)
「ちっちゃいころは七夕がサンタさんみたいなものだと思って、短冊に欲しいものを書いてました。いつ頃からか、あっ、違うんだと気づいて、そこからは将来の夢を書くようになりました。最近は・・・あんまり願い事はないんですよね。なにかができますように、というのは、自分がやればいいだけだと思うので」(大友花恋 『girls!』Vol.54 2018年7月)
「(夏にロケを行っていた主演映画『のぼる小寺さん』の撮影を通じて、)夏が好きになりました。夏にしか味わえないキラキラ感を感じたり、夏に吹くから風は気持ちいいんだなと気がついたり」(工藤遥 「タレントパワーランキング」Web 2020年7月)
「時間があっというまに過ぎると感じるようになってから、四季を大切にしたいと思うようになりました。夏に友達と線香花火をしたり、秋になっておいしい炊き込みご飯を食べたり。今の季節にできることを積極的にやっていこう、って」(奈緒 「タレントパワーランキング」Web 2020年1月)
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夕方の路地で、浴衣姿の女子高生たちがうれしそうに笑っていた。
「お祭り、明日なんだけど、楽しみすぎて浴衣を来てきちゃった」
「久しぶりだもんね」
「森七菜ちゃんのドラマの世界に迷い込んだみたいだね」
新海誠作品のヒロインに選ばれる1年前に、『やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる』という神木隆之介主演のNHKドラマで演技を見て逸材だと感じて以来ずっと応援してきた森七菜が、町の日常会話に名前が出てくるような存在になったんだなと感じて、ちょっとうれしかった。
「立ち姿」という言葉には、文字通りの「立っている姿」という意味のほかに、「舞を舞っている姿」という意味もある。ドラマでの舞といえば、若き日の石原さとみがNHK大河ドラマ『義経』で演じた静御前が舞を奉納するシーンが、今でも強く印象に残っている。この年の大河ドラマのクライマックスの1つだったと言ってもいい重要なシーンで、石原さとみが演技派女優として注目を集めるきっかけにもなった。
女優の「演技」は、日本舞踊や能の「舞」(旋回運動)に通じるものがある。女優たちが走ったり、立ち止まったり、座ったりという日常の動きを、目の動きや指の先まで繊細に心を配って、どのように、しなやかに、可憐に表現するかというのが、演技の表現において、セリフと並んで重要となる。
今年も、女優たちがドラマ・映画・CMなどで、魅力的な「夏の舞」をくりひろげている。夏の夜空に打ち上がる花火のように、彼女たちが演技を通じて与える一瞬のインパクトが、見ている人たちの心の琴線に響いて、心の中のピアノの鍵盤を叩く。
そして、彼女たちが奏でる素敵な演技のメロディが、さまざまな夏の記憶を呼び起こしてくれる。
縁日。ヨーヨー釣り。綿あめ。射的。お化け屋敷。西瓜。ラムネ。線香花火。流しそうめん。焼きとうもろこし。ひまわり。市民プール。都市対抗野球。甲子園。かき氷。クリームソーダ。扇風機。夏服。麦わら帽子。
夏をイメージさせる言葉辞典を作るなら、ぜひともそこに「女優」も入れたい。
※引用インタビューはすべて、取材/高倉文紀