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『刑事コロンボ』第1話「殺人処方箋」/世文見聞録138

「コロンボが初登場するシーンまでしか観ない」──前代未聞の通好みの縛りを設けて、川口世文と木暮林太郎が、大好物の「ビッグストーリー」である『刑事コロンボ』シリーズについても語ります。


○『刑事コロンボ』シリーズ追加の弁

川口世文:NHK-BSで『刑事コロンボ』の再放送がはじまったので、このシリーズを追加でやってみたい。

木暮林太郎:BSテレ東で『男はつらいよ』がまたはじまったから、いよいよ“2周目”っていい出すんじゃないかとハラハラしていたが、意外なところにいったな。

川口:そうなんだよ。今更おれたちに語る余地などないと思っていたけど、実におれたち向きの「たった一つの冴えた観方」を思いついた。

木暮:期待はせずに、まずは話を聞こうか(笑)

川口:『刑事コロンボ』は犯行を先に描くいわゆる“倒叙推理”だ。だから、当然冒頭から出てくるのが犯人と被害者──そして殺人にまで至る彼らの関係が描かれる。

木暮:おれでも知っている。『古畑任三郎』もそうだ。

川口:奇しくも『男はつらいよ』シリーズで最初の三十分だけ観るという縛りを設けたように、今回はコロンボが初登場する“まで”を観ることにしたらどうかと思う。

木暮:コロンボが出てきたら終了ってこと? 確かに短くていいけど、『刑事コロンボ』を観たことになるか?

川口:『男はつらいよ』の前半部分が落語の“まくら”の機能を果たしていたように『刑事コロンボ』の犯人側のシーンだけ観たら、何か意味が見出せる気がするんだ。

木暮:「ビールの泡だけ飲め」といわれている気分だ。

川口:『刑事コロンボ』の場合、コロンボにとって犯人が“マドンナ”なんだと思う。性別は関係なし。恋愛感情はないが好き嫌いはある。何より犯人がいなければコロンボの存在意義が持てない、いわば“聖なる存在”だ。

木暮:いいたいことはわからないでもない。

川口:しかもその関係性を“マドンナ”側から描いている。つまり、これら二つの作品はすべてが対称的なんだ。

木暮:さっぱりわからないけど、その説が本当かどうか確かめたいっていうんだろ? とりあえず観てみるか。

○『刑事コロンボ』第1話(ネタバレ注意!)

川口世文:便宜上第1話と呼んではいるけど、実は「パイロット版」でさえない独立した作品なので、シリーズ最長の約100分の上映時間がある。

木暮林太郎:なるほど、だからコロンボが登場するまでたっぷり30分もあるわけだ。“夫が完璧なアリバイ工作で妻を殺したと思ったら実は妻は生きていた”というブラックコメディにしたら、それだけでも成立しそうだ。

川口:『ヒッチコック劇場』みたいにね。実際、ヒッチコックみたいな演出も多々あった。

木暮:殺しの最中に電話がかかってきたり、妻が必死にカーテンを引っ張ったりね。殺人はそう簡単じゃない。

川口:絞め殺すんじゃなくて、あの銀の燭台しょくだいで殴り殺したほうがよかったと思うんだけど……。

木暮:演出的に血を見せたくなかったのかもしれないぞ。あるいは夫がそうまでして“殺した実感”を得たかった人物だと描きたかったとか。

川口:作品としてはこれで正解だと思う。でも、奥さんの身になると不憫ふびんで仕方がない。結婚10周年パーティから夫が抜け出して激怒していたら、アカプルコ旅行をプレゼントされて有頂天になる。そこを殺されるわけだ。久しぶりの幸せを感じていたところなんだから、せめて一瞬で死なせてあげたかった……。

木暮:夫にしてみれば、あえてそうさせたくなかったんじゃないか? “恨み骨髄”だったんだろう。そこまで考えた演出だった気がする。

川口:完全に“逆恨み”だけどね。仮にリメイクするとしたらサイコパスとして描かれることになるんだろう。

木暮:もうちょっと捻らないと現代でリメイクは難しい気がするな。そもそもアリバイ工作も今みたいに空港に監視カメラがある状況じゃ無理だしね。

川口:逆にマンションの最上階なのに窓から強盗が押し入った設定にしたのがこの時代でもちょっと気になる。

木暮:案外、最上階は屋上から侵入しやすいんだろう。

川口:そんなところだろうな。さて、そんな彼がアリバイ旅行から帰ってくると、すでにコロンボが来ている。

木暮:少しだけ話を進めると、コロンボはその時点で夫を疑いはじめているんだよね。

川口:奥さんがいるはずなのに何も声をかけずに入ってきたからね。あそこで完全に“ロックオン”したわけだ。

木暮:コロンボにとって犯人は寅さんの“マドンナ”だとおまえはいうけど、おれにはコロンボというハンターが格好の“獲物”を見つけたようにしか見えなかった。

川口:なるほどね。確かにそう表現するほうが適切かもしれない。仮にこれが恋愛ドラマだったとしたら、コロンボはストーカーになってしまう。ところが相手は自己中心的かつ頭脳明晰の“殺人犯”だから、コロンボが獲物をもてあそぶ猛獣みたいな態度をとっても、視聴者はまるで抵抗を感じない。

木暮:殺したはずの妻が生きていたっていうのが、最初のツイスト──というか犯人に感情移入している視聴者にしてみれば最初のショックを受けるわけだけど、あれだって実はコロンボの罠だったのかも……。

川口:その発想はなかったな……確かに病室の妻の姿は描かれなかったけど、さすがにそれはないだろう(笑)

木暮:おれもそうとは思うけど、実際ここから先は犯人がひたすらコロンボに振り回される展開といっていい。

川口:今でこそコロンボの人気は確立されているけど、最初にこの作品を観た視聴者にとっては、主人公の前に立ちふさがる“敵”にしか見えなかったかもしれない。

木暮:そうそう。むしろラストで犯人が逃げ切ることができたら、それはそれで納得したかもしれない。

川口:レイモンド・バーが主役に残って毎回完全犯罪を行うシリーズ?……それはそれで今風に思えるな(笑)


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