ジェイムズ・ボンド映画アクション進化論19『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』
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第19作『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』
ブロスナン=ボンドの3作目『ワールド・イズ・ノット・イナフ』は国際テロリスト・レナードとの死闘を描くのかと思いきや、実は『ゴールドフィンガー』タイプの展開で、プロットも込み入っていたが、キャラクター心理も実に繊細だった。
とはいえ、プレタイトルは快調でシリーズ最長(当時)の15分。本来はビルバオでの軽妙な脱出アクションのみで終わらせるはずが、話はロンドンへとつづき、「Qボート」と呼ばれる、これまでボンドが乗ったボートのなかでも最も「無双」感がある秘密兵器が縦横無尽に活躍する。
もしシリーズの好きなシーンを15分間だけ劇場のスクリーンで観られるとしたら、個人的にはこの15分間を挙げるだろう。
ただ、それ以降は作品全体がかなり転調し、アクションシーンも前作のようにまとまったものではなく、1ロケーション1アクションといった、ムーア=ボンド後期のような「単発」感が強くなる。かといって、アクションシーンを貫いている「テーマ」がないかといえばそうでもないところが悩ましい。
まずは雪山でのパラホーク戦。このシーンは音楽からしてまるで『女王陛下の007』で、ボンドとエレクトラの関係を“いい意味”でミスディレクションしている。「雪崩」も一見オマージュのように見せて、実はもっと深い意味がある。パラホークを使ってくる敵の方が装備は上で、ボンドはスキーだけで彼らを撃退する。
中盤にはBMWボンドカーの三代目が登場する。『ゴールデンアイ』で実現しなかったミサイル発射シーンこそあるが、前作のメインアクションで使われたこともあり、またそもそも今回は「Qボート」がフィーチャーされているので、活躍は控えめだ。それどころかボンドカーとしては「最弱」な印象すらあって、実に無残な最期を迎える。
アクションシーンを貫く「テーマ」があると先に書いたのは「閉塞」と「窒息」のことである。「閉塞」の方はロシアの地下ミサイル基地→ポッドを追いかけるパイプライン→クライマックスの魚雷発射管と、それぞれをボンド自身が抜けていくことで示される。だんだんとその「トンネル」が狭くなっていくことが特徴的だ。
もう一つの「窒息」は、パラホーク戦の雪崩の後にはじまり、エレクトラによるボンドの拷問、そしてやはりクライマックスで潜水艦の「外」に出るシーンにつながる。好意的に解釈すればエレクトラというキャラクターの心理状況をアクションシーンにも反映させた稀有な例だといえるが、アクションの爽快さには欠けてしまった。
一方、3作目ともなると、ブロスナン=ボンドの細かい“立ち居振る舞い”は完全に確立されている。テムズ河の水中に潜った「Qボート」でわざわざネクタイを直すシーンにはじまって、雑魚敵の倒し方、銃の捨て方などは完璧にブロスナン・スタイルになったし、「オメガ」も見事に使いこなしている。だからこそ「キャラクター心理に寄りそったアクションシーンを組み立てる」という実験にも挑戦できたのかもしれない。
残念なのは、相対的にレナードの存在が弱まってしまったことだ。脳に銃弾が残っていて身体的な痛みを感じない一方、エレクトラの存在には心を痛めている──実はかなり人間味のある役柄だった。
個人的な妄想ではあるが、『ブレードランナー』に登場するレプリカント“ロイ・バッティ”ばりに、ボンドは歯が立たず、最後の最後に脳内の銃弾がとどめを刺す、というある種の「禁じ手」の終わり方もありだったかもしれない。