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“社会的検査”の可能性-新型コロナウイルスと共存する社会経済のあり方

こんにちは。弁護士の大城聡です。
新型コロナウイルスと共存する社会経済のあり方の鍵となる“社会的検査”について、みなさんと一緒に考えてみたいと思います。

1 感染防止と社会経済活動の両立という“難問”を解く鍵

(1)検査対象の拡大が明暗を分ける要因

 人から人へ感染するウイルスであるため、新型コロナウイルス感染防止と社会経済活動の両立は、日本だけではなく世界中が直面している難問です。
 2020年8月14日の日本経済新聞に「無症状者検査で感染抑制 英、経済再開でも陽性率低下」という記事が掲載されました。
 記事では、「世界各国の新型コロナウイルスの感染状況などの比較で、無症状者への検査の増加が封じ込めのカギを握る実態が見えてきた。英国は検査対象を広げ無症状からの感染拡大を抑制した。検査や感染防止が不徹底な日本や米国は感染拡大が続く。都市封鎖などに加え、検査対象の拡大が明暗を分ける要因になっている」となっていると指摘しています。
 英大学の研究者らのデータベースから1日あたり検査数(7日間の移動平均)が1千件以上で、7月末の時点で2カ月前より検査数が増えた54カ国を比較し、検査数と陽性率に着目したものです。感染拡大の目安となる陽性率でみると、イギリスやカナダ、フランスなど20カ国で低下、日本やアメリカなど34カ国で上昇していたとされます。

  イギリスでは「介護施設職員は毎週検査を受け、タクシー運転手など感染リスクが高い人を対象に検査を実施している」と紹介されています。このように個人の治療方針の決定を直接の目的とせずに社会経済活動との両立のために行われる検査を本稿では「社会的検査」と呼びたいと思います。

 この記事は検査対象の拡大していくことが感染防止と社会経済活動の両立という世界中が直面している難問を解く鍵になることを示唆しています。


(2)日本におけるPCR検査体制

 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が2020年2月24日に公表した「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解」では、PCR検査について次のように言及していました。

 PCR検査は、現状では、新型コロナウイルスを検出できる唯一の検査法であり、必要とされる場合に適切に実施する必要があります。
 国内で感染が進行している現在、感染症を予防する政策の観点からは、全ての人にPCR検査をすることは、このウイルスの対策として有効ではありません。また、既に産官学が懸命に努力していますが、設備や人員の制約のため、全ての人にPCR検査をすることはできません。急激な感染拡大に備え、限られたPCR検査の資源を、重症化のおそれがある方の検査のために集中させる必要があると考えます。
 なお、迅速診断キットの開発も、現在、鋭意、進められています。

<新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた見解」(2020年2月24日)より抜粋>

 このように、当初は国内ではPCR検査実施は抑制的であったといえるでしょう。しかし、2月時点の状況から比較すると、現在ではPCR検査体制の強化が進められています

 2020年8月7日、加藤厚生労働大臣は「PCRなどの検査体制の戦略的強化等についてであります。検査体制については、これまでの間、検査能力の拡充に努めてまいりました。今般確認したところ、PCR検査については1日当たり5万2,000件抗原簡易キットについては2万6,000件抗原定量検査について8,000件の検査能力を有していることが確認できました。」と記者会見の冒頭で発表しました(加藤大臣会見概要(厚生労働省令和2年8月7日))。


(3)日本医師会COVID-19有識者会議の緊急提言

 日本医師会COVID-19有識者会議は、2020年8月5日、「COVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言」を公表しました。
 その中で、「本感染症は無症状例が多く、隠れた地域内流行が存在する。このため、感染症対策だけでなく、経済を回す上からも、感染管理の必要な人たちが検査を受ける必要がある。しかしこれらの人々に対する検査の枠組みは用意されておらず、PCR検査等を受けることは難しい。実際、我が国のこれまでのPCR総計実施件数は、米国の約150分の1、英国の約10分の1である。検査を拡大できない理由は、我が国で一日に実施可能なPCR検査数が約35,000件であり、米国、英国、韓国の30分の1から40分の1という低い状態にあるためといわれる。」と問題点を指摘しています。その上で、同緊急提言は以下の方策を提案しています。


「COVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言」より
1)早急に高機能検査機器を導入し、PCRおよび抗原検査の実施能力を大幅に拡充する。
2)有症状者に対する行政検査における対象者を拡大し、PCR検査や抗原検査へのアクセスを大幅に改善する。あわせて検査の質を担保する。とくに、①発熱や感冒症状を訴える患者から電話等で相談を受けた医師が、COVID-19に関する検査を必要と判断した場合、診察前に患者にCOVID-19関連検査を受けられるよう、地域外来・検査センターの設置数と機能を拡充する。また、そのために必要な財政支援と制度の整備を行う。
②感染防御と検査実施を含めた患者診療に対する財政支援を強化する。
③検査協力医療機関の申し出手続き、さらに市中一般医療機関にあっては、①の疑い患者の紹介・連絡先方法の手続きを簡潔にする。
3) 社会経済活動と感染制御の両立のためには、市中における無症状陽性者の早期発見が重要である。そのために社会経済活動上、検査を必要とする市民が、有病率に拠らず容易に検査を受けられる公的な体制を確立する。具体的には、時限の法令の整備等により、地域医療の資源、検査協力医療機関、帰国者・接触者外来、地域外来・検査センター、民間の検査機関などが連携して、「コロナ検診」ともいうべき多様な検査体制を整備する。検査の対象は、感染リスクを有し、社会経済活動の維持と感染拡大の抑止のために検査が必要な人々で、保健所あるいは医師が判断する。対象の判断基準は、各都道府県の検査体制と医療体制を考慮して自治体が決定する。陽性者は再検査を受け、そのうえで陽性であれば、医療機関や保健所と相談して、行政検査を受ける。なお検査価格は高額にならないように設定し、検査料の一部は公費負担とし、自己負担の割合は検査を受ける人の経済的な状況に十分に配慮する。
4)検査で陽性と判明した場合は、行政の指導に従う。また「罹っても『うつさない』という責任ある行動」を促し、接触確認アプリ(COCOA)利用の協力を求める。
5)有病率の低い集団に検査を拡大することで懸念される偽陽性に対しては、再検査や別の検査を組み合わせることで、結果の確認に努める。同時に、検査精度のモニタリングと是正のためのシステムの構築を行う。さらにPCRおよび高感度抗原検査の迅速化および効率化、検査件数の増加、検査結果を取りまとめる情報システムを整備する。各種抗原検査の感度と特異度については、国が調査して公表することも重要である。
6)感染症危機管理に対応するためには、国際情報に基づく対応、国が管理するPCRおよび抗原検査センターの整備が必要である。そのための情報基盤と国内医療産業基盤を早急に整備する。


 この中でも、特に「社会経済活動と感染制御の両立のためには、市中における無症状陽性者の早期発見が重要である。そのために社会経済活動上、検査を必要とする市民が、有病率に拠らず容易に検査を受けられる公的な体制を確立する。具体的には、時限の法令の整備等により、地域医療の資源、検査協力医療機関、帰国者・接触者外来、地域外来・検査センター、民間の検査機関などが連携して、「コロナ検診」ともいうべき多様な検査体制を整備する」という提案に着目したいと思います。

 有症状者に対する行政検査における対象者を拡大とは区別して、無症状者に対して「コロナ検診」のような形で検査を受けることができる体制をつくることが感染防止と社会経済活動の両立のために重要だと強調しています。これはまさに「社会的検査」の必要性を訴えているものです。


2 ニューヨーク州の取り組みに学ぶ

 ニューヨーク市内の大学病院の循環器内科医として第一線で診療にあたってきた島田悠一氏(コロンビア大学医学部循環器内科助教授・同大学病院肥大型心筋症センター研究主任)による「ニューヨーク州におけるPCR検査の現状」は、今後の日本の検査体制のあり方を考える上で学ぶことが多い緊急報告です。上記緊急提言の参考資料にあげられています。

 報告の要旨冒頭では「ニューヨーク州は第一波の抑え込みに失敗したが、感染を収束させることに成功してからは、経済的活動の段階的な再開にも関わらず感染者数は低いままで保たれている。この背景には人口当たり世界最多のPCR検査数がある」としています。

 この報告ではPCR検査に関して大きく分けて二つの目的・利用方法があるとしています。

PCR検査に関しては大きく分けて二つの目的・利用法がある。一つは検査結果を個人の治療方針の決定に利用する場合、もう一つは多くの検査結果を集計して集団としての(つまり、市、州、国単位での)行動方針や政策の決定に利用する場合である。

 その上で、ニューヨーク州が取っている戦略は後者であり、PCR検査数を増やすことによって初めて正確な現状把握ができ、データと科学的根拠に基づいた政策決定が可能になり、実効再生産数をモニターして増加傾向が見られたら経済活動再開の計画を見直すなどの政策決定が行われているとしています。

 このことは「社会的検査」を進めることが正確な現状把握に不可欠であり、データと科学的根拠に基づく政策決定の基礎になるということを意味しています。

 また、この緊急報告では、PCR検査数を増やすことができた要因として、次のことをあげています。


・ニューヨーク州やニューヨーク市が検査を推奨したこと
街の中の至る所で検査が受けられるような体制を整備したこと(具体的には、病院や診療所のみならず薬局でも検査を受けることができ、それに加えて州や市が設置したPCR検査所やドライブスルー検査所がある)
・検査を受けるための制限を無くしたこと(医師がオーダーしなくても本人が希望すれば、基本的に全員がPCR検査を受けられる体制になっている)。
・患者の経済的負担を無くしたこと


3 地方自治体・民間の先進的な取り組み

 東京都世田谷区では、「誰でも いつでも 何度でも」検査できる「世田谷モデル」の実現に向けて、1日に2000~3000件をPCR検査できる体制整備の検討を始めています。原則として区民を対象とし、区内で医療や介護、保育関係者ら社会機能の維持に必要な分野で働く人たちも、定期的に検査することを想定すると報じられています(「世田谷区がPCR検査を拡充へ「誰でも いつでも 何度でも」」(2020年8月3日付東京新聞)

 また、東京都千代田区が区内の介護施設で働くすべての職員を対象に定期的にPCR検査を実施すると報じられました。千代田区内の特別養護老人ホームやグループホームなど7つの施設で働く職員を対象に唾液によるPCR検査を3か月ごとに実施するとされています。施設に新たに入所する高齢者などにも検査を受けてもらうということです(「新型コロナ 東京 千代田区 区内の介護施設全職員にPCR検査」2020年8月13日付NHK)。

 民間企業も交えた取り組みとしては、ソフトバンクグループと東京都が、東京都心から小笠原諸島の父島に向かう定期船の乗客を対象(週1回出港・約450人)に新型コロナウイルス感染の有無を調べるPCR検査を実施しています。離島での感染拡大を防ぐ水際対策の実証研究の一環であり、有効性が確認できれば、都内の別の離島での展開も検討すると報じられています。検査は、ソフトバンクグループが7月に設立した新型コロナウイルス感染の検査会社が請け負うとされています(「ソフトバンクGと東京都、離島の渡航者にPCR検査」2020年8月7日付日本経済新聞)。
 これらはいずれも社会的検査の先進的な取り組みであり、社会経済活動を継続していくために戦略的に行われているということができます。

4 “社会的検査”の実現に向けた3つの課題

(1) 課題①検査体制の強化

 社会的検査を実現するためには、第一に検査体制の強化が必要です。2020年7月17日には無症状者への唾液によるPCR検査・抗原検査(定量)が可能になるなど検査方法の拡大も進んでいます(「(参考)新型コロナウイルス感染症における検査体制の進展」厚生労働省)。
 厚生労働省の「PCR等の検査体制の戦略的強化について」では、基本的な考え方で、「濃厚接触者に加え、感染拡大を防止する必要がある場合には広く検査が受けられるようにするとの考え方」をとることを明らかにしています。この考え方を「社会的検査」と位置づけて、検査体制を強化することに知恵と資金を集め、早期に実現していくことができるかが大きな課題となります。
 その際には、日本医師会COVID-19有識者会議の「COVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言」で言及されている検査能力について、一日に実施可能なPCR検査数をアメリカ、イギリス、韓国のような水準まで大幅に引き上げることができるかが一つの指標になるものと思われます。

(2) 課題②検査を受けやすくする環境をつくること

 ニューヨーク州の取り組みでは、PCR検査数を増やすことができた要因として、行政が検査を推奨したこと、薬局・ドライブスルーなど多くの場所で検査を受けられるようにしたこと、検査の制限を無くしたこと費用負担を無くしたことなどが挙げられています。


 検査を受ける機会や費用負担の面から検査を受けやすくする環境をつくることも今後の課題です。保健所の業務量の限界もあり、従来の行政検査の延長だけではなく、立法も含めて検査を受けやすくするための新しい仕組みを考える必要があると思われます。


(3) 課題③自己責任・差別から分かち合い・寛容へ

 検査体制が強化され、検査が受けやすくなる環境がつくれたとしても、感染が判明した場合に差別されたり、感染者や濃厚接触者の自宅待機などがすべて自己責任になるのであれば、検査を受けようとする人は増えません。感染が判明することをおそれるからです。社会的検査の実現に向けては、感染が判明した場合に負担を分かち合うこと、差別ではなく寛容であることが求められます。


 ハンセン病患者や家族への差別の歴史からもわかるように、感染症に関する差別は根深いものがあります。一朝一夕に変わらないとしても、新型コロナウイルスと共存する社会では、自己責任・差別ではなく、分かち合い・寛容を大切にする価値観へと私たち一人ひとりが自覚的に変わっていく必要があります。

                              以上

<本稿は2020年8月19日時点の情報に基づく記事です>

                     文責 弁護士 大城聡