今日で裁判員制度開始から11年-なぜ裁判員の経験は共有されないのか?

こんにちは。弁護士の大城聡です。
5月21日で裁判員制度開始から丸11年になります。
この間に、裁判員候補者は313万人を超え、そのうち9万7千人以上が裁判員又は補充裁判員として実際に刑事裁判に参加しています。一般社団法人裁判員ネットの「裁判員制度調査報告 第21次」をもとに、最新の状況と市民の視点から見えてきた課題について考えます。


1 市民参加の課題

(1)辞退率の上昇

裁判所の取りまとめによると、制度施行から2020年1月末までの間、全国60の地方裁判所(10支部を含む)において72,486人が裁判員を経験し、24,619人が補充裁判員を経験しています。

選任手続についてみると、選定された裁判員候補者のうち、辞退が認められた裁判員候補者の割合(辞退率)は、制度開始時(2009年)の53.1%から上昇しており、2018年は67.1%、2019年は66.7%、2019年(1月末まで)は67.5%となっています。


(2)出席率の低下

また、質問票等で事前には辞退が認められず、選任手続期日に出席を求められた裁判員候補者の出席率は、制度開始時(2009年)の83.9%から低下しており、2018年は67.1%、2019年は68.6%、2020年(1月末まで)は64.8%となっています。

呼び出しを受けた裁判員候補者は、選任手続期日に出頭しなければならず(裁判員法29条1項)、正当な理由なく出頭しない場合、10万円以下の過料に処される可能性があります(裁判員法112条1号)。しかし、現時点で、出頭しない裁判員候補者が過料に処せられたという発表、報道はありません。

年々辞退率が上昇し、出席率が低下している現状は、司法への市民参加が目的である裁判員制度の根本に関わる課題です。

新型コロナウイルスに感染することを心配して、辞退率がより上昇するおそれもあります。裁判員裁判の再開に関するガイドラインをつくることや積極的な情報公開で、安全かつ安心して参加できる環境つくりが求められます。その対策と同時に、より根本的な問題として、次の10年に向けて市民参加の土壌をつくっていくことが必要です。



2 展望-裁判員経験の共有が参加の土壌を育む

(1)裁判員経験の共有を阻む「2つの壁」

裁判員を経験した人の95%以上が「よい経験」と答えています。しかし、この「よい経験」が次の裁判員になる人たちに十分に伝わっていません。そのことが、市民の参加意欲が低下し、裁判員候補者の辞退率が上昇し、出席率が低下している大きな要因の一つだと考えています。

なぜ経験が伝わらないのか。

そこには裁判員経験の共有を阻む「2つの壁」があります。

1つ目の「壁」は、自分が裁判員候補者であることを公にしてはいけないという公表禁止規定(裁判員法101条)です。2つ目の「壁」は、裁判員経験者に課される守秘義務です(裁判員法9条)。

経験の共有を受けるべき立場にある裁判員候補者は自分が裁判員候補者であることを公表できず、経験を伝えるべき立場にある裁判員経験者には守秘義務があり、自由に話すことができないのです。この「2つの壁」があるために、裁判員の貴重な経験が十分に伝えられていないのです。

市民が主体的に裁判員として参加できる土壌をつくるためには、いくつか改善点がありますが、その中でも裁判員の貴重な経験を共有することが特に重要だと考えます。


(2)裁判員候補者であることの公表禁止規定を見直すこと

裁判所から具体的な日時が指定された呼出状を受け取るまでは、裁判員候補者が実際に担当する事件は特定されません。また、裁判員候補者の数は、年間約20万人から30万人です。そのため、呼出状を受け取る前であれば、裁判員候補者になったことが分かっただけで、事件関係者から不当な働きかけをされる危険性は極めて低いと言えます。裁判員候補者を守るためには、呼出状の発送を受けたことを公にしてはいけないとすれば十分です。

公表禁止規定の弊害をなくし、かつ裁判員候補者の安全を守るために、裁判所から具体的な日時が指定された呼出状を受け取ったことを公表禁止に変更するように、公表禁止規定を見直すべきです。

(3)守秘義務を緩和すること

現在、裁判員の役割の中心である評議全般について守秘義務があり、その経験を伝えることはできません。感想は述べられますが、守秘義務違反をおそれ、萎縮して話さない裁判員経験者が多くいます。守秘義務は、裁判員の自由な討論を保障し、事件関係者のプライバシーを守るための規定です。守秘義務を全てなくすのではなく、発言者が特定される内容とプライバシーに関する事項に守秘義務の範囲を限定するなど、経験を伝えられるように守秘義務を緩和することが必要です。

毎年、裁判員経験者が増えていくため、経験を伝えることを阻む「壁」がなくなれば、だんだんと市民の中に裁判員の経験が蓄積されていくことになります。そうすると次に裁判員になる人も安心して、主体的に参加できる環境が整ってきます。中長期的な視点から裁判員の経験が社会で共有できる環境を今からつくっていかなければならないと考えます。

(4)市民の視点から裁判員制度の見直しを

現在、法務省に設置された「裁判員制度の施行状況等に関する検討会」は、制度見直しについて検証しています。昨年10月に行われた第8回会合ではヒアリングが行われ、私も裁判員経験の共有の重要性についてお話しする機会をいただきました。検討会ではヒアリングが終わり、各テーマの検討に入っています。「守秘義務の在り方」「裁判員等の参加促進及び負担軽減のための措置」検討事項として明記されています。

<参考>
裁判員制度の施行状況等に関する検討会(第8回会合)
資料:市民からみた司法参加の意義と課題(弁護士大城聡)


2015年の裁判員法改正の時には取りまとめ報告書 が作成されました。今回の検討会においても同様に報告書が作成されるものと考えられます。その後、裁判員法の改正を伴う見直しが行われる場合には、政府が改正案を国会に提出し、衆参両院の法務委員会で審議されることになります。

裁判員制度は市民参加の制度ですから、市民の視点からの見直しの議論が行われるように引き続き注目していきたいと思います。

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『あなたが変える裁判員制度 市民からみた司法参加の現在 (裁判員ネットライブラリー)』(同時代社) 

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『裁判員制度の10年ー市民参加の意義と展望』(日本評論社)


                               以上

(本稿は2020年5月21日時点の情報に基づく記事です。)

                       文責 弁護士 大城聡