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『電話番号が開示されるとどうなるの?』 ~匿名の投稿者を特定する発信者情報開示請求に関する議論の現状と問題点~

こんにちは。弁護士の斎藤悠貴です。
いま総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」では、匿名で誹謗中傷した人を特定する発信者情報開示請求について議論されています。

4月30日に第1回、6月4日に第2回の研究会が開催され、第1回に関しては既に議事概要も公開されています。

第2回の研究会は私もウェブ傍聴をしましたが、メディア各社の報道内容を見ると、必ずしも正確に議論の内容が報じられていないところもありました。
そこで、いくつかの議題のうち『発信者情報開示請求の対象に電話番号を加えるかどうか』について、議論の現状と問題点を少し整理してみたいと思います。

1 現在は何が開示の対象とされているの?

現在、発信者情報開示請求について定めたプロバイダ責任制限法第4条第1項では、「当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。)」が開示の対象とされています。

総務省令で定めるもの」というのは以下のものです。

①氏名又は名称
②住所
③メールアドレス
④アイ・ピー・アドレス及びポート番号
⑤利用者識別符号
⑥SIMカード識別番号
⑦侵害情報が送信された年月日及び時刻

ここには電話番号は明記されていません。
電話番号の開示が認められた裁判例(東京地裁令和元年12月11日判決)はありますが、これは「電話番号」を「SMS用電子メールアドレス」と考えて、電話番号が「③メールアドレス」だと解釈されたことによります。
しかし、この裁判はいま控訴審で争われていますので、電話番号が開示の対象として明記されることには大きな意味があります。

2 電話番号が開示されると何が変わるの?

(1)現在の発信者情報開示請求
まず、これまでの発信者情報開示請求では、①投稿があったサイトなどにIPアドレスとタイムスタンプの開示を求め、②IPアドレスから判明したプロバイダに対して住所と名前の開示を求めるという最低2回の裁判が必要と考えられてきました。

1.発信者情報開示の手続

※最低2回と書いたのは、ログの消去禁止の仮処分や、2段階目の手続で複数回裁判が必要になる場合もあるからです。

プロバイダがIPアドレス・タイムスタンプと住所・名前を結びつける情報を保存している期間が3か月程度であることも問題として指摘されていました。

(2)電話番号の発信者情報開示請求
SNS事業者の中には、ショートメッセージサービス(SMS)を用いた本人認証のために利用者の電話番号を保有している事業者もいます。
裁判で電話番号が開示されれば、弁護士法23条の2に基づく弁護士会照会という手続により、電話会社に住所氏名の照会をすることができます。
これまで投稿者の特定のために最低2回の裁判が必要とされていたものが、1回の裁判で済む可能性が出てくることになります。

2.電話番号が対象になると

裁判の回数が減れば、一般的に、その分弁護士費用も低額になり、かかる時間も短くなるでしょう。

その他にも、
IPアドレスからは特定に至らなかったケースで特定に至ることがある。
・主に海外のSNS事業者との関係で問題になっていたログインIPアドレスの問題を回避できる(ログインIPアドレスの問題は長くなるので割愛します)。
などのメリットがあります。

電話番号が開示の対象として明記されることは、誹謗中傷を受ける被害者救済のための大きな前進といえます。

3 電話番号が開示の対象として明記されると被害者の負担は軽減するの?

今回の改正の目玉は電話番号が開示の対象として明記されることです。
ただ、これによって本当に誹謗中傷の被害者の負担は軽減するのでしょうか。

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もし「電話番号」が開示の対象として明記されるだけであれば、「改正によって裁判が2回から1回に減ったので以前より負担が軽くなりましたよ」、とアドバイスをすることには躊躇してしまいます。

注意が必要なのは、①研究会でも電話番号の開示は「仮処分」ではなく「通常訴訟」の手続で行われるとされていることと、②本人認証には電話番号(SMSアドレス)のほかにメールアドレスが使われる可能性があることです。

研究会の清水弁護士の資料によれば、「仮処分」の場合は裁判期日が入るまで3週間ですが、「通常訴訟」の場合は訴状等の送達に半年かそれ以上の時間がかかってしまいます(資料1-3(清水弁護士資料)発信者情報開示に関する課題について)。

電話番号の開示訴訟だけを行うと、本人認証に電話番号を用いているかどうかが分かるのは、訴状等が送達されてSNS事業者からの回答があってからです。
ところが、訴訟提起から半年かそれ以上の時間が経ってから本人認証に電話番号を用いていないと分かっても、そこから方針転換してIPアドレスの開示の仮処分をしようとすると保存期間の関係から間に合わなくなってしまいます。

4.リスク

そうすると、相談を受けた弁護士としては、「電話番号の開示請求の裁判をすれば、そのあと弁護士会照会という手続だけで投稿者を特定することができるかもしれないけど、電話番号がなかったときのためにIPアドレスとタイムスタンプの開示の仮処分も合わせてしておいた方が無難です。」、とアドバイスすることがより適切なのではないかと考えます。

これでは、被害者の負担が軽くなるどころか、裁判がこれまでより増えてしまうケースも出てきてしまいます。

4 SNS事業者が電話番号を持っているかどうか確認する仕組みが必要では?

この問題を解決するためには、SNS事業者が本人認証に用いた電話番号を持っているかどうかを迅速に確認できる仕組み不可欠なのではないでしょうか。

5.電話番号を聞く仕組み

研究会の議論の様子からすれば、発信者情報開示請求の対象として電話番号が明記されることは固まってきたようです。
今後の研究会では、電話番号を開示対象にすることとの関連では、それに加えていかに被害者の負担を軽くする仕組みを議論・検討できるかが重要なポイントになります。

この点を注視しながら、今後の研究会もチェックしていきたいと思います。

(本稿は2020年6月7日現在の情報に基づく記事です)

            文責:弁護士 斎藤悠貴(東京弁護士会所属)