名曲名盤紹介~吹奏楽の散歩道〜 #3 「 ブラスバンドの曲と吹奏楽の曲② いにしえの時から〜J.ヴァン=デル=ロースト作品〜」
前回から続く「ブラスバンドの曲と吹奏楽の曲」。
第2回目は次回の演奏会で挑戦する「いにしえの時から」を作曲したJ.ヴァン=デル=ローストの作品を
ご紹介していく。
ベルギー生まれの作曲家 J.ヴァン=デル=ロースト。
プスタ〜4つのジプシー舞曲 (PUSZTA -Four Gipsydances-) 1987年
交響詩「スパルタクス」 (Spartacus -Symphonic Tone Poem-) 1988年
フラッシング・ウィンズ (Flashing Winds) 1988年
祝典序曲「オリンピカ」 (Olympica) 1992年
交響詩「モンタニャールの詩」 (Poème Montagnard) 1996年
と、比較的吹奏楽曲も有名ではあるが、
コンテストマーチ「マーキュリー」 (Mercury) 1990年
カンタベリー・コラール (Canterbury Chorale) 1991年
コンサートマーチ「アルセナール」 (Arsenal) 1995年
いにしえの時から(From Ancient Times) 2010年
これら、よく演奏される曲たちも実はブラスバンドが原曲となっている。
コンテストマーチ「マーキュリー」 (Mercury)は作曲者自身が指揮者を務めるベルギーのブラスバンド、ブラス・バンド・ミデン・ブラバント(Brass Band Midden-Brabant)の創立15周年を記念して作曲された作品。
そのため元々はブラスバンド曲であったが、出版にあたって吹奏楽版とファンファーレバンド版も作られた。
イギリス風の格調高い荘厳な雰囲気の行進曲で、後述のアルセナールも同じような曲調で書かれている。
カンタベリー・コラール (Canterbury Chorale)といえば、1994年の全日本吹奏楽コンクールでの関東第一高校の名演が出てくるのがファンの間では常識(笑)だが、元々はベルギーのブラスバンド、「ブラス・バンド・ミデン・ブラバント(Brass Band Midden-Brabant)」の委嘱によって作曲された作品。
吹奏楽版は1993年に出版社からの要望に応じる形でファンファーレバンド版と共にリメイクされた。
作曲者がイングランド南東部ケント州にあるイングランド国教会の総本山カンタベリー大聖堂を訪れた際に得たインスピレーションを基に、コラールというタイトルの通り、終始ゆっくりとしたTempoで幅広い音楽が繰り広げられる。
演奏時間は6分程だが、その中に祈り、力強さ、雄大さが凝縮された素晴らしい作品で、今日の日本の吹奏楽界では主要なレパートリーの一つとなっている。
コンサートマーチ「アルセナール」 (Arsenal) はこれまでの曲とはちょっと毛色が違い、吹奏楽版をきっかけにブラスバンド版が作曲されたケース。
この曲はベルギーの鉄道工場吹奏楽団 (Harmonie van het Spoorwegarsenaal) の委嘱で、創立50周年を記念して1995年に作曲された作品。出版に際してブラスバンド版も作られたそうだ。
これは近年日本の吹奏楽界ではスクールバンドで大人気の曲で、最近作られた曲なのかと思いきや、以外にも1990年代の作品なのである。
そして今回メインでご紹介したいのはこちら。
いにしえの時から(From Ancient Times)
今や氏を代表する作品とも言うべき名曲であるが、これも元々はブラスバンドの作品で、2009年のヨーロッパ選手権のTest Pieces として作曲されたものである。
その後、日本のプロ吹奏楽団「TADウィンドシンフォニー」の委嘱により吹奏楽版にリメイクされ、同団によって2010年6月に吹奏楽版が世界初演された。
ここでちょっと前回も登場した、「ヨーロッパ選手権(European Brass Band Championship)」について軽く触れておこう。
このコンテストは1978年から開催されている歴史としてそう古くないが、ヨーロッパ各国の代表10団体が集結し、事実上の世界一を決める、ブラスバンド界では世界最高峰のコンテストだ。
このコンテストも日本の吹奏楽コンクールと同様に”Test Pieces”と呼ばれる課題曲、”Own Choice”と呼ばれる自由曲の2曲が2日間に渡って演奏される。
ただ、日本と違うところは、1日目に”Test Pieces”が、2日目に”Test Pieces”が演奏される。
しかも出演順はそれぞれ抽選で決められ、審査員からはどのバンドが演奏しているかわからない、いわゆる「ブラインド審査方式」を採用している。
課題曲として作曲された本作品だが、課題曲…というとあまり難易度は高くないイメージを持たれる方も多いかもしれないが、そこは世界最高峰のブラスバンドコンテスト。
ヨーロッパ選手権で演奏される曲はTest Pieces であろうがOwn Choiceであろうがそんなことお構いなしの超絶技巧が容赦なく要求される。
当然この「いにしえの時から」も例外ではなく、作曲者のJ.ヴァン=デル=ローストがTADの演奏会に向けて吹奏楽版をスコアリングしている最中、その作曲者自身が「このままではあまりにも難しい曲になってしまう。。」と言ってアレンジが中断されるほどだった。
しかしそれに葉っぱをかけたのが吹奏楽版を世界初演する「TADウィンドシンフォニー」の指揮者”TAD鈴木”。「手加減しなくて結構です!」と言ってJ.ヴァン=デル=ローストを勇気づけたという逸話がある。
この曲は、「ポリフォニー」と呼ばれる2つ以上の旋律を同時に重ねる技法によって、複数のテーマが同時進行する場面が多いのが特徴であるが、15世紀後半から16世紀にかけて、フランドルを中心に活躍したルネサンス音楽を代表するベルギーの作曲家たち『フランドル楽派』の黄金時代を讃えた部分、そして曲後半の大きなテーマとなる、サクソルン属やサクソフォーンを開発したアドルフ・サックスに敬意を表した部分、2つの”いにしえ”を表現した作品。
そのポリフォニーによって繰り広げられる超絶技巧の中にも各部に明確なテーマが存在し、形を変えた再現部も存在する。
その中でも最も美しい場面は、後半、各楽器によるカデンツァの対話のあとに現れるユーフォニアムのSoloに始まるテーマ。この部分は「アドルフ・サックスに捧ぐ」と楽譜にも示されているところで、超絶技巧の応酬で激しさと緊張感のある前半部とは打って変わって非常に優しく、温かい雰囲気が感じられるメロディーはこの曲の一番の聴きどころと言っても過言ではないだろう。
私がこの曲を初めて聴いたのは、実はブラスバンド版。
時は2011年。ブラスバンドの魅力にハマった私は、European Brass Band Championshipをこの目で見てみたいとこの年、スイスはモントルーで開催された大会を見にいったときのことだ。
このとき3連覇中のイギリスはウェールズを代表する名門バンド「Cory Band」がOwn Choiceにこの曲を選んでおり、世界最高レベルのLIVE演奏でこの曲に出会ったのである。
それまで難解な現代的な曲が並ぶ中、大トリであったCoryの「From Ancient Time」。前半部の迫力と緊張感、そして後半に差し掛かり、コルネットとテナーホーンによるカデンツァの対話の美しさ、そして「アドルフ・サックスに捧ぐ」テーマが響き渡ったときの美しさ。あのテーマが奏でられた瞬間の、ホールいっぱいに包まれたあの温かい空気は本当に忘れられない。そして終わったあとの会場総立ちのスダンディングオベーション。LIVEの演奏を聴いて涙が出るほど感動した、数少ない音楽体験の一つになった。
(ちなみにこの年のCory BandはOwn Choiceでは文句なしの1位となっているが、残念ながらTest Piecesで点数が稼げず、総合順位は4位となり4連覇が阻まれてしまった。)
これはいつか吹奏楽版になるんじゃないか。。是非聴いてみたいと思っていたら、なんと「TADウィンドシンフォニー」によって世界初演されすでに吹奏楽版が出版されていることを知り、そのLIVE音源を即購入。
またそのTADのLIVE演奏も素晴らしい。ブラスバンド版とはまた違う、木管楽器のしなやかさや暖かさ、さすが吹奏楽とブラスバンド両方に精通するJ.ヴァン=デル=ローストらしいサウンド、音楽の世界観は、ただのリメイクではない一つの吹奏楽作品として聴くことができる聴き応え抜群の演奏になっていた。
そしてこの夏、東京ブラスオルケスターはこの超難曲に挑むことになった。
この曲に出会った、あの感動から10年。。。
この東京ブラスオルケスターのメンバーでこの曲を演奏することができるとは夢にも思っていなかった。
作曲者があまりの難しさに手を止めてしまったとまで言われるこの超難曲を我らブラオケはどのように料理するのか。。。
2021年7月24日。東京ブラスオルケスターの伝説の名演となるか。。乞うご期待・・・!
(文:@G)
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