ブラオケ的ジャズ名曲名盤紹介 ~これを聴け~ #5 Chick Corea
0.はじめに
今回はジャズ界のレジェンドの一人と言っても過言ではない、Chick Coreaを特集する。
Chick Coreaは1941年アメリカに生まれた。1960年代後半からMiles Davisのバンドに参加し、アコースティックピアノやエレクトリックピアノを弾くようになる。
1972年にStanley Clarke (bass)や Airto Moreira (Drums)などと自身のバンド「Return to Forever」を立ち上げ、見事大成功を収める。
解散後もエレクトリック、ストレート・アヘッド、そしてもちろんアコースティックと多種多様な演奏活動を続けた。
日本人アーティストとのコラボレーションも活発に行っており、同じピアニストの小曽根真や上原ひろみとの親交も深かった。
ちょうど3人で世界ツアーを計画していた2021年2月9日に惜しくもこの世を去った。
世界中の音楽愛好家が彼との別れを悲しむ中、我々としても何かトリビュート出来ないかと楽団長や選曲チームのメンバーと話し合い、7/24に行われた第15回定期演奏会のアンコールで『Spain』を演奏することになった。
アンコールなのでプログラムやフライヤーに載った訳ではないが、Chick Coreaへの最大限の感謝を込めて、ここに記させていただく。
さて、あまり湿っぽい話をしても彼の魅力は伝わらないので、次の章からは彼の名盤と共に、彼の音楽の多彩さ、美しさをシェアしていこうと思う。
もし、彼の曲で『Spain』しか知らない貴方がいれば、非常にもったいない。
実に色々な世界観が色々なアルバムに散りばめられている。今回はその一部を紹介出来たらと思う。
書き終わってから振り返ってみると、非常にボリューミーに6枚も紹介してしまった。
全部丁寧に読んでいただければ非常にありがたい限りだが、本文を読まず、是非プレイリストの再生ボタンだけでも押していただければ幸いである。
1.名盤①『Return To Forever』
1枚目に紹介するのは、『Return to Forever』である。
Chickの音楽の持つ世界観の広さを感じることの出来る1枚。私個人としても、「Chick Coreaを聴きたいんだけど、おすすめある?」と聞かれたら、次の『Light As a Feather』とともに必ず紹介する。それくらい、必聴なアルバムだと感じている。
出てくる楽器もエレクトリック・ピアノ、ドラム、ベースだけではなく、ボーカル、フルート、ソプラノサックス、ラテンパーカッションなど盛り沢山である。
1曲目は不安になるような出だしとボーカルからスタートするが、ベースはとても力強く、ドラムスはサンバ調のリズムという、なんとも緊張感の高い曲である。冒頭~中間部~エンディングとプレイスタイルが変わり、表情が変わっていくのも魅力的である。
2曲目『Crystal Silence』はバラードナンバー。 Chickのエレクトリック・ピアノとJoe Farrellのソプラノサックスの掛け合いが実に美しい。
この曲を聴くと心にじーんと染み渡るような感覚になる。世界観で勝負し、多くを語らない、実に大人な一曲である。
3曲目『What Game Shall We Play Today』はフルートとボーカルをフィーチャーしたナンバー。実に軽快で明るい1曲。爽やかさで言ったら屈指の曲だと思う。
4曲目『Sometime Ago ~ La Fiesta』は2曲が通して演奏される。この曲はReturn To Foreverの「本気」を感じ取れる1曲だと思う。
Chickのピアノイントロからスタート。聴いている人をこの完全に掴んで離さないフレージング。Stanley Clarkeのベースソロも圧巻である。ウッドベースでここまで細かいフレージングを繊細に演奏できるのかと仰天する。フルートのダークでフリーなソロもかっこいい。
バンドメンバーのソロが明けるとFlora Purimのボーカルでメロディーが始まる。ソロも含めて、ラテンフィールを存分に感じ取れる瞬間である。
14:10~頃からいよいよ2曲目『La Fiesta』に向けてのChickのソロが始まる。
ここで完全に落ち着いているのもカッコ良いポイントである。
ChickとStanley Clarkeがベースを刻み始めるといよいよメロディーがスタート。カスタネットもかっこいい。
曲構成もA-B-Aの形式で分かりやすいながらも、確実に盛り上がれる非常に素晴らしい曲である。
ソロパートが圧巻である。
ソプラノサックスとベースの掛け合いは木管プレイヤーとして気絶クラスである。
ベースはいきなり4ビートを繰り出してくる。もうどうしようかと思うくらいかっこいい。どうしてこんなプレーが出来るのか。怒涛である。
Chickのピアノソロももちろん素晴らしい。ベースやドラムスが様々なプレイで盛り上がっていても、自分自身は決して音数や熱量で押し切るのではなく、冷静にプレイしているのがChickの魅力である。
個人的には2,4曲目がおすすめである。
2.名盤②『Light As a Feather』
2枚目は1973年に1枚目と同じくReturn To Foreverのメンバーで発売したこのアルバム。
このアルバムは、ジャケット写真の羽のモチーフに近く、サンバからアフロキューバンまで、軽やかな曲が多い印象。
ただ、軽やかといってもテクニックに関しては一級品で、聴いている人を飽きさせない技がてんこ盛りである。
このアルバムを紹介した以上、やはり『Spain』を語らない訳にはいかないだろう。
吹奏楽やクラシックの世界でもアレンジされ、Al Jarreauのカヴァーもあることから、おそらく最も有名なジャズの曲の1つになっていることだろう。
Al Jarreauの演奏の一つに個人的に大好きなものがある。今まで聴いてきた全てのジャズの中で個人的ベストテイクランキングを作るなら、間違いなくランクインするほど好きな演奏である。非常にかっこいい。解説する機会はまたいずれにする(一言だけ言わせていただくなら、Steve GaddのDrums!!)として、Chickの演奏とあわせて、是非聴いてみてほしい。
さて、話を曲の紹介に移そう。
イントロはH.ロドリーゴの『アランフェス協奏曲』の第2楽章。ベースと優雅に弾いている。
イントロ明けからは一気にアップテンポに。ここのギャップも素晴らしい。
Airto MoreiraのDrumsがこれまた心地よい。
12小節のテーマなのにブルースじゃないところもカッコいい。ここはやはり色々な音楽を知っているChickならではのセンスだろう。
この曲で毎回ふと気になることがある。それはビートは明らかにアフロ・キューバン、およびサンバ調なのに、曲名が『Spain』であることだ。『Cuba』ではない。筆者はロドリーゴの『アランフェス協奏曲』にインスパイアを受けて出来上がったから、『Spain』になったと思っている。が、真実は分からない。
この曲をやりたい!と思った貴方向けに、Chick本人が撮影したチュートリアルビデオがある。筆者もソロを演奏する際に非常に参考にさせていただいたのでここに載せておく。
3.名盤③『Crystal Silence』
このアルバムはChick Coreaとヴィブラフォン奏者Gary Burtonのデュオによるアルバム。
このアルバムでは終始息のピッタリさに驚かされる。
リズムセクションのいないデュオなので、お互いの息が合わないとどうしても出過ぎたり引っ込みすぎたりしてしまう。
ただ、このアルバムでは一切そんなことはない。お互いのアドリブやグルーヴを最大限尊重した演奏で、極めて自然に、そして優雅に演奏しきっている。
別のコンサートで別の曲になるが、デュオでの演奏動画を載せておく。
おそらくアンコールなので、Chickが(ふざけて)ヴィブラフォンを弾いている場面があるが、これがまた上手い。正直びっくりする。
4.名盤④『The Chick Corea Elektric Band』
4枚目は1985年にJohn Patitucci(Bass),Dave Weckl(Drums)らと結成した「The Chick Corea Elektric Band」からの1枚。エレクトリックに特化したナンバーばかりで、Chickもエレクトリックピアノに加えて、シンセサイザーを多用する。
残念ながら、このアルバムはサブスクリプションサービスでの配信が無かったので、動画で代表曲の一つ『Got a Match?』を紹介する。
1本目の動画は1986年、2本目の動画は2004年のライブ映像。
2本目の動画にはGt.にFrank Gambale、Sax.にEric Marienthalが加わっている。ベースとシンセサイザーの素早い怒涛のメロディーにピッタリくっついて演奏できるのがテクニックの素晴らしさを物語っている。
この曲に関しては2019年、Tokyo Jazz Festivalのために来日した際のリハーサル動画がChickの公式YouTubeチャンネルにアップロードされていた。
もう一度繰り返すが、これは「リハーサル」である。リハーサルからこんな熱いプレイを楽しそうにできるのはプロならではだと思う。
5.名盤⑤『Children’s Songs』
ここまでジャズナンバーばかり紹介してきたが、Chickはクラシカルな音楽にも造詣が深い。ここではChickが作曲した『Children's Songs』を紹介する。
タイトル通り、子供の遊び心をイメージして作曲されたもの。シンプルなフレーズがリフレインされるシンプルな曲なのだが、どこか深みを感じる。和声も古典的なものではなく、現代的で「おっ」と思わせる瞬間もある。このコードパターンを使って即興演奏をする演奏もしばしば見受けられるほど拡張性が高い。彼の作曲家としての高いセンスを感じさせる曲集になっているので、今回紹介させていただいた。
個人的にはNo.4が一番好みである。
6.名盤⑥『Chick Corea Plays』
最後に紹介するのは、Chickがモーツァルト、スカルラッティ、ショパンのクラシックから、スティービー・ワンダーやビル・エヴァンスなどの曲を含めた様々な曲を演奏をしたライブ盤。
ライブ盤なだけあって、Chickのトーク部分も収録されている。これが結構深い内容を話しているので、Chickの世界観に興味があれば是非トークトラックも聴いていただきたい。
Chickの音楽性の集大成として、お客さんと共に音楽を楽しんでいるのが伝わってくる。
あえて、この曲のここが良いというポイントは書かない。貴方自身の感性でこのアルバムの魅力を感じ取って欲しい。
7.おわりに
かなりの長さになってしまったが、Chick Corea特集、いかがであっただろうか。
すこしでも彼の音楽の世界に触れるきっかけになれば幸いである。
最後に、吹奏楽団のNoteとしてのエピソードを一つ。
彼はジャズ界だけではなく、クラシックの世界のプレイヤーとも親交が深かった。
その内の一人が、東京佼成ウインドオーケストラ、トルヴェール・クヮルテットでお馴染み、須川展也さんである。
Chickは須川さんの為に、『Florida to Tokyo』というサクソフォンとピアノのためのソナタを作曲している。
この曲もChickの遊び心が垣間見えて非常に魅力的である。須川さんの音色、小柳さんとのアンサンブル力も相まって非常に濃密な演奏になっている。
実はこの曲を須川さんの生演奏で聴いたことがある。最初に聴いた時は「この曲譜面になっているの!?」と驚いてしまうくらい、アドリブ感のあるフレーズが並んでいる印象を受けた。
クラシカルサクソフォン界のレジェンドとジャズ界のレジェンドの譜面を通してのセッションを是非楽しんでいただきたい。
さあ、本当に終点である。ChickのSpiritは、演奏を通して今この時演奏しているプレイヤーの中に居続けることだろう。改めて、音楽の楽しさを伝えてくれたChick Coreaに心からの感謝の意を表したい。
締めくくりは、ChickのFacebookに挙げられたラストメッセージにしたい。
(文:もっちー)