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ブラオケ的ジャズ名曲名盤紹介 ~これを聴け~ #6 Tigran Hamasyan
0. はじめに
この記事をご覧の貴方、「雷に打たれたような出会い」の経験はあるだろうか。人、場所、絵、アーティスト、音楽、ファッション・・・何でも構わない。あの時のワクワク感、ときめく気持ちはいくつになっても素晴らしい。いつまでもときめくものに出会い続けたいものである。
今回はそんな私が「雷に打たれたような出会い」をしたアーティスト、ティグラン・ハマシアンをご紹介する。このアーティストの曲に出会ったのは、ある日の深夜に聴いていたラジオ番組であった。寝床についてラジオを聴いていると彼の曲が流れてきた。うたた寝気分になっていたが、彼の音楽で「雷に打たれて」眠気が一気に覚めた。慌ててラジオ局のHPの「Now Playing」欄で調べると、Tigran Hamasyanの名前。それからは彼の音楽を色々調べて聴くようになった。
ティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan/Տիգրան Համասյան)は、1987年生まれのアルメニア出身ジャズピアニスト。2003年に「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ピアノ・コンペティション」で優勝、2005年に17歳でデビューアルバム『World Passion』をリリース。2006年、若手ジャズ・アーティストの登竜門であるセロニアス・モンク・コンペティションで優勝した経歴をもつ。2019年にはオダギリジョー氏の監督・脚本作品『ある船頭の話』の音楽を担当している。
彼の作品を聴くと、まだ私の知らない「異国」の世界に連れていってくれるような気分になる。ただ「外国」というわけではない。もっと地理的にも心理的にも遠いような、本当に何も知らない場所のイメージである。
彼の深い精神世界を体現したかのような音楽を、聴いてみよう。
1.名盤①『An Ancient Observer』
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/86091491/picture_pc_1fdedbd4c1ffabc8fc54ff0389a0b00b.png?width=1200)
1枚目にご紹介するのは『An Ancient Observer』。構成はピアノソロでヴォイス、シンセサイザーも扱いこなしている。
1曲目の『Markos and Markos』のピアノイントロから、彼の魅力が充分に伝わってくる。前打音の引っ掛け具合、メロディーのアゴーギグを聴くと民族音楽的な要素を感じ取れる。ただ、細かいフレーズのソロを聴くと非常に繊細で高度なテクニックを堪能できる。
個人的なおすすめは2曲目の『The Cave of Rebirth』。何を隠そう、私がラジオで「雷に打たれたような」衝撃を受けたのは、この曲である。
非常に細かい音と高音のヴォーカルから始まり、何が始まるのかとワクワクさせる。ところが一気に雰囲気が変わり、低音うなるようなヴォーカルとメロディーのハーモニーが一気にこの曲の深い世界へと連れ込んでくれる。MVでも表現されているような音の「波」がそのまま心をさらっていく。
3曲目の『New Baroque 1』はタイトル通り、クラシカルなイメージがグッと引き立っている。4曲目『Nairian Odyssey』はアグレッシブなナンバー。ボイスパーカッションとシンクロしているのがすごい。
5曲目『New Baroque 2』は3曲目と雰囲気を変えて、ヴォーカルとシンセサイザーが融合で表現している。
6曲目『Etude No.1』はミニマルな音楽。リズミック・パターンと簡素なメロディーが新鮮さを生み出す。
7曲目『Egyptian Poet』と9曲目『Leninagone』は民族的、宗教音楽的な雰囲気を感じる曲。
8曲目『Fides Tua』と10曲目『Ancient Observer』はメロディがとても綺麗で、アルバムの中でもジャズ的な要素が強い2曲。
2.名盤②『luys i luso』
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/86093301/picture_pc_bf9f909e0bad9024f07f9c312abca97a.png)
2枚目にご紹介するのは2014年発売の『Luys i Luso』。なんと、ECMレーベルからの発売。
このアルバムは5世紀から20世紀にわたるアルメニアの賛美歌、聖歌などをベースに彼がアレンジした曲が収録されている。
収録に参加した合唱団はアルメニアの「Yerevan State Chamber Choir」というプロ合唱団だそう。
1曲目はピアノによる宗教的な調べからスタート。
2曲目以降は、合唱とピアノが織りなす非常に深く、霊験あらたかな世界が広がっていく。
合唱メインの曲、ピアノメインの曲、ピアノと合唱のアンサンブルで構成された曲と雰囲気が異なるのも面白い。
特に7,8曲目『Hayrapetakan Maghterg Part 1/Part 2』でその違いを如実に感じることが出来るだろう。
彼のピアノも非常にモーダルなフレーズが並ぶ。
私は残念ながら宗教音楽やアルメニアの音楽に詳しい訳ではないのでその全てを語れる訳ではないが、その素晴らしさは、言葉に起こさなくても感じ取っていただけるのではないだろうか。
決して気軽な気持ちで聞けるアルバムという訳ではないが、是非腰を据えて、目を閉じて、スピーカーやヘッドホンでじっくり向き合っていただきたいアルバムである。
3.名盤③『StandArt』
最後にご紹介するのは、2022年発売の『StandArt』。1枚目や2枚目のアルメニアンな音楽ではなく、「アメリカン・スタンダード」をメインコンセプトにしたアルバム。
コラボしたアーティストはMatt Brewer(Bass), Justin Brown(Drums), Mark Turner(Sax.), Joshua Redman(Sax.), Ambrose Akinmusire(Trp.)と、現代ジャズを牽引するメンバー。
8曲目『Invasion During an Operetta』以外はジャズのスタンダードナンバーばかりが並ぶ。ただ、さすがTigran Hamasyan、彼の世界観が全開なのである。コードやハーモニーの拡張性、フレージングの豊かさは彼の音楽性の結晶と言っても過言ではないだろう。
それでいて崩壊していないのは彼とメンバーの技量の高さであろう。
もしジャズ愛好家がジャズアーティストの側面として彼の音楽に触れたいのならば、このアルバムが導入としてベストなのかもしれない。
このアルバムは個人的には前2枚の神妙さというよりは、ドキドキワクワクするようなアルバムである。
4.おわりに
今回はアルメニアのピアニストTigran Hamasyanをご紹介した。いかがであっただろうか。
100%Jazzかと言われるとそうとは言い切れないが、逆に言えば、Jazzと宗教音楽というのはその即興性において、非常に親和性の高い音楽であるというのを彼が教えてくれている。
我々聴き手は、「Jazz」や「宗教音楽」,「クラシック」とどうしてもカテゴライズして聴いてしまうが、彼はその壁を絶えず新しい音楽と古き伝統の追求によって突破しようとしているのではないだろうか。
今後の新しい「雷に打たれたような」音楽に出会い、親しむためには、我々も音楽ジャンルの違いによる食わず嫌いならぬ「聴かず嫌い」はやめて、様々な音楽に触れていく必要がありそうだ。
(文:もっちー)