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ブラオケ的ジャズ名曲名盤紹介 ~これを聴け~ #7 Jacob Collier

0.はじめに

今回はロンドンに活動拠点を置く若手ジャズアーティスト、マルチプレイヤーのJacob Collierを紹介する。
彼の曲に初めて出会ったのは彼がYouTubeに投稿した動画である。
こんな曲が作れるアーティストが存在するのか、しかもこの若さで!?と仰天した思い出がある。
彼の天才的な才能について、いろいろな側面から見ていこう。

1. Jacob Collierについて

Jacob Collierは1994年にロンドンの音楽一家に生まれる。2011年から多重録音のアカペラと楽器演奏による動画を自宅のベッドルームからYouTubeで配信し何百万ヴューを獲得するなど世界中で話題となる。それがクインシー・ジョーンズの目に留まり2016年にデビューを果たし、2017年にはグラミー賞を2部門で獲得。一躍スターとなったジェイコブはその後ハービー・ハンコック、ハンス・ジマーなどとのコラボレーションを実現し、ファレルとも共演を果たした。これまでにグラミー賞を5度受賞、2021年には『DJESSE VOL.3』で最優秀アルバム賞 - Album of the Yearを受賞している。

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The New York Timesでは『The Colorful Mozart of Gen Z』と評された。

YouTubeの活動を中心に、Quincy Jones, Chick Corea, Pat Metheny, Incogniteなど世界中の錚々たるジャズプレイヤーから賞賛の声を集め、デビュー前にしてモントルー・ジャズフェスティバルに出演、成功を収めている。


様々な楽器を操るシンガー、作曲家、アレンジャー、プロデューサーとして活躍する天才マルチ・ミュージシャンである。

2. YouTubeに投稿された動画たち

マルチ・ミュージシャンとしての実力は、CDよりもYouTubeの方がよく分かるのかもしれない。

この動画はStevie Wonderの名曲『Don't You Worry 'Bout A Thing』を彼がアレンジし、一人で全パートを撮影・録音しアップロードした動画である。2013年にアップロードされたこの動画で、一躍有名になったと言っても良いだろう。
ご覧の通り、アカペラ、パーカッション、キーボード、ベースまで自在に演奏している。アカペラの多重録音の動画などは既に世界中で取り組まれているもので、別に特別なコンテンツでもない。注目すべきは精度と音楽的な取り組みの深さであろう。彼の豊富で極めて高度なオリジナリティのあるアレンジが世界中の注目を浴びるきっかけになったのであろう。

こちらはスタンダードナンバーとしても有名な『Moon River』のコーラスアレンジ。
レジェンドも数人参加している。
ハーモニー感が素晴らしい。正直彼のアレンジが高度すぎて、全てのハーモニー追いかけるのも難しいが、難しく考えずに「ハーモニー」というものを感じるのにピッタリのアレンジである。
これでもかと重なる声の世界、是非堪能してもらいたい。

もしご覧の方の中にハーモニーに関する高い関心がある方がいれば、彼の提唱する「ネガティブ・ハーモニー」も有名なトピックの一つであろう。

全編英語、かつ非常に難易度の高い話をしているので曲のみにフォーカスしたい方はスルーしていただいて構わない。
もし、ハーモニーに関する新しい知見を得たい方や、作編曲家や楽器演奏者で和音に詳しくあるべき人は一度は見ておいて損はないはずである。
スイスの音楽学者エルンスト・レヴィが提唱したとされるこの理論は、「五度圏」を線対称に分けて入れ替えることが出来、機能を超えたコードを使うことができるというものである。
筆者も決して詳しく語れる訳ではないので詳しくは専門家諸氏の解説に譲るが、彼はこんな高度な話を楽しそうに話し、駆使しているというのが凄い。ただ適当にやっている訳ではないのが強烈に伝わってくる。

3. 名盤紹介①『IN MY ROOM』

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11曲中のうち8曲はオリジナル曲、3曲はカヴァー曲になっている。アルバム全曲を通し、アレンジと演奏だけでなく、レコーディングのエンジニアリングからプロデュースまで彼自身が行っている。

アルバムの制作の中では、「ハーモナイザー」と呼ばれる、声をリアルタイムでサンプリングし、ライブでもハーモニーを作ることができるシンセサイザーを作成し、使用した。
自らのパフォーマンスの再現のためにマサチューセッツ工科大学とタッグを組み、1年半近くかけて取り組み完成させたものだそう。この探究心、向上心もすごいものである。

録音とミックスダウンはなんと自室で行われたそう。そんな時代が来てしまったのである。

4.名盤紹介②『DJEESE』シリーズ

2018年、コリアーは『ジェシー(Djesse)』というタイトルの4部作・50曲構成の音楽プロジェクトを発表した。『DJEESE Vol. 1』はこのシリーズの第1作目にあたり、4部作のうち”夜明け・黎明”(daybreak)を表している。本作の曲は、イーゴリ・ストラヴィンスキーやJ・ディラなど、さまざまな作曲家や様式を随所に取り入れている。また、全編を通してメトロポール・オーケストラともコラボしており、彼の世界観を演出するのに重要な役割を果たしている。

第2作目にあたる『DJEESE Vol.2』は4部作のうち”日々の異なる側面”(a different part of the day)を表している。上で紹介した『Moon River』も収録されている。

5.名盤紹介③『Never Gonna Be Alone (feat. Lizzy McAlpine, John Mayer)』

最後に紹介するのは2022年6月に公開された曲。こちらもジェイコブの自宅スタジオを中心に制作された。

ピアノやギター、コーラス・ワークはもちろん、フレンチ・ホーンやゴング、ウィンド・チャイムまで駆使して壮大な音世界を創り上げている。

コラボの相手として選んだのはアメリカのシンガーソングライター、Lizzy McAlpineとギタリストJohn Mayerである。

2021年のコラボによる「erase me」でも話題を呼んだリジー・マカルパインが、「もう独りになることはない」というメッセージを込めたメロディを歌い上げ、現代のギター・ヒーローであるジョン・メイヤーがエモーショナルなソロを披露。

2度の転調を経てクライマックスへ向かっていく様子は圧倒的で、ジェイコブの作曲・アレンジ能力がデビュー当時からより一層進化を遂げていることを実感できる。

「これは昨年のロックダウンの中で、僕の大切な友人のリジー・マカルパインと一緒に書いた曲なんだ。孤独や喪失、記憶といった感情の世界を、現実と想像の境界線を曖昧にしながら、柔らかなオーケストラサウンドのタペストリーを繋ぎ合わせて探求してみたかった。この曲を作ることで、世界は非常に美しく壊れやすい場所だという僕の思いを表現できたし、僕たちが過去や未来に対して感じている悲しみを、いろんな方法で昇華していくことができたんだ。」
という、彼自身のコメントを残している。

彼のコメントを見て改めて聴くと、よりビビットにイメージが伝わってくるかもしれない。

4.終わりに

彼の作品の素晴らしさもそうだが、才能から作品が生まれ、評価されて賞をもらうという一連の歳月、スピード感がぐっと短く、早くなったような気がする。YouTubeなどのSNSの普及が大きく寄与しているのは言うまでもないだろう。

新進気鋭の部分ばかりが目立つが、彼はローリングストーンズ紙のインタビューの中で、

僕は、自分の前の人たちがやってきたことの延長線上でやってきただけだから。僕のヒーローであるテイク6、シンガーズ・アンリミテッド、ハイ・ローズ(The Hi-Lo’s)、さらにはスティーリー・ダンやクイーンも、何層にも声を重ね合わせるということをやっていた。僕もこうするのが理にかなっていると思えたんだ。(頭の中では)いっぱいの声が同時に聞こえるのに、周りには一緒に歌ってくれる人がいない。だったら自分でやるしかない、と。別に新しい道を切り拓こうとか変革を起こそうではなく、頭の中にある音楽を外に出すにはそうするしかなかった。そうやっていく過程で偶然、これまで突き詰められていなかった方法にぶつかったのかもしれない。自分にとっては好きなミュージシャンを全部一つにしたってだけなんだよね。
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/37914/3/1/1
「歌のうまさの定義」とさっき言ってたけど、人間の声って本当にパワフルだからいろんなことができる。声はリードシンガーにもなれるけど、同時にドラムやピアノ、ギターのコードやテクスチャーにもなることができる。ミュージシャンは誰しも「自分のサウンドは何? どう見つければいい?」と追求するわけだけど、僕にとっては明白なことで「歌えばいいじゃん」って思う。声だけは誰のものでもなく、自分だけのものだからね。声質だけでなく、どう声を利用するか。その選択こそが「自分は何者か、世界のどこから来たのか、どんなストーリーとともに育ったのか」を表現することでもある。頭の中にあるたくさんの音楽の全てを声だけで探求し、表現しようとすることが、僕にとってはいい出発点だったんだ
同上

というコメントを残している。ここに彼の音楽性、人間性の高さが凝縮されている。

そんな彼は、2022年11月に来日公演を予定している。筆者も観に行く予定である。

上で紹介した『DJESSE』をツアータイトルにしているので、Vol.1〜Vol.3の中の曲を中心にピックアップするのかもしれない。
即興性の要素が高いジャズ、彼のライブパフォーマンスが楽しみである。

(文:もっちー)

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