ブラオケ的ゲーム音楽名曲名盤紹介〜玉響の記憶〜 #3『交響組曲「ドラゴンクエスト」』

 ゲーム音楽の代名詞とも言えるドラゴンクエスト、その数々の名曲に魅了されたゲーマーは少なくは無いだろう。すぎやまこういち氏により生み出された多くの名曲は、すぎやまこういち氏の指揮のもと、幾つかのオーケストラによって録音されており、どの録音を聴いても、非常に感慨深いものがある。今回は、この交響組曲「ドラゴンクエスト」についてご紹介したい。

 さて、すぎやまこういち氏の指揮により録音された交響組曲「ドラゴンクエスト」というのは、全部で3つのオーケストラによる演奏が存在するというのを御存知だろうか。最も古い録音としては、NHK交響楽団(N響)による演奏(ⅠとⅡはN響選抜メンバーで構成された東京弦楽合奏団)で、次にロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(LPO)、そして最後に東京都交響楽団(都響)だ。こんなにも複数の録音があると、どれを購入すれば良いのか悩まない訳がない。インターネット上で見つけられるレビューを読むと、大抵は〇〇の録音の方が良いだとか、そういったコメントが多く散見されるが、実際にそれぞれの録音を聴いてみると、そもそもの演奏に対するアプローチが異なっているため、単純に録音の良し悪しで語るべきものでも無いように思われる。つまり、それぞれのオーケストラをきちんと聴きながら比較し、それぞれのオーケストラのアプローチがどう異なるのかを理解した上で比較すれば、自ずと同じ曲であってもそれぞれのオーケストラの演奏に魅力を感じることができ、単純な良し悪しで比較すること自体が無意味だということに気付くであろう。
 …とは言いつつも、それぞれのオーケストラで録音している作品数は大きく異なっており、N響はドラクエⅤまで、LPOはドラクエⅦまで、都響はドラクエⅪまで録音しているため、3つのオーケストラを比較しながら聴きたいのであれば、ドラクエⅤまでとなる。一方で、ドラクエⅦ以降は都響のみが録音しているため、ドラクエⅦ以降を楽しみたいのであれば、自ずと都響一択となる。ここで、それぞれのオーケストラの演奏が録音されているCDの楽曲の違いを俯瞰してみたい。なお、曲順については都響のCDをベースとした。

ドラゴンクエストⅠ

上表の通り、どの音源も同じ構成となっている。

ドラゴンクエストⅡ:悪霊の神々

東京弦楽合奏団では「パストラール - カタストロフ」が録音されておらず、「聖なるほこら」は都響しか録音していない。

ドラゴンクエストⅢ:そして伝説へ…

N響のみ「まどろみの中で」「回想」「戦いのとき」「ゾーマの城」が録音されておらず、「ローリング・ダイス」は都響のみが録音している。

ドラゴンクエストⅣ:導かれし者たち

N響のみ「海図を広げて」が録音されておらず、「立ちはだかる難敵」「ピサロ - ピサロは征く」は都響のみが録音している。

ドラゴンクエストⅤ:天空の花嫁

N響のみ「愛の旋律」「哀愁物語」が録音されておらず、「淋しい村 - はめつの予感 - さびれた村」は都響のみが録音している。

ドラゴンクエストⅥ:幻の大地

LPOと都響が録音しており、曲目は同じである。

ドラゴンクエストⅦ:エデンの戦士たち

LPOと都響が録音しており、「トウーラの舞 - 復活のいのり」は都響のみが録音している。

ドラゴンクエストⅧ:空と海と大地と呪われし姫君

都響のみが録音している。他のCDと比較して、曲目が多めである。

ドラゴンクエストⅨ:星空の守り人

都響のみが録音している。

ドラゴンクエストⅩ:目覚めし五つの種族

都響のみが録音している。

ドラゴンクエストⅪ:過ぎ去りし時を求めて

都響のみが録音している。

 このように、それぞれのオーケストラで録音している曲目が異なっているため、仮にN響のドラクエⅢを既に持っていたとしても、他のオーケストラのCDを購入する価値は、追加された曲目を聴くという観点でも大いに意味があるだろう。また、都響のドラクエⅠのCDでは、ボーナストラックとして、ドラクエⅠからⅧまでの効果音などがME(Music Effect)集として収録されているため、こちらも聴きどころのひとつだ。そして、前述の通り、それぞれのオーケストラでのアプローチの仕方が異なるため、それぞれを比較するのも面白い。ここで、3つのオーケストラを比較して聴いたときに、私が特に印象的に感じた楽曲群として4つほどピックアップして一言添えたい。

王宮シリーズ

 ドラクエの世界観は、王宮の音楽に良く表れていると言っても過言では無いだろう。例えば、ドラクエⅢの「王宮のロンド」、ドラクエⅣの「王宮のメヌエット」、ドラクエⅤの「王宮のトランペット」、ドラクエⅥの「王宮にて」など、王宮の〇〇シリーズは、実際にゲームをやったことがある人であれば、「あぁ~これこれ!懐かしい!」となるに違いない。ただ、それぞれのオーケストラの演奏を聴くと、全てすぎやまこういち氏が指揮をしているにも関わらず、明らかなサウンドの違いが聴きとれる点も面白い。総じて言えることは、LPOの演奏は、さすが王国に籍を置くオーケストラだけあって、「王宮とはこうだ!」と言わんばかりの演奏となっている。単純な華やかさだけでなく、そこに威厳を織り込んだようなサウンドとなっており、これはN響や都響とは明らかに異なる点である。他のオーケストラに比べて、弦楽器がコントラバスから明確にピラミッド型で音が作られており、且つ、コントラバスが長めの音価であることが多い。これが威厳さを生み出している要因にも感じられ、この傾向は、特にドラクエⅣの「王宮のメヌエット」で明確である。一方で、N響の「王宮のメヌエット」はテンポが速すぎて、本来のメヌエット感が無い。ただ、実際のゲームで流れてくるBGMではテンポが速いことから、N響は実際のBGMに即して演奏しているとも考えられる。実際のBGMは下記URLにあるので、是非聴き比べをして頂きたい。最後に、都響はどちらかと言うとLPOに近い響きではあるが、華やかさが勝っており、威厳さはあまり感じられない印象だ。

次に、ドラクエⅤの「王宮のトランペット」は明らかにアプローチの仕方が異なっている点が興味深い。都響はトランペットを大々的に主人公のように扱うのではなく、あくまで楽曲の一部という扱いであるのに対し、LPOはトランペットが完全に主役となっている。イメージとしては、LPOの演奏は、トランペットを演奏する近衛兵をテーマとしたような演奏であり、トランペットの演奏に対して、伴奏としてオーケストラが入っているような雰囲気だ。一方、都響の演奏は、確かにトランペットのソロがある時点でトランペットは目立つのだが、あくまでトランペットは楽曲を構成する一要素に過ぎない…という雰囲気の演奏だ。この「王宮のトランペット」については、曲名にも入っている「トランペット」を、どういう位置付けにするか…という観点でアプローチが異なっており、非常に面白い。一方、N響の演奏は、マットな感じを醸し出したトランペットであり、且つ、全体的に小規模な印象を受ける。ちなみに、これは私見だが、「王宮のトランペット」における都響のトランペットは超絶に上手いので必聴だ。原曲は下記URLの通り。

 最後に、ドラクエⅥの「王宮にて」は、LPOと都響のみが録音しているが、こちらも明らかにアプローチの仕方が異なっている点が興味深い。少し話が逸れるが、この曲を最初に聴いた時の衝撃は未だ良く鮮明に覚えている。当時、私は既に吹奏楽部でガッツリ音楽の世界にハマっていて、新しいドラクエが発売されたときは、どんな曲なのだろう…と楽しみにしていたのだが、この「王宮にて」を最初に聴いたとき、「王宮なのに短調!?」という感想を抱いたのを記憶している。その短調による王宮の音楽を、都響は原曲に近しい形で演奏しているのに対し、LPOはまるで葬送曲かのような演奏をしているのだ。王国における皇室の葬儀での演奏を彷彿とさせるような演奏は、LPOならではの演奏とも言え、非常に興味深い。是非2つの録音を聴き比べして頂きたい楽曲である。原曲は下記URLの通り。

冒険の旅(ドラゴンクエストⅢ)

 ドラクエⅢのフィールドの音楽である。本楽曲は、オーケストラアレンジでは非常にカッコいい演奏となっており、それぞれのオーケストラで聴き応えが大きく異なる。まず、N響は弦楽器が良くなっており、弦によるサウンドの充実さが素晴らしい。一方、都響は金管楽器の存在感が圧倒的であり、特にトランペットの突き抜けるような存在感は圧巻である。また、チューバの輪郭もハッキリとしており、N響ではあまり聴こえないチューバが、都響ではハッキリと聴こえてくる点も必聴ポイントだ。LPOは、若干テンポが速めであり、且つ、冒頭の主題の裏で動く木管群の存在感が大きい。また、バスドラを始めとする打楽器の打ち込み方も、他のオーケストラとは異なり、主張が大きい点が聴きどころであろう。3つのオーケストラそれぞれのサウンド作りが大きく異なっており、比較して聴いてみると非常に面白い。なお、原曲は下記URLの通り。

勇者の挑戦(ドラゴンクエストⅢ)

 ドラクエⅢのラスボス(ゾーマ)の音楽である。本楽曲は、数あるドラクエの楽曲の中でも、特に人気の高い楽曲である。まず、N響はオーケストラ全体の響きとして弦楽器が金管楽器に埋もれないバランスで演奏しており、弦楽器の存在感が大きいため、ラスボスとの闘いにおける緊迫感が見事に表現されている。一方、都響は金管楽器の存在感が大きく、オーケストラというより吹奏楽団に近いサウンドとなっている。まるで、ラスボスの圧倒的な存在感を知らしめるかのような演奏だ。最後に、LPOは合いの手のような途中で加わるちょっとしたフレーズで極めて鋭いサウンドを放つ傾向にあり、他のオーケストラにはない打楽器の強打、金管の鋭いタンギングなどが聴きどころであろう。それぞれのオーケストラで、ラスボスとの闘いにおける緊迫感の表現の仕方が大きくことなっており、本当に三者三様である。これは、聴く人の趣味によって好き嫌いが顕著に分かれると推察されるが、どれも素晴らしい演奏であり、是非聴き比べをして頂きたいと思える録音である。なお、原曲は下記URLの通り。

天空城(ドラゴンクエストⅤ)

 クラリネットと弦楽器だけで演奏される名曲のひとつである。クラリネットによる美しく優しい旋律のあと、弦楽器による情緒的な旋律が続く。N響においては、特に情緒的な雰囲気が強く、クラリネットの柔らかいサウンドと重なることで、全体として非常に美しい構成となっている。LPOにおいては、クラリネットが木で出来ていることを改めて実感させられるような温かい音色であり、クラリネットソロの最中、弦楽器は伴奏に徹しているような演奏である。そういった意味では、弦楽器の伴奏の中でクラリネットが泳ぐようなN響のサウンド作りと、クラリネットソロを引き立たせることに重点を置くようなLPOのサウンド作りは、同じ曲であっても違う曲のようにさえ聴こえてくる。一方、都響においては、全体的に静かな印象であり、他オーケストラに比べて丁寧に演奏しようとしている印象を受けた。なお、原曲は下記URLの通り。

 以上、今回はドラゴンクエストの楽曲をオーケストラアレンジしたCDとして、3つのオーケストラによる交響組曲「ドラゴンクエスト」をご紹介させて頂いた。全ての録音を聴けば、三者三様の解釈があり、どれも素晴らしい演奏なので、是非全てを聴いて頂きたいというのが本音ではあるが、金管の存在感を最重要視するリスナーであれば都響の録音が良いし、弦楽器の存在感を最重要視するリスナーであればN響やLPOの録音が良いし、とりあえずドラクエⅠからⅪまで全部揃っていれば満足というのであれば都響で揃える…など、聴きたい人の重点項目によって優先順位が変わるというのは否めない。そういった意味でも、今回のご紹介が何らかの一助になれば幸いである。なお、作曲家のすぎやまこういち氏は2020年9月に亡くなられたことは多くの人が御存知であろう。すぎやまこういち氏が残した数多くの素晴らしい作品が、3つのオーケストラによる録音として、且つ、全てがすぎやまこういち氏の指揮によるものでありながらも三者三様の演奏である点が、非常に興味深い点でもあり、非常に価値あるものと考えている。ゲームをやったことがある人は勿論のこと、やったことの無い人に対しても是非強くオススメしたい。

(文:マエストロ)

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