清水建設株式会社【eSG INTERVIEW】
コンクリートに塗るだけで温暖化対策に効果が
都市に建ち並ぶコンクリートの建造物が地球温暖化を抑制する……。そんな未来がすぐそこまで近づいています。スーパーゼネコン5社の一つとして知られる大手総合建設会社・清水建設が研究開発を進めている「DACコート」は、既存のコンクリートの表面に塗るだけでCO2の吸収・固定化(*1)を促す世界初の技術です。
(*1)二酸化炭素を自然または人工的に閉じ込めて大気中に放出しないようにする取組のこと
DACとはDirect Air Captureの略で、大気中の二酸化炭素を回収する技術を指します。清水建設では、2018年から北海道大学と次世代の建材を開発するための共同研究プロジェクトを進め、社会の環境配慮への関心の高まりに応えるための新しい技術を模索していました。その中で、同プロジェクトはコンクリートにCO2を吸収・固定化するアミン化合物に着目。
「アミン化合物にCO2を吸収・回収する働きがあることは既に知られていて、これまでも火力発電所等で排気ガス中の高濃度のCO2を回収・分離する技術などで利用されていました。しかし、コンクリートの分野では前例がなく、知見もない状態でした」と語るのは清水建設・建設基盤技術センター革新材料グループ研究員の齊藤亮介さん。
コンクリートは元々アルカリ性の材料なので、CO2を吸収する性質があります。CO2を吸収すると、そのアルカリ性が失われることで、内部鉄筋の腐食リスクが高まる問題がありました。アミン化合物を利用したDACコートは、CO2の吸収・固定化のスピードを早めると同時に鉄筋の腐食を抑制する効果も見込めるという画期的な技術です。コンクリートの表面に塗るだけでCO2削減効果が期待できることから、成熟した都市インフラとして広く行き渡っている既存のコンクリートの建造物に活用できる点が注目されています。
国内外のイベントでも話題に
DACコートによるコンクリートのCO2固定化事業は、東京都が進める自然と便利が融合した持続可能な都市を実現に向けた「東京ベイeSGプロジェクト」の2023年度先行プロジェクトに採択され、現在、東京都のベイエリアにコンクリートを設置し、実証が行われています。配合や濃度を変えたDACコートをそれぞれのコンクリートに塗り、外気温の変化、雨や風、波しぶきなどが降りかかる自然環境の中でCO2の固定量と鉄筋の耐食性などを検証・評価しています。
「室内の実験室とは異なる自然環境の中での大規模な実証は、今後さまざまな環境下での使用を想定する上で大変有意義なものです。先行プロジェクトでの実証は2026年3月で終了しますが、ここで得られたデータを基に引き続き実証を積み重ねていければと考えています」(齊藤さん)
DACコートは、2024年4月から5月にかけて東京のベイエリアで開催され、大盛況のうちに幕を閉じた東京都主催の未来の技術を紹介する「SusHi Tech Tokyo(スシテックトウキョウ)2024 ショーケースプログラム」にも出展されました。展示では、DACコートの効果を示した解析画像のほか、実際に来場者がコンクリートにDACコートを塗ることができるデモンストレーションも行われました。
「ご家族連れも多かったので、お子さんたちにも関心を持っていただけました。実際に塗っていただくことでより理解していただけたと思いますし、『すぐに販売されて塗れるんですか?』などと聞かれ、社会的なニーズの高さも感じました。私たちもスピード感を持って実用化に取り組んでいかなければと実感しました」と齊藤さん。
また、2024年 9月にはドイツで開催された欧州最大のイノベーションショーケース「IFA Next2024」の東京都のブースにも出展。社会的に求められている技術として大きな関心を集めたといいます。
「日本国内ではコンクリート構造物の新設数が減少していることは確かですが、新興国では依然として新設需要が見込まれています。そのため、DACコートを既設のコンクリートに塗って使うだけでなく、その原理を新しく練り混ぜるコンクリートへ応用することも考えています。また、建設や解体によって出されるコンクリートガラ(瓦礫)にDACコートを塗ることで再生コンクリートとしても活用するなど、用途はさらに広がると考えられます」
カーボンクレジットの価値も創造
目下、DACコートは2026年までの実用化を目標にしているとのこと。「課題は、CO2の固定化をどう可視化して納得度を高められるか。理想的には太陽光発電で発電量が一目でわかるのと同様のしくみが必要」とのこと。当初は専業者向けの展開になると考えられますが、「価格帯も含めて、最終的にはホームセンターなどで手軽に買えて、誰もが簡単にコンクリートに塗れるような製品を目指したい」と齊藤さん。
また、DACコートにはカーボンクレジット(企業間での温室効果ガス排出削減量の売買)としての価値も創造したいといいます。林野庁によれば、人工林のスギ1本あたりが1年間に吸収するCO2は約8.8トン(*2)。同等のCO2固定量をDACコートを施工したコンクリート構造物に換算すると、橋脚1本分(9トン)に相当します。つまり、コンクリートの建造物が、森林と同じ価値を持つことになるのです。
(*2)参考/林野庁:森林はどのぐらいの量の二酸化炭素を吸収しているの?
清水建設・建設基盤技術センター革新材料グループ長の辻埜真人さんは、こう語ります。「私たちはこれまで建設分野における資源循環の取組を積極的に進めてきました。コンクリートにCO2を固定化する新しい技術をしっかり確立して皆さんのお手もとに届けるとともに、再生コンクリートとしても有効活用するなど、コンクリートという素材に新たな価値を見出し、また次の研究開発にもつなげていければと考えています」
長く都市のインフラを支えてきたコンクリートに、新たな価値や可能性が生まれ始めているようです。
(文・さくらい伸)
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