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株式会社商船三井【eSG INTERVIEW】

海と風。自然からクリーンエネルギーを得る


地球温暖化の原因となる温室効果ガス排出量の削減のため、エネルギーの脱炭素化は大きな課題です。2050年までにカーボンニュートラルな社会を実現させるための鍵のひとつとして注目されているのが水素の活用です。水素は水はもちろん、さまざまな原料からつくることができ、エネルギーとして利用してもCO2を排出しないことから大きな期待が寄せられています。

このような中で、商船三井が中心となって進めているのが、海上に吹く風の力を利用して船を航行しながら、船内で水素を製造・貯蔵し運搬するグリーン水素生産船「ウインドハンター号」の建造です。

また東京都が進める自然と便利が融合した持続可能な都市の実現に向けた「東京ベイeSGプロジェクト」の2023年度先行プロジェクトに採択された、小型水素生産船「ウインズ丸」を東京湾で航行させて船上での水素生産、同エネルギー貯蔵、運搬実証、並びに、水素サプライチェーンの構築を目指す「ウインドハンタープロジェクト」も同時に進めています。

グリーン水素とは、再生可能エネルギー由来の電力を使って水を電気分解してつくった水素のこと。さまざまな原料から生成できる水素の中でも製造過程でCO2を排出しないことから、脱炭素社会実現の柱として活用が期待されています。

現在、海上輸送は国際輸送の99.5%以上を占め*、そのエネルギーの主流は石油を活用するディーゼルエンジンになります。化石燃料を大量消費する船舶事業に携わるからこそ、商船三井は、2050年までのネットゼロ・エミッションの達成を目標に、研究開発に勤しんでいます。

*トン数ベース、2021年時点

では「ウインドハンタープロジェクト」の開発は、現在どこまで進んでいるのか、商船三井のプロジェクトマネージャーである島健太郎氏に話を聞きました。「洋上における船上で風から発電し、水素をつくるという工程はすでに確立できています。現在はその精度を高めている段階です」と頼もしい。

商船三井・プロジェクトマネージャーの島健太郎さん

ウインドハンタープロジェクトの中心となるグリーン水素生産船は、風の力で船を走らせながら水中のタービンで発電。その電力で海水からつくった純水を電気分解して水素を生成し、トルエンと化学反応させることで、大量の水素を長期間貯蔵・輸送するのに適したMCH(メチルシクロヘキサン)に変換します。風がない時には、MCHから水素を取り出して燃料電池で発電して船を動かします。この一連のサイクルを、小型船の「ウインズ丸」を使って実証できたのです。

小型船の「ウインズ丸」


大型水素生産船「ウインドハンター号」建造に向けて


そうすると、すぐにも大型船に移行できるのではないかと思ってしまいますが、そこには多数の課題が横たわっているのだと言います。「これまで船舶は、強風域は極力避けた上で航行するものでしたが、ウインドハンタープロジェクトは反対に、風が強いところを探して航行しエネルギーを得るのがコンセプト。

これまでの常識とはまったく異なるので、船の構造設計などの新たな課題があります。そのほかにも、風から効率良く推進力を得るための『ウインドチャレンジャー帆(硬翼帆)』というものを商船三井で開発していますが、大型水素生産船『ウインドハンター号』には多数の帆を配置します。それぞれ帆に最大限の効率を発揮させ、制御する、更には、複数の帆を設置した状態で船を安全に航行する上での船自身の安定性も確保させなければいけません」

さらにもうひとつの大きな課題は、MCHを効率良くつくること。商船三井は、世界で初めてMCHから取り出した水素を船の推進力に変換することに成功していますが、船の中でつくった水素をなぜわざわざMCHという形に変換するのか。それはMCHが常温常圧の液体のため取り扱いが容易で、既存のガソリンインフラを使用することができ、そもそも、船上で生産した気体の水素を500分の1に圧縮できるという利点があるからです。

「水素にトルエンを化学反応させてMCHをつくりますが、例えば、その生成率がMCH50%、残り50%が不純物ではあまり効率が良くありませんよね。今の段階で数字を公表することはできませんが、高い生成率でMCHをつくることを目指しています」

「ウインズ丸」船内に設置された「水添・脱水素装置」(手前)

註:水添とは水素とトルエンを反応させてMCHに変換すること。脱水素とはMCHから水素とトルエンに分解すること。
「ウインズ丸」船内で水素漏洩の点検を定期的な巡回により行う

ほかにもさまざまな機器を協力会社と共に開発中だという島さん。
ウインドハンター号は、将来的には、風の強い場所を自ら探して自動航行することを想定しています。そのためには格好の風を人の手を介さずに捉えるシステムをつくらなければいけません。そこで活用しようとしているのが、遠方の風を観測することができるシステム『ドップラーライダー』です。

これはPM2.5のような空気中に漂う小さな粒子に赤外線を照射させ、粒子の動きをとらえることで、船に設置した機器を中心として、最大15km先の風向や風速がわかる機器です。例えば、漁船には魚群探知機を搭載しますよね。その“風版”ともいうべき風群センサーを開発しているところです」

搭載されるドップラー・ライダー
航行中船舶で測定した遠方の海上風況データのイメージ

註:十数キロ遠方の風況を3次元的にリアルタイムで観測し、船上において遠方の風況の可視化を行うと共に、DX化の一環として、高速データ通信システム Starlinkを通じて、船上で得られた風況等のビッグデータを陸上へも配信。


“想像”から“創造”するためにプロジェクトを走らせる


ウインドハンター号は強風を自ら求めて航行しながら、船内でつくったMCHを港に陸揚げし、グリーン水素エネルギーを陸上に届けます。そして船に再びトルエンを補給して次の航海へと出航する、その一連の動きすべてを自動化して無人航行することが将来的に想定されています。その実現は、相当先の未来になるのではないかと思ってしまいますが「船が風を追いかけて航行するという点は、通常の船と違うコンセプト。そういった船での乗組員の居住性を考えると、将来的には、自律運航の方が適しているという考えがすんなり理解されるのでは」と島さんは話をします。

「まださまざまなシステムや機材などを開発中ですが、一から開発しなければいけないようなまったく新しい技術を必要とするものはありません。今ある技術を応用させて、船に搭載する上で、それらを一つのシステムとして統合させる必要があります。

当社としては、2027〜8年ごろには、実証実験を成功させた『ウインズ丸』の5〜6倍の船長のグリーン水素生産船を建造したいと考えています。ここには、当社のウインドチャレンジャーで培った硬翼帆の技術を用います。その船でさらに実証・検証をしっかりと行って、2030年を少し越えてしまうと思いますが、200m超の船長の大型グリーン水素生産船『ウインドハンター号』の建造に進んでいきたいと考えています」


200m超の大型グリーン水素生産船『ウインドハンター号』のイメージ

夢のような話ですが、夢ではなく、近い将来に実際目にできるシステムという言葉にはワクワクします。

「細かく詰めなければいけないところはたくさんあります。ただ私自身が大事にして、これまで実行してきた『想像から創造へ』というキャッチフレーズがあるのですが、まずは想像をカタチにしてみることが大切です。実際にモノをつくってみると、机上の検討では想像すら出来ないいろいろな気づき、トラブルが生まれ、それを克服することで、どんどん進化する。トラブルを失敗とするのであれば、失敗は成功に近づく為のステップ。まだ誰も成し遂げていないことを進めるのですから多くの課題にぶつかるのは当然です。それすら楽しみながら、プロジェクトを進めていきたいと思います」

2024年9月には、世界各国の先端テクノロジーが集結した「IFA NEXT 2024」にて「SusHi Tech Tokyo」パビリオンに出展。風力発電による水素生産船構想を世界にお披露目しました。ブースに飾られた『ウインドハンター号』のモデルシップを見て、来場者からは「実現する日を楽しみにしている」という応援の声が多くかけられたと言います。

世界が期待する、ウインドハンタープロジェクト。一刻も早いエネルギーの脱炭素化が待ち望まれる中で、実現に向けて着々と歩を進めています。
 

(文・柳澤美帆)


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