KING&QUEEN展(1月11日まで)@上野の森美術館に行ってきました。
ロンドンの肖像専門美術館、ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリー所蔵の王室の肖像画にスポットを当てた展覧会。展覧会のキャッチコピーの「肖像画には物語がある」にあるとおり、肖像画に描かれたキング&クイーンたちの物語を紡いでいく構成となっています。
本展の1章を飾るテューダー朝。イングランドでの肖像画制作が始まったのもこの時期、肖像画は王族たち自らの権力誇示の役割も兼ねました。2章のステュアート朝は、時の君主・チャールズ1世は芸術支援に精力的で、ヴァン・ダイクやルーベンスらの画家たちを庇護し、イギリスへ招聘します。3章はイギリスにおける「美の殿堂」と呼ばれるロイヤル・アカデミーが創立されたハノーヴァー朝時代。4章のヴィクトリア女王の時代では、写真が一般化され、王室に対する世間の認識も変化していきました。5章のウィンザー朝では、現女王のエリザベス2世は現代の君主として、ロイヤルファミリーもまた、王室のセレブとして世界中のメディアから注目されていきます。およそ500年に渡る5つの時代から展覧します。
いつも通り5点ほど気になった作品を紹介します。
エドワード6世
Unknown artist, after William Scrots《King Edward VI》1546
正面から少し斜めを向いている肖像画が多い中、真横向きの肖像画。描かれたのはエドワード6世。6回結婚を繰り返したヘンリー8世の3番目の王妃ジェーン・シーモアの嫡男。それまで男子に恵まれなく、どうしても嫡男が欲しかったヘンリーは、ジェーンが難産で危険な状態の時、母体と子どもをどちらを選びますかと言われた時に、子どもを優先させてくれと頼んだとも。結局12日後に母ジェーンは体力が戻らないまま死去。エドワード本人は父ヘンリーの死と共に、9歳で即位しますが、生まれつき体が弱いエドワードも15歳で死去してしまいます。ちなみに、エドワードが次期王位相続人として任命していたのは、あの九日間の女王のジェーン・グレイ。この王位継承人事のバタバタは、エリザベス1世の治世まで続くこととなります。
エレオノール・“ネル”・グウィン
Simon Verelst《Nell Gwyn》1680
少し虚ろな眼差しで、こちらを見ている女性は、恋多き、チャールズ2世の愛人の一人・ネル。公衆劇場の舞台に立った最初の女優のひとりで、喜劇的な役回りが人気となり、チャールズの目に止まります。彼女のユーモアのセンスと気取りのなさが気に入られます。老兵たちの診療所の建設時も、もっと大きくするよう進言し、老兵や戦争で負傷した人々は、乾杯の度に「良き王チャールズと我らのネリーのために」と庶民からの信頼も厚く、チャールズは、そんなネルに邸宅を与え、恩給を支払い、彼の死後も、「どうかかわいそうなネルを飢えさせないでくれ」と最後まで庇護されます。ネルの葬儀の際も、平民の女優出身だった彼女のために、あらゆる階層の人々が集まったことから、その厚い人望は、幅広い人々から愛されました。
アン・ハイド妃とジェームズ2世
Peter Lely《Anne Hyde, Duchess of York; King James II》1661-1662
仲睦まじいようで、お互いの視線が違うところが、アンのしたたかさを暗示しているような肖像画です。ヨーク公ジェームズは、自分の姉の侍女として仕えていたアンと出会います。アンは、ジェームズから愛人になるよう懇願されますが、アンは、当時の共和制から君主制に戻り、二人の子どもが生まれたら正式な嫡子として欲しいという約束をとりつけます。その後、8人も子どもを残しますが、ジェームズが王位についたのは、アンの死後で、結局、王妃に就くことは叶いませんでした。
マリア・アンヌ・フィッツハーバート
Joshua Reynolds《Maria Anne Fitzherbert (née Smythe)》1788
当時、皇太子だった21歳のジョージは、6歳年上で、未亡人だったマリアに熱をあげますが、問題はマリアがカトリック信者だったこと。当時の法律では、カトリックの配偶者が王位を継承することは禁止されており、当然、国王・ジョージ3世の同意も得ることはできません。それでもジョージは、秘密裏にマリアと結婚してしまいます。浪費癖があったジョージの負債は増え続けて、見かねたジョージ3世は、正式な結婚をすれば、借金は棒引きにすると持ちかけます。花嫁候補のキャロラインの肖像画をジョージが気に入り、結婚を決意しますが、既に110kgあったとされるジョージ、風呂嫌いで強烈な体臭のキャロライン、お互いに失望してしまい、1年後に長女シャーロットが生まれるとすぐに別居してしまいます。ジョージは数多くの愛人はいましたが、このマリアも生涯を通じ、ジョージに愛され続けました。
エリザベス2世
Pietro Annigoni《Queen Elizabeth II 》1969
凛としたマント姿のエリザベス2世。出生時の王位継承順位は、伯父の王太子エドワード、父のヨーク公アルバートに次いで第3位だったエリザベス。叔父がエドワード8世として即位しますが、既婚のアメリカ人、ウォリスとの「王冠を賭けた恋」で在任期間わずか325日で退位。父がジョージ6世として即位しますが、56歳の時に死去すると、25歳でエリザベスに王位が回ってきます。エリザベスも、一目惚れだったデンマーク王子・フィリップと順風満帆ではなかったものの、無事に結婚に漕ぎ着けます。2007年に、イギリス史上最高齢の君主に、2015年には、在位期間もヴィクトリア女王を抜いてイギリス史上最長在位の君主となり、それらは現在も更新中となります。
まとめ
作品の背景を知っておいた方が没入感が上がると言われますが、この展覧会ほど、それを痛感する展覧会はないのではないかと思われます。英国王室の歴史の背景知識があるかないかは、もう文化の違いになるので、極東の小さな島国に生まれてしまったからには、知識をインプットするしかありません。背景を知らずとも、キャプションや、オーディオガイドの力で、それなりに没入できると思いますし、このレビューがその一助、もしくは、英国王室の歴史に興味を持ってくれるきっかけになると嬉しいです。
参考文献
https://ja.wikipedia.org/wiki/エドワード6世_(イングランド王)https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンリー8世_(イングランド王)https://ja.wikipedia.org/wiki/ネル・グウィンhttps://ja.wikipedia.org/wiki/チャールズ2世_(イングランド王)https://ja.wikipedia.org/wiki/ジェームズ2世_(イングランド王)https://ja.wikipedia.org/wiki/アン・ハイドhttps://ja.wikipedia.org/wiki/キャロライン・オブ・ブランズウィックhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ジョージ4世_(イギリス王)https://ja.wikipedia.org/wiki/エドワード8世_(イギリス王)https://ja.wikipedia.org/wiki/エリザベス2世
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