東京を支える強靭で持続可能な水道システムの構築に向けて-「東京水道施設整備マスタープラン」の策定-(1)
東京都水道局では、令和3(2021)年3月に「東京水道施設整備マスタープラン~東京を支える強靭で持続可能な水道システムの構築~」を策定しました。
本記事では、策定の目的や東京水道を取り巻く現状と課題等についてご紹介いたします。
1 策定の目的等
都の水道は、近代水道創設以来、約120年にわたり、都民生活と首都東京の都市活動に欠くことのできない水道水を供給し続けてきました。この間、高度経済成長期における人口や産業の集中などに伴い急増した水道需要に対応するための水源の確保や水道施設の短期間かつ集中的な整備、水道水質へのお客さまニーズの高まり等を踏まえた高度浄水処理の導入など、時代の要請に応じ、水源から蛇口に至る総合的な施策を展開してきました。
こうした中、昭和30年代後半から昭和40年代にかけて集中的に整備した多くの浄水場等の施設が、間もなく更新時期を迎えます。また、切迫性が指摘される首都直下地震、気候変動の進行に伴う渇水や原水水質の悪化など、様々な課題やリスクが想定されます。
さらには、近年、激甚化する風水害やデジタル化の急激な進展など、都の水道をめぐる状況は、かつて経験したことのない局面を迎えることになります。
一方、都の人口は、令和7(2025)年をピークに減少に転じ、これに伴い水道需要の減少も見込まれます。水道需要の減少は、料金収入の減少に直結し、今後、不可欠となる施設整備などの財源不足につながります。
このため東京都水道局では、持続可能な水道事業の実現に向け、2040年までのおおむね20年間の事業運営全般について、基本的な方針や長期財政収支の見通しとして、「東京水道長期戦略構想2020」(令和2(2020)年7月)を策定しました。
我が国最大規模の水道を支える施設の更新は、半世紀を超える長い年月と多くの経費を要する重要な事業です。この事業を着実かつ効果的、効率的に推進するため、 「東京水道長期戦略構想2020」で示した考え方を具体化するとともに、10年後の整備目標と優先順位を踏まえた具体的な取組内容を取りまとめた「東京水道施設整備マスタープラン」(以下「マスタープラン」という。)を新たに策定しました。
なお、今回のマスタープランは、「東京都水道局震災対策事業計画」も兼ねています。また、計画期間は令和3(2021)年度から令和12(2030)年度までの10年間とし、事業規模は、毎年度約2,200億円を見込んでいます。
2 東京水道を取り巻く現状と課題
2-1 人口減少時代へ突入
都が令和元年(2019)年12月に示した「『未来の東京』戦略ビジョン」(以下「戦略ビジョン」という。)では、将来の東京都の人口は、令和7(2025)年に1,417万人でピークを迎えたのち、減少へ転じ、令和42(2060)年には1,192万人まで減少すると予測されています。今後、人口の減少に伴い水道料金収入、労働力(生産年齢)人口及び技術者の減少が見込まれます。
2-2 水道施設の老朽化と更新時期の集中
東京都水道局では、明治31(1898)年に近代水道として通水を開始して以来、都民生活と首都東京の都市活動を支える基幹ライフラインとして、水道施設の整備、拡張を進めてきました。特に、昭和30年代から40年代の高度経済成長期において急激に増大する水道需要に対応するため、浄水場をはじめとした水道施設の多くを短期間かつ集中的に整備してきました。
①水源施設
水源施設には、ダムや貯水池のほか、取水堰や導水路などがあります。特に、ダムは、利水補給、洪水調節、流水の正常な機能の維持等、多様な目的を持つ重要な社会資本であり、これらの目的が達成されるよう流水の管理はもとより、ダムの安全性及び機能を長期にわたり保持していく必要があります。
都が参画してきた利根川・荒川水系の水源施設は、八ッ場ダムの完成によりおおむね整備が完了しましたが、完成から50年以上が経過している施設もあり、施設の老朽化や貯水池内への土砂の堆積による貯水容量の減少などの課題が生じています。
一方で、東京都水道局が管理する小河内貯水池は、昭和32(1957)年の完成から60年以上が経過しており、貯水池の機能を維持していく取組が重要となってきます。また、地下水を水源とする井戸の多くは、水質悪化や設備の老朽化等に伴い揚水量が低下してきており、それらへの対策が必要です。
②浄水場
現在、東京都水道局が保有する浄水場の施設能力(※)は、日量684万m3であり、このうち、 約7割に相当する施設を高度経済成長期に集中的に整備してきました。これらの施設では、供用開始から約50年が経過し、機能維持のための補修や改良工事を通年にわたり行っています。また、水道水質基準に関する規制強化への対応などにより、施設能力を十分に発揮できない施設もあります。
しかし、水道システムの根幹をなす浄水場は、気候変動や自然災害はもとより、労働者の減少や感染症が発生する状況においても、施設を運用していかなければなりません。このため、浄水場は、安定給水に必要な施設能力を確保した上で、計画的に更新していくことが重要です。また、浄水処理や送配水過程では、大量のエネルギーを消費していることから、省エネルギー化を図り、環境負荷の低減にも取り組んでいく必要があります。
※ 浄水場の施設能力:浄水場から水を供給できる能力であり、一日の最大供
給可能量を示すもの
③給水所
給水所は、平常時における安定給水の要であり、震災時などには、給水拠点として水道水を地域住民に供給する重要な施設です。これまで、給水の安定性を向上させるため、給水所の新設や拡充を行い、配水区域の見直しや配水池容量の偏在を解消してきましたが、いまだ不十分な地域が存在しています。また、整備後50年以上が経過している給水所もあり、周囲の都市化の進展や環境の変化により、現在は住宅地や商業地に位置し、周辺地域との一体性が求められることや、狭あいで更新工事が困難であることが課題となっています。
今後、給水所は、安定給水を確保した上で、各々の周辺環境にも配慮しながら、計画的に更新していく必要があります。
④水道管路
水道管路は、管材質や経過年数などを踏まえて、粘り強く強度の高いダクタイル鋳鉄管への更新を進めており、配水管のダクタイル化率(※1)は、99.9%(※2)となっています。しかし、交通量が多い交差点部や埋設物が輻輳する場所等、施工が困難な箇所には、老朽化した漏水リスクが高い管路が点在しています。
一方で、震災時の被害を最小限にとどめ、可能な限り給水を確保するため、平成10(1998)年度より、継手の抜け出しにくい耐震継手管を本格的に採用し、取替えを進めており、管路の耐震継手率(※3)は45%(※2)となっています。
耐震継手管への取替えは長期にわたることから、地震発生時の断水被害を効果的に軽減するため、重要施設への供給ルートの耐震継手化を優先的に進めています。また、断水率が高い地域も存在しており、こうした地域の対策も必要です。
さらに、導・送・配水管を含めた水道管路の総延長は、約28,000㎞(※2)であり、全ての水道管路の更新は一朝一夕には進まないことから、管路の劣化状況などを踏まえて計画的に更新していく必要があります。加えて一部の導水施設や送水管は、運用を停止することができないため、二重化やネットワーク化によりバックアップ機能を確保した上で、取り替えていかなければなりません。
※1 ダクタイル化率:鋳鉄管(普通・高級・ダクタイル)に占めるダクタイ
ル鋳鉄管の割合
※2 令和元(2019)年度末時点
2-3 自然災害の脅威
平成23(2011)年東北地方太平洋沖地震(以下「東日本大震災」という。)、平成28(2016)年熊本地震、平成30(2018)年北海道胆振東部地震等、水道施設に大規模な被害を及ぼす地震が全国各地で発生しています。
東日本大震災は、大きな揺れや津波などにより東北地方を中心に甚大な被害をもたらしました。全国で、約257万戸にも及ぶ断水被害が発生し、生活用水に加え、避難所等の重要施設でも水が使えないなど、災害時における給水確保の重要性が改めて浮き彫りとなりました。震源から遠く離れた東京においても、地盤の液状化による管路の漏水事故や計画停電による広範囲な断濁水の発生等、過去に経験したことがないほどの被害を受けました。首都直下地震の切迫性が指摘されている中、震災対策は、最重要課題です。
加えて、近年、大型台風や局地的な大雨などによる風水害が各地で頻発しています。平成30年7月豪雨、令和元年東日本台風及び令和2年7月豪雨では、水道施設の浸水や水管橋の流出などによる断水被害が発生しており、近年の豪雨状況などを踏まえた風水害への対策が必要です。また、国は、既存ダムの有効貯水容量を洪水調節に最大限活用するため、事前放流などで利水容量を一時的な洪水調節容量に割り当てました。
今後の様々な状況によっては、水道需要が多い夏場に貯水量の不足も懸念されます。
さらには、中央防災会議に設置されたワーキンググループの報告(※)によれば、富士山噴火時の降灰によって、ライフライン、交通、建物などへの具体的な影響が生じ、水道施設においては、原水水質の悪化や停電などにより、断水が発生することが示されています。
※1 ワーキンググループの報告:「大規模噴火時の広域降灰対策について」
(報告)(令和2年4月)(中央防災会議
防災対策実行会議 大規模噴火時の広域降
灰対策検討ワーキンググループ)
※2 降灰の体積予測:降灰地域は、噴火の推移(噴出率/噴煙柱の高さ)
風向風速によって変化
2-4 気候変動の影響
都の主要な水源である利根川・荒川水系の水資源開発は、5年に1回程度発生する規模の渇水に対応することを目標(計画利水安全度(※1)1/5)としており、10年に1回を目標としている淀川水系をはじめとした全国の主要水系や既往最大の渇水などを目標としている諸外国の主要都市と比べて、渇水に対する安全度が低い計画となっています。
上流ダム群が8ダム(※2)体制となった平成4(1992)年以降、28年間で夏冬合わせて8回と、3年に1回程度の割合で取水制限を伴う渇水が発生しています。
将来、気候変動の進行により、大幅な積雪量の減少や融雪時期が早期化すれば、農業用水の需要期に河川流量が減少するため、今まで以上にダムからの水の補給が必要になります。また、早期に流出する融雪水は、ダムが満水状態に達すると、貯留されず、そのまま放流(無効放流)される可能性があります。
さらに、無降水日(※3)の増加が予測されるなど、これまで経験したことのない厳しい渇水の発生も懸念されます。このほかにも、貯水池や河川水などの水温上昇による水中生物の異常繁殖や局地的な豪雨などによる急激な原水水質の悪化の可能性があり、浄水処理への影響が懸念されます。
※1 利水安全度:河川水を利用する場合の渇水に対する安全性を示す指標で
あり、何年に1回程度で発生する規模の渇水に対してまで
安定的に取水可能かを意味し、我が国では通常、10年間で
最も厳しい渇水を対象に計画
※2 8ダム:藤原ダム、相俣ダム、薗原ダム、矢木沢ダム、奈良俣ダム、
下久保ダム、草木ダム及び渡良瀬貯水池
※3 無降水日:「気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート2018
(環境省、文科省、農水省、国交省、気象庁)」において、1
日の降水量が1ミリ未満の日
2-5 多摩地区の水道
多摩地区における浄水所や給水所などの水道施設の多くは、市町営水道時代の昭和30年代から40年代にかけて小規模かつ点在して整備され、配水区域は、それぞれの市町域内で構築されていました。
都営一元化後は、給水の安定性を向上させるため、大規模浄水場から各市町への送水管の整備を進めるとともに、浄水所や給水所などの統廃合や配水池容量の拡充に取り組んできました。
こうした市町営水道時代に整備された浄水所等は、老朽化が進行し、また、井戸は、宅地化など周辺環境の変化により更新に必要な用地の確保が困難なものや、水質悪化などにより揚水量が低下しているものもあり、施設の適切な管理や計画的な更新などが必要です。
一方、送水管は、現在、多摩南北幹線(仮称)の整備を進めており、この完成によって広域的なネットワークが概成され、今後は、既設送水管を計画的に更新していく必要があります。また、多くの給水所等は、一系統の受水であり、送水管の事故時等には、給水所等への送水が確保できない場合があります。特に、山間部などでは、給水所等への送水管を二系統化できない施設もあり、地域特性に応じた対策を講じていく必要があります。
さらに、浄水所や給水所などの統廃合や拡充に併せて、配水管網の骨格となる広域的な配水本管の整備や市町域を越えた配水管網の整備を進め、災害や事故、更新時のバックアップ機能を強化していく必要があります。
3 次回の配信について
今回の記事では、策定の目的や東京水道を取り巻く現状と課題についてご紹介させて頂きました。
首都東京の都民生活や都市活動を将来にわたって支えていくためには、平常時のみならず災害や事故などによるリスク発生時においても、可能な限り給水を確保していく必要があります。
そのためには、切迫性が指摘される首都直下地震や頻発する風水害、渇水、原水水質の悪化、火山噴火などの課題やリスクにも対応可能な強靭かつ持続可能な水道システムが必要となります。
そこで、マスタープランでは、「施設整備の考え方」として、5つの基本事項と3つの主要施策の方向性を定めています。今後、東京都水道局が発信する東京Techブログでもご紹介いたしますので、お読みいただけると幸いです。
また、本記事を読んでマスタープランに興味を持っていただいた方は、以下リンクから是非マスタープランをご覧ください。