ゼンブノセ!!-神役も悪役もぜんぶ俺な件- ②
ガツンッ!!!!!!
コンビニを出て間も無くのことだった。1人で夜道を歩いていたツナミは、頭の後ろに強めの衝撃を覚えた。
「ぐっ」
瞬間、鼻の奥がツーンとしたかと思えば、眼圧が急激に上昇し、眼球が危うく飛び出しそうになる。すんでのところで、メガネを抑えるような要領で両目の落下を防いだため、大事には至らなかった(そんな簡単に目ん玉落ちないだろ)。
ツナミはすぐに衝撃を受けた方向-背後を振り返るも姿はもちろん、気配すら感じられなかった。
足元には大きめの石が1つ落ちている。それが頭に当たったものの正体だった。
「あ゛? イタズラか?」
後頭部をさする手には、特大サイズのコンビニ袋-火華ご所望のイチゴパフェアイスなるものがぎゅうぎゅうに詰め込まれている-が下げられている。これは大事な大事な今夜のお茶菓子だった。
黒のジャージに黒のマスクを身に付けたツナミは、どこぞやのヤンキーと間違われても仕方ない出で立ちだ。おまけに、悪魔の血が流れているせいで人相も悪い。目の輝きも怪しい。
外見だけで十分に周囲の人の気分を害する可能性を秘めていた(そんなことで気分を害する人種はきっとカタギではない)。
ツナミは、また変なチンピラが石ころでも投げてきたのだろうと思って、前に向き直った。
すると……
コツン
コツン
ガツンッ!!!!!
「んだこのヤロ殺すぞ!!!!!」
小さめの石×2、大きい石×1が先ほどと同じ箇所に連続でぶち当たり、再度、ツナミは首が1回転しそうな勢いで後ろを振り返る。神の血がもっとも濃いとは思えないほど荒々しい口調だ。
相変わらず、背後には民家の合間を通る狭い道が続いているだけだった。
これだけ同じ箇所に石をヒットさせてくるのだから、何者かが故意に石を投げ付けているのは確かなのだが。
最強と謳われるツナミにも、一応弱点はあった。
人であって人でないものの気配を察知する能力は桁外れに優れているが、純粋な人間の気配はまったくと言っていいほど感じ取れないのだ。
死を恐れないとち狂ったタイプの人間に遭遇したら、ツナミは案外呆気なく殺されるかもしれない。
「いつまでもコソコソやってんじゃねえ、めんどくせえっ」
痺れを切らしたツナミは、首から下げた鎌形のネックレスを握りしめる。と、すぐにシルエットが縦に伸び、巨大な鎌に変わる。黒くぬらっと輝く様は、水辺から上陸した正体不明の怪物のようだ。
ツナミが鎌を一振りすると、たちまち強風が吹いた。
「出て来ねえっていうんなら、この辺一帯ごと切り刻むまでだっ」
ツナミが鎌を後ろに引き、足の裏で地面をしっかりと捉えると。
「どこ見てんだ、こっちだ!!!!!」
声のほうを見ると、そこには同い年ほどの少年の姿があった。サバイバルナイフを振りかざし、ツナミの脇腹めがけて走り込んで来る。
……そう。ツナミを殺せるとしたら、それは死を恐れないとち狂った人間だ。
その少年はまさにそれだった。
近寄りがたいオーラを放ちまくっているツナミに向かってくる時点で、死を恐れていないことは明確だ。ヤンキー風の見た目はもちろん、その”異質さ”は普通の人間でも感じ取れる場合があるくらい、人間界でも目立つ存在だった。
「父さんの仇いいいいいいいい!!!!」
少年はそんなことを口にし、驚異的なスピードであと数十センチのところまで距離を詰めた。
「ぎいゃああああああああああああっ」
ツナミは汚い高音で叫び声を上がる。
が。
「……なーんてね」
ツナミは、イノシシの如く自分の間合いに入って来た少年を軽々かわし、サバイバルナイフを握っているほうの手首を掴んで腕ごと捻った。
「がっ」
関節や筋肉からギチギチと音がしそうなほど締め上げられ、少年は悲痛に顔を歪めた。
キンッ
サバイバルナイフの刃先がコンクリの地面にぶつかる音が響く。
ツナミはその顔を見て、ふと思い出した。
「あー、あの男の息子か」
あの男とは-つい先日、死神界に送ったはずがぬるりと送り返され、再び悪魔界へ突き落としたあの男だ。
男は人間ではなくなる直前、「子どもがまだ幼い」と言っていた。
男の言う”幼い”とはツナミと同じ年齢の少年まで含まれるのか、はたまた、あれはただの命が惜しいだけの嘘だったのか。
答えは後者だ。あの男はそういう汚い人間なのだ。
「てめえの親父はクソだよ」
父親の正体を知らない息子に、ツナミは容赦なく言い放った。
「父さんのこと何も知らないくせに悪く言うな……この、悪魔めっ」
「何も知らねえのはてめえのほうだ。あの男が命乞いする人間を前に、どんな顔してどんなセリフ吐いたか教えてやろうか? 犯行時刻はぜんぶ夜の日課だったウォーキングのときなんだぜ? 『父さん、どこまで歩きに行ってんだろうね、ホント、歩くの好きだよねー』とかてめえがほざいてたとき、親父は人殺してたんだぜ? ウケるよな?」
細い道に伸びるツナミの影には、頭にはツノ、尻には尻尾が生え、一瞬悪魔のように見えた。が、それはあくまでも幻視。
信じていたものに裏切られ、現実を突きつけられた少年の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
ツナミは尚も続けた。少年の父親がいかに人殺しを楽しんでいたか、どんなふうに痛めつけて、最終的にはどうやって殺したのか。
正しく人間を捌くため、その人間に関する情報を収集することもツナミの重要な仕事だ。その目で直接見て、その耳で直接聞いたことを、臨場感たっぷりに少年に語った。とても正気でいられる内容ではない。男のことを信じて疑いもしなかった家族ともなれば、尚更だ。
「やめろ……っ」
何度もツナミの言葉を遮ろうと叫んでいた少年は、それを最後に気を失った。ツナミが掴んでいた手首も、同時にだらりと脱力する。
「根性ねえな」
言って、ツナミは一度手首を放ると、道路にべっとりと寝転がっている少年を肩に担ぎ上げた。
***
「へー、そんなことがあったんだ。……で、拾ってきちゃったと?」
共有スペースのリビング中央に置かれた円形のコタツでぬくぬくやりながら、青羽は頬杖を付いたまま、帰宅したツナミを見て言った。あの男-少年の父親-との戦闘で手の甲に負った深い傷は3日しか経っていないというのにすっかり完治し、痕すら消えていた。
「道に転がしといても邪魔なだけじゃん」
言って、ツナミは担いでいた少年をソファに転がした。
少年は万歳をして伸びきっている。
せり上がったパーカーから覗く腹部には、昔のものと思われる傷の痕があった。一部が見えているだけで、その全貌は見えない。
ただ、見えている部分から想像するに、上にも下にもずっと長く続いていそうな切り傷だった。
「ツナミ、やさしい。でも、これは……?」
少年を降ろす前にコタツ上に置いたコンビニの袋の中身を見て、火華が途端に冷ややかな声でツナミに問う。
「火華のために買い占めてきたぜ、イチゴパフェアイス!」
火華の肩口からツナミも袋の中を覗き込んだ。すると、すべてのイチゴパフェアイスが無残な姿に成り果てているではないか。暴走する少年を避けた際、どうやらぶちまけてしまったようだ。
ツナミの脳裏に破壊的なワードが次から次へと浮かぶ。木っ端微塵。世界の終末。宇宙の崩壊。禁断の果実。etc ……
ぎこちなく隣の火華を見やる。
同時にツナミと目を合わせた火華の背後では、静かに怒りの炎が燃えていた。しかも赤い炎ではなく青い炎。超高温。触れたらタダでは済まない。
ツナミは背中と額に冷たい汗が流れるのを感じた。
「クソでもゴミでも、父親は父親だからさ。突然いなくなったら寂しいだろうね」
そう言いながら、青羽はコタツの中から足を引き寄せ、体育座りに体勢を変える。
「ハハハハハ、これだから人間は弱くて困る! 父親なんかいないほうが清々すんだろ」
火華に目で殺されそうになっていたツナミは、助け舟とばかりに青羽の話に乗っかった。笑い声を発してはいるが口内はパサパサで、おまけに顔はまったく笑っていない。隣の火華の機嫌を気にするあまり、うまく笑えなかった。
ゴテッ
ソファで寝ていたはずの少年が音を立てたので、それぞれの事情は一旦脇に置き、3人は少年のほうを見た。
「こんばんはー、いやあ、偉い目にあったね」
初めに話しかけたのは青羽だ。左手はコタツに突っ込んだまま、右手だけをひらひらと振り、まずは基本の挨拶から入る。
「言葉だけで人は死ぬらしい。生きててよかった」
火華としては挨拶のつもりで言っている。ついでに人差し指ですくい取ったイチゴパフェアイスの生クリームをひと舐めする。
「起きたか、根性なし。親父がいかにゴミクソだったか理解し……ぐもっ」
「ごめんねえー、うるさくて」
ツナミが最後まで言い終わらないうちに、いつの間にかツナミの背後に回り込んでいた青羽が、その減らず口を塞いだ。
少年は目をぱちくりさせながら、3人の姿を順番に観察した。
*
同じ頃、星が輝く夜空の下、シェアハウスの向かいの家の屋根に人影が静かに降り立った。
よくよく見れば、この世界の美しさを集約したかのように見目麗しい少女。しかし、人間ではないようだ。
頭には鬼に似た角を生やし、肩上でぱつんと切られた髪の先は血で染め上げたように黒から赤へのグラデーションを描いている。
おまけに真冬にも関わらず、黒のキャミソールワンピという季節感ゼロの出で立ちも不可解だった。
「……すコロスころす殺すコロスころす殺す殺す殺す」
少女は、ツンととがった唇で息継ぎもなく、そう呟き続けている。
ギラギラと正気がみなぎる真紅の瞳は、ツナミたちの家をまっすぐ見下ろしていた。
第3話へ続く。
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