SI業界仮説
SI業界に関する素人なりの仮説。
SI業界の市場規模は12兆円程度(矢野経済調べ)とそれなりに大きい。このように非常に市場規模の大きい当該業界であるが、それがどれだけの価値創造に貢献しているかという点に関しては(業界の外からみている限り)やや心許ないように見える。本来ならば1億円の費用をかけてシステムを構築・運用したら、企業価値に立脚して考えれば、1億円以上のコストを抑制するか、あるいは1億円の利益を産む必要がある。もしも当該システムがそれだけの価値創造をしていないのであればどんなに便利なシステムであったとしてもそれを導入することは価値破壊行為になる。そしてその説明責任は導入・運用責任者であるIT部門そして彼らにシステムを提供するSIerが負うべきである。しかし(本業とは全く関係なく半ば趣味で)何人かの大手SIに勤める知人に話を聞く限り、SIerの営業部門で顧客の費用対効果を説明できる人はせいぜい20%ではないかということであった。ただしそのような人はシニアでありいくつもの案件を担当しているため、SIerの全案件の半分程度は費用対効果が説明できるだろうとのことであった。もちろんSIerが費用対効果が説明できなかったとしても顧客であるIT部門は社内で説明できている必要がある。しかし(やや雑に述べると)承認を求めるIT部門はITは詳しいがオペレーションは必ずしも精通しておらず、逆に承認する方はオペレーションは詳しいがITには精通していないため、結果として全てのITシステムの費用対効果がペイしているとは限らず、相応の無駄が発生している可能性は高い。(件のSIerの知人たちも大きな無駄があると認識していた。)実際に以前に見た大手メーカーでも導入したあるシステムが全く使われておらずに完全なお荷物になっているケースも見たことがある。これはあくまでもn=1に過ぎないが、このようなことは多くの企業で起こっているのではないだろうか。仮にSIerが費用対効果を説明できない50%のシステムのうちの50%が費用対効果がペイしないのであるとすると、理屈の上では3兆円の無駄が存在することになる。
加えて伝統的なゼネコン方式のデリバリーモデルを敷く大手SIerは一部のシステムで価格破壊に直面しているように見える。(これもあくまでも業界の外からの素人の意見である。)つまり昔であれば伝統的なゼネコン方式でしか入手できなかったシステム(特に比較的簡易なシステム)を新興のIT企業は新しいテクノロジーを使ってゼネコン方式よりもはるかに安く・かつ良質のシステムを提供できるようになってきている。もちろん基幹システムなどは現在は大手SIerでないと難しいかもしれないが簡易なシステムから順に新興プレーヤーにシェアを奪われるのではないだろうか。実際に周囲でも無名のスタートアップが効率性を武器にゼネコン方式を採る有名SIerから仕事を奪い、しかも価格が大手の数分の1でそれでも当該スタートアップは十分に利益を確保しているようなケースも見聞きする。
ここまで述べてきたことをまとめると、SIer業界には①そもそも費用対効果の観点で正当化できない案件が存在し、また②(費用対効果の有無に限らず)新しいテクノロジーによってゼネコン方式よりもはるかに安くデリバーできる新興プレーヤーが出現している、という仮説が存在する。もし上記の仮説が正しかったとすれば、長期的には非効率は是正されるのであり、無駄なシステムはどんどんとなくなり、また伝統的SIerはどんどんビジネスを新興プレーヤーに奪われる筈である。少なくともそのような大きな流れは(仮説が正しければ)存在する筈である。
新興ITプレーヤーの中には「流行り物」のRPAやAI(厳密な意味ではAIであるものはほとんどないと思われるが)といった新しいテクノロジーを売りに大手企業に売り込みをして実際に成功している企業もある。しかし新しいテクノロジーはあくまでも顧客に入り込むキッカケにすぎず、本質的にはゼネコン方式よりも安く・良質のシステムを費用対効果が明確になっているから新興プレーヤーは受注できているのではないだろうか?もしそうであれば、私が新興プレーヤーの経営者であれば、まずは「流行り物」で顧客との関係を築き、顧客の中のITシステムの状況やニーズを把握し、その上で「流行り物」に限らず伝統的ゼネコン方式で導入・運用されていたシステムを自社の小回りの効く体制と新しいテクノロジー(「流行り物」のテクノロジーではない)で安く・良質の、そして費用対効果が明確なシステムで代替することを提案するだろう。つまりRPAやAIといったものは顧客へのエントリチケットのようなものであり、その後ろにあるシステムが新興プレーヤーと伝統的SIerとでシェアを奪い合う主戦場になるのではないだろうか。もちろん伝統的SIerも流行り物のテクノロジーや従来のシステムをより安く・効率的に提供できる体制を導入するだろうが、それは相撲取りが近代10種競技に転向するくらいの難易度があり、現在の体制では新興プレーヤーに立ち打ちするのは決して容易ではないと推測される。特に大手SIerのゼネコン方式のデリバリーのオペレーションは外部関係者も巻き込んでおり、かなり複雑でありその変更も簡単ではないだろうと予想される。
繰り返しになるがこれはあくまでも業界と関わりのない素人の仮説に過ぎず、現状認識や論理展開にも雑なところ・間違っているところもあるかもしれない。しかしこういった業界の大きな流れを仮説的にでも構築することは習慣として持っていて悪くはない筈である。