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デザイナー 増谷誠志郎 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.3-
デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーマガジン「com-plex」。
今回ご紹介するのは、SANAGI design studio(サナギデザインスタジオ)の増谷誠志郎さんです。増谷さんはデザインコンペでの受賞経歴を持ち、現在ではプロダクトデザインの商品開発などを手掛けています。今回は、増谷さんにものづくりに興味を持ったきっかけやアイデアの出し方、デザインに対する想いについて、お話を伺いました。
『生物から見た世界』(ユクスキュル著)
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――「SANAGI design studio」はいつ頃に発足しましたか?
「SANAGI design studio」(以下、SANAGI)が発足したのは、私がTDPを修了した年、2020年の9月です。TDP入学当初から同居していた井下恭介とのデザインユニットになります。井下は私の会社員時代に出会った友人で、同居する前の2年間、服飾を学ぶためにニューヨークにいました。私が愛知から上京するタイミングで、井下が帰国すると知り、「どうせなら一緒に住もうよ」となり、今があります。
――SANAGIとして、これまでにどのような活動を行ってきましたか?
はじめは、いろいろなデザインコンペに作品を応募しました。そのひとつに「東京ビジネスデザインアワード」というものがあります。そこで自分たちの作品「さかなかるた」が最優秀賞をいただきました。「さかなかるた」とは、42億色を表現できるオンデマンド印刷技術を使って、魚のカラフルな体を表現し、かるたにしたものです。SANAGIとしての本格的な活動はその頃からですね。また最近では、ブラックライトを照らすと絵柄が浮かび上がる特殊印刷を用いた、「化石みっけ」という体験型絵本&シールセットを制作しました。そのほかにも、紙幣専用のポチ袋「YEN HOME(エンホーム)」などの作品があります。この作品はちょうどコロナが流行し始めた時期に制作したもので、それを売ることで得たお金を、SANAGIの活動資金にしていました。
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――ユニット名に「SANAGI」を入れた理由を教えてください。
蛹(sanagi)は昆虫が成虫になる前の一時的な期間なのですが、成長すると美しい翅を持つ蝶にも、毒々しい模様の翅を持つ蛾にもなります。不完全だけど、何にでも変化する。そんな蛹が持つ特徴のように、柔軟で新しい視点でデザインを通して新たな価値を生み出したいという想いから、ユニット名に「SANAGI」を入れました。
ユクスキュルの『生物から見た世界』という本が好きで、そうしたところから「SANAGI」というワードが思い浮かんだのかもしれないです。その本には、私が長年疑問に感じていたことが書かれてあり、かなり驚かされました。
たとえばペットボトルを見るとしますよね。自分にはこういう形に見えるけど、他人から見たらまったく違うものに見えているんじゃないか。そんなことを小学生の頃から感じていたんです。でも、他人の視点なんか確認できないじゃないですか。だからずっと疑問のままだったのですが、『生物から見た世界』に私が感じていた感覚と同じことが書いてあったんです。ユクスキュルはダニを例にして、ダニには人間から見えているものを認知していない、ということが書いてありました。人間が岩や木を認知していても、ダニから見た世界には「岩」や「木」の概念がない。かなりざっくりですが、そういうことが書いてありました。それを読んだときに、私が長年疑問に感じていたことと、同じことを考えていた人がいたんだって思いました。
意匠性だけではなく、使った人にどんな感情を生ませるか
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――学生時代のことを聞かせてください。
中学生の頃から絵を描くことが好きでした。主に抽象画です。基本的にアクリル絵の具を使っていたのですが、ゴミを素材として使うこともありました。ゴミをボードに貼り付けたり、自由に制作していましたね。もちろん普通に描くことも好きですが、ゴミなどの素材でひとつの絵を完成させることに興味がありました。今だと「見立て」などと言語化できますが、当時、自分の中でおもしろいなと思ったものを制作していましたね。誰かに見せるわけでもなく、暇なときはずっと描いていました。
――高校時代はいかがでしたか?
ずっとものづくりが好きだったので、工業高校の電気科に進学しました。電気科では、主に電子回路の製作や電気工事について学びましたね。その後、工業高校を卒業して、愛知県の自動車メーカーに就職しました。その就職先には、人材育成の一環として企業内専門学校がありました。そこで1年間勉強したあとに企業の部署に配属されます。その学校では、主に機械や金属加工など、電気と異なる分野を学びました。
――学生時代から会社員時代にかけて「ものづくり」が中心にあった増谷さんですが、ものづくりに興味を持ったきっかけはありますか?
なんですかね……。ただ、原体験をたどってみたら、中学生の頃に読んだ漫画雑誌の最後のページに「KURU TOGA(クルトガ)」の広告が掲載されていたんですよ。書きながら芯がとがり続ける、あのシャープペンシルです。あれを見たときに、なんか心が揺らいだというか。「うわっ、めっちゃ欲しい」「触りたい」「書いてみたい」と思ったんです。すぐに母からお小遣いをもらって、買いに行きました。実際に書いてみると、機能性だけではなくて、それを使っていると勉強も楽しくなったんです。意匠性だけではなく、使った人にどんな感情を生ませるか。そのときが、ものづくりに興味を持ち始めたきっかけだと思います。
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「売る」という感覚
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――会社員時代に業務外で、ものづくり(デザイン)に関わることはありましたか
ファッションが好きで、ファッション好きの同僚と一緒に名古屋へ服を買いに行ったりしていましたね。あとは映像が好きな友人からもカッコイイ映像作品を教えてもらったり、そうしたクリエイティブにも興味を持ち始めました。ちなみに、その頃に出会ったのが今一緒に活動している井下です。彼はその頃から自分で服を作っていましたね。私も絵を描き続けていたので、そうしたつながりから、みんなで一緒にグループ展をしたいね、という話になりました。そこで友人らと名古屋で「枯木に花」というタイトルの展示を行いました。タイトルに深い意味はなかったんですけど、それぞれ自分の作品を展示しました。
――増谷さん自身に、個人的なテーマはありましたか?
私は「日常」をテーマにした絵を展示しました。道端を歩いていたおじさんがガムを吐いたシーンから作品を制作したり(笑)。そのとき、自分が感じたことを表現しましたね。主にアクリル絵の具を使った絵を7点ほど展示したのですが、資材を節約するために、ベニヤ板とかを買って、一畳くらいの作品を制作したりしました。
レンタルスペースを借りるところから、会場作り、フライヤー制作など、本当に素人ながらに「楽しいことしようよ」と集まってやりましたね。2日間開催して、お客さんは300人くらい来てくれました。
――その後、会社を退職して、デザインを学ぶために上京したのですか?
そうですね。会社には約4年間在籍していました。別に会社が嫌とかはありませんでした。ただ、自分の趣味や制作したものをどうすれば人が買ってくれるのか、そこに興味がわき始めたんです。グループ展を開催したときにはなかった「売る」という感覚ですね。そこで、いろいろ調べると「デザイン」というものがあることを知りました。アートとデザインの違いじゃないですが、デザインであれば仕事としてものづくりができるのではと思ったのです。そこで、会社を辞めてデザインを学ぶことを決意しました。
「魚を与えるのではなく、釣り方を教えよ」
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――デザインを学ぶためにTDPを選んだ理由を教えてください。
時間的な部分が選んだ理由です。美大など、3、4年制の学校は考えていませんでした。当時、年齢が23歳で「早くしないといけないな」という焦りも少しあって。そこで短期間でデザインを学べる学校もあると知りました。さらに、実践形式で学べるということ、そして学校に任せるだけでなく、自分でやることを重要とするスタンスに共感したからです。
私は1年制の「デジタルコミュニケーションデザイン総合コース」に入学しました。そのコースでは、グラフィックデザインとWebデザイン、あとはデザイン思考やブランディング等について学びました。課題もあり、平均して1ヶ月に1、2個の作品を制作していましたね。課題制作は大変でしたが、クラスメイトとも相談しながら制作していました。
――受講生時代に普段から考えていたことはありましたか?
本などから、世の中のデザイナーの考え方や作品のコンセプトなど、デザイン思考は意識して学ぼうと思っていましたね。あとは、クオリティーも気にするようにしていました。ほかの4年制大学の方と同じ土俵に立ったときに通用するクオリティーですね。そのことは、1年間ずっと考えて作品制作していました。
――講師の印象はどうでしたか?
グラフィックの先生が印象的でしたね。その先生はもちろんグラフィックのノウハウも教えてくれるのですが、それ以上に自分で考える術を教えてくれました。「魚を与えるのではなく、釣り方を教えよ」という考え方です。本当に強い武器を手に入れさせていただきました。
先日、その先生とお話する機会があったのですが、まだまだ敵わないなと思いましたね(笑)。やっぱりクリエイティブな方だと。普段の生活の中で、おもしろいことをよく見ているんだなと感じました。いろいろな先生がいらっしゃいましたが、その先生には一番感謝しています。尊敬しているデザイナーのひとりです。
莫大な量のインプット
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――TDPの課題制作では、大きな紙を使った作品を制作したと聞きました。
「一枚の紙から家具を作る」ことをテーマにした作品ですね。細かい計測はしていませんが、人が乗っても折れない程度の強度を持つイスを、折り紙構造を使って制作しました。グラフィックの授業だったので、周りのクラスメイトはパッケージデザインなどを制作していましたね。でも、先生が「何を作ってもいいよ」と言っていたので、印刷物を超えて、体験とか、驚きを意識しながら制作しました。当時、一枚の紙から立体物を作ることに惹かれていて、紙に折り目がついているだけで美しく感じていました。
――増谷さんは主にプロダクトデザインの分野で活躍されていますが、いわゆるグラフィックやWeb制作の道へ進むつもりはなかったのですか?
幅広くやりたいというか、自分の性格上、飽き性で(笑)。あくまでも手段として、グラフィックやWebのスキルを活用したい気持ちが強いですね。工業高校や会社員時代で、ものづくりに触れてきたことも、プロダクトデザインの制作物が多い理由かもしれないです。あとは、会社員時代に作業効率化を図るための改善案を毎月提出する必要があって、そうした経験は今のプロダクトデザインの仕事につながっていると思います。ちょっとした発想の起点とか、アイデアを考えることは好きですね。
――デザインを制作する上で必要なことはなんだと思いますか?
人がどのように感じるかを起点に考えますね。人がものを見たり手に取ったりしたときに、どういった感情にさせたいのか。そこは意識しています。そして、自分たちが一番欲しいものやおもしろいと感じるものを考えるようにしています。自分たちが心躍るか、ですね。
――心躍るアイデアはどのように生み出していますか?
たとえば、アイデアのひとつのワードとして「触って楽しい」だけではなく、「触って楽しい○○」のように、アイデア出しの時点で作品の最終段階まで考えています。以前はひとつのワードでアイデア出しを行っていましたが、それでは間に合わないと感じていて。今では最終段階の形をスケッチしながら、アイデア出しを行っています。「さかなかるた」も商品化したときとアイデア出しのときとではほとんど変わっていません。
ただ、このアイデア出しには莫大な量のインプットを必要とします。自分は天才でもなんでもないので、だからこそ、いろいろなものを見たり聞いたりしていますね。今でも、展示会や美術館へ行くなど、インプットは欠かせません。インターネットでも調べたりしますが、できる限り自分で体験するようにしています。
――もし、似たようなアイデアを見つけてしまったら?
その案は捨てますね。最終的に似たような商品を出してしまうと、権利絡みのことが出てくるので、似たようなものは作らないようにしています。ただし、ほかの分野で作られているものを、別の分野に取り入れることはあります。でも、莫大な量のリサーチはちゃんとしています。
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とりあえずやる、失敗する、それでもやり続ける
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――増谷さんはデザインをどのように捉えていますか?
偉そうに語れるほどのキャリアでもないし、人間でもないですが、デザインは「気づいたらあるもの」だと、今はそう思っています。意識させないようにすること。気づいたらデザインされていた。「さかなかるた」もデザインしないデザインをテーマにしています。デザインを加えるけれども、どこまで自然のままで表現できるか。気づいたらそこにあるもの。それが一番なのかなって思います。
――今後のキャリアについて聞かせてください。
今後挑戦したいことは、自社ブランドを出すことです。今は企業の方々とお仕事をさせていただいていますが、それに加えて、自分たちでプロダクトを作って、ものを売るのか、サービスなのか、といったところをやっていきたいですね。それをやっていかないと、もうひとつ上のフェーズには行けないと思います。作りたいものもめっちゃありますし(笑)。
――最後にTDPへの入学を検討している方や受講生にコメントをお願いします。
自分がおもしろいと思うことを優先してやる。そして「とりあえずやる」ですね。とりあえずやる、失敗する、それでもやり続ける。この流れを大事にしていたら、なんとかうまいこといくんじゃないかと思います。私も死ぬほどコンペに落ちましたが、それでもやり続けました。ひとつのコンペに最低でも30案は出しています。私もまだまだですが、「とりあえずやる」ことを意識し、実際にやり続けてきたことは今につながっていると思います。
――増谷さん、本日はありがとうございました。
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今回のインタビューでは、ものづくりに興味を持ったきっかけやアイデアの出し方、デザインに対する想いなどについて、増谷さんに伺いました。
TDP修了後、間もなく独立し、プロダクトデザインを中心にデザインコンペ受賞などの経歴を持つ増谷さん。それは、失敗してもやり続けるものづくりに対する想い、そして数え切れないほどのインプットがあってこそ。自身の原体験やこれまでの経験をデザイン制作に活かしていく増谷さんの姿は、デザイナーを志す者にとって、どう行動するべきかのヒントになるのではないでしょうか。
次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきたいと思います。
◇「さかなかるた」公式サイト:https://sakanakaruta.jp
◇「化石みっけ」公式サイト:https://kasekimikke.com
◇増谷誠志郎さんのSNSアカウント:
https://www.instagram.com/seishiro_masutani/
[取材・文]岡部悟志(TDP修了生) [写真]前田智広