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カレル・マルテンス展「Tokyo Papers」前編

2022年の6月から7月にかけて開催された展示「Tokyo Papers」。

本展は、オランダのグラフィックデザイナーでありタイポグラファーであるカレル・マルテンス氏が2019年から2020年にかけて制作した「Tokyo Papers」の作品の中から32枚のオリジナルプリントを日本で初めて展示したプロジェクトとなりました。

東京デザインプレックス研究所グラフィックデザイン専攻、梅津直之講師が窓口となり、実現した本展示会。この度、このプロジェクトに発案段階から大きく関わった本校修了生3名にインタビューを実施しました。

インタビューの様子を前後編に分けてお届けします。
(後編はこちら

「Tokyo Papers」
「Tokyo Papers」はカレル氏が友人から日本のタバコ買受伝票を偶然にも譲り受けたことから始まります。カレル氏はこれらの伝票に自らのグラフィックをプリントすることで「2つの世界が出会う場所」と表現しました。東京から遠く離れたアムステルダムにいるカレル氏の手によって新たな作品に生まれ変わり、再び東京の地へ舞い戻ってきたタバコの買受伝票の背景にも思いを馳せながら、カレル氏のオリジナルプリント作品を楽しめる日本初の展示となりました。




プロフェッショナルラボ

カレル・マルテンス展 プロジェクトメンバー
(左から)横山菜摘さん、新野拓巳さん、川向勇人さん

プロフェッショナルラボ
才能溢れる受講生が集う、東京デザインプレックス研究所のコンテンツファクトリー。試験により選抜された研究生は、仲間たちと切磋琢磨しながら実績と自信を積み重ねていきます。ゼミ形式で実践的な内容となり、全員で産学協同に取り組みます。

――みなさんが、プロフェッショナルラボへ参加した経緯を教えてください。

川向:2021年のプロフェッショナルラボは梅津直之先生が主体となって開催されました。先生には、グラフィックデザインの授業でもお世話になっていました。そこでの授業は学びが多く、とても濃密な時間に感じていました。その先生がTDPで主催する企画。しかも、カレル・マルテンス氏の展示会です。カレル氏のことは、授業で学んでファンになりましたし、世界的に偉大なデザイナーです。そのような方と携われるのは、大きなチャンスですから。展示会の企画・運営の募集告知が来たとき、すぐに応募しました。

――横山さんも梅津先生の授業を受講されていましたよね。

横山:そうですね。私も先生の話を通して、カレル氏がグラフィックデザインの最先端を走り続けているということを知りました。自分が尊敬するデザイナーの個展に、プロフェッショナルラボで携われる可能性がある。そこに魅力を感じ、私も真っ先に応募しました。

――新野さんは、今回の企画に応募したきっかけは何だったのでしょうか?

新野:カレル・マルテンス氏のことは以前から知っており、その方に携われることが応募したきっかけです。それと今回の企画はTDPが主催する”ラボ”のひとつということです。私は以前にTDPが主催する別のラボにも参加していたので、「これも参加しよう」という気持ちもありましたね。


理想の展示場を求めて

――「Tokyo Papers」の企画はどのように進められましたか?

横山:まずは、梅津先生とカレル氏の企画の概要を知ることから始まりました。当初、東京で「Tokyo Papers」を展示するということ以外は一から決めていく段階でした。展示場をどこにするのか。どのようにPRしていくのか。そもそも、どのような個展を行うのか。先生と私たちで何度も話し合い、カレル氏に提案をしていきながら、ひとつひとつ決めていきました。

展示場については、いわゆるホワイトキューブのようなギャラリーではなく、カレル氏の世界観や「Tokyo Papers」のコンセプトに合う場所はどこか、あらゆる角度で探しました。通常ではギャラリーとして使われないような廃工場やパブリックスペースなどが当初候補に上がっていて、自ら足を運んで探したり交渉したりしました。

新野:その結果、「Karimoku Commons Tokyo」の1Fが展示場になりました。閑静な住宅街の中に位置していることや、大きなガラスの入り口から室内に日の光が差し込むさまをカレル氏は気に入ってくれたようです。


先が見えない状況での模索

――展示場を探す以外に、大変だったことはありますか?

横山:展示場の候補先に提案するための資料作成が、最初の段階で大変だったことの一つでした。工場等での展示を断念したとき、自治体が運営する公園や役所、図書館など、日常の中にある場所で展示するアイディアが出ました。その場合、自治体に対して提案資料を作成することになります。カレル氏のことを全く知らない方へ提案する可能性があったので、カレル氏についてや今回の展示についてわかりやすく伝えることが大変でした。

川向:先生のアドバイスを資料に反映させることも難しかったよね。

横山:うん。先生からいただいたアドバイスもうまく消化できず、当初はもどかしかったよね。私たち3人は展示を企画すること自体が初めての経験だったので、何が良くて何が良くないのかもわからずで…。

みんなが答えのない中で制作していて、だから「なんか、ちょっと違うよね」といった意見はたくさん出てくる。先が見えない状況で模索していたことが、全ての段階を通していちばん大変でしたね。でも、「展示会って、こういうものなのかな」とも思いました。特に偉大なアーティストだと、こういうことが頻繁にあるのかな、と。

――資料作成に限らず、企画を進める上でカレル・マルテンスという人物の理解も必要ですよね。

横山:生半可な知識だと、カレル氏に失礼になりますから、インプットすることは必要な時間でした。カレル氏に関する本や雑誌の特集、WEBにある情報を英語でも日本語でも、すべて読みました。YouTubeにアップされていたインタビュー動画も見ましたね。

新野:各々が調べたカレル氏の情報も共有していました。

川向:カレル氏についての知識は、作品のキャプションなどを作成するにあたって、よく調べる作業が必要でした。そして、知れば知るほどカレル氏のデザインへのこだわりや哲学は、深く難しいと感じました。

 

一流を一流のまま

――展示会にかけた想いを聞かせてください。

新野:「Tokyo Papers」という作品の魅力が、ダイレクトに伝わってほしいという想いでした。「Tokyo Papers」は表と裏の両面から見られるのですが、それがきちんと伝わるように、アクリル板を使って作品の展示構成を工夫しましたね。あくまでもカレル氏の個展なので、作品に対してプラスもマイナスもあってはならない。作品そのままが伝わるように心がけました。

――横山さんと川向さんはいかがですか?

横山:絶対に下手なことはできないというか。一流のデザイナーの作品をしっかりと、一流のまま見せる。そういう意気込みでいました。カレル氏の作品に関係のない部分、特に作品に至るまでの過程ですね。たとえば、私たちが制作するSNSに載せる写真やキャプション、あるいは配布するDM(ダイレクトメール)などです。そのデザインを見て、「行く価値がない」と思われると、カレル氏の作品を見てもらえなくなります。一流のデザイナーの作品に対して、そのままを多くの方に伝えられるように考えて制作を行いました。

川向:私も新野さんや横山さんと同じ気持ちで、作品の魅力をそのまま、きちんと伝えたいという想いでした。あとは、デザイン業界では有名なカレル氏の展示会が日本で開催されるということで、学生の方にも来場してほしいと思っていましたね。いい刺激を受けてもらいたいな、と。実際に学生の方が来てくれたときは、すごく嬉しかったです。カレル氏の魅力をちゃんと伝えたいなと思って、スタッフとして接客もしました。


教科書通りにできないもどかしさ

制作したDMデザイン

――今回の企画で学びはありましたか?

川向:私がDMのデザイン案を制作する際、先生から「カレル・マルテンス氏の名前を目立たせるように」という要望を受けました。デザインする際に何かを目立たせようとする時には、紙面のコントラストを強くすれば目立つという認識がありました。そこで「カレル・マルテンス」の名前を90度縦回転した案を出したんです。すると、厳しい意見が返ってきました。

カレル氏ほどの名前を安易に縦回転して目立たせようとするのは失礼にあたります。縦回転にすると、逆に読みづらくなる。理由もなく縦回転にする必要もないと。デザイン制作時はクライアントに敬意を払い、よく考慮してデザインするようにとのご指摘をいただきました。

横山:私たちも、学生から抜け出したばかりの新人デザイナーで、一流と仕事することが何なのか全然わかっていませんでした。今回の企画を通して、何をすべきか、何をしてはいけないのか、とても勉強になりました。

川向:あれ以降、タイポグラフィーのレイアウトに関して、よく考えるようになりましたね。

新野:確かにDMデザインに対する先生からのフィードバックは参考になることばかりでしたが、その反面応えるには難しさを感じましたね。通常のクライアントワークとは少し違いますし、その中で期待を超えていかなければいけない。あとは、カレル氏の文字の組み方も勉強になりました。たとえば、一文の途中でいきなり改行して文字の谷間を作る。その考え方や哲学については、自分なりに「そういうことをしてもいいんだ」という発見もありました。

――カレル氏のデザインには、意図的にセオリーを変えるものも多いですよね。

川向:なかなか教科書通りにできないもどかしさはありましたね。

横山:でも、基本ができてこそ、カレル氏のようなこだわりの見せ方があると思います。あらためて基礎が大切だと実感しました。

>>後編へつづく

カレル・マルテンス展 プロジェクトメンバー

横山 菜摘
グラフィック/DTP専攻 修了
大学卒業後、IT企業に入社。その業務の中でグラフィックデザインと出会い、自身の「好きなこと・得意なこと・興味のあること」全てがグラフィックデザインにあることを知る。その後グラフィックデザイナーになることを志し、2020年、東京デザインプレックス研究所に入学。働きながらグラフィックデザインを学ぶ。修了後、フリーランスデザイナーとして活動しながら、友人とデザインユニット「be design studio」を設立しクライアントワークやオリジナルグッズの製作販売を行う。海外のデザイン業界にて活動するため、2022年にオーストラリアのメルボルンへ移住。

新野 拓巳
デジタルコミュニケーションデザイン専攻 修了
高校卒業後、音楽専門学校に通いつつミュージシャンとして精力的に活動。アルバムジャケット等を自主制作していたことからデザインに興味を持ち、東京デザインプレックス研究所に入学。在学時にはこころまちラボ、フューチャーデザインラボ、プロフェッショナルラボに参加。修了後はフリーランスとしてクライアントワークに取り組み、グラフィックやWeb、空間、エキシビション等幅広くデザインを手掛ける。現在はTakram Japan株式会社に勤務。

川向 勇人
グラフィック/DTP専攻 修了
尊敬するアートディレクターが手掛けたブランドのディレクションを見たことを機に、自分もアートディレクターになる決意をし、2020年、東京デザインプレックス研究所に入学。2022年に前職場、自動車メーカーを退職後、プロフェッショナルラボでの活動を経て、現在は渋谷のアートギャラリー兼デザインスタジオ「True Romance Art Projects」にグラフィックデザイナー・ギャラリースタッフとして勤務。2021年、JAGDA 国際学生ポスターアワード入選。