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デザイナー 荒岡碧 -TDP生のストーリーマガジン【com-plex】 Vol.8-

デザインだけではない、これまでの経験が活きていく。東京デザインプレックス研究所の修了生を追ったストーリーマガジン「com-plex」。

今回ご紹介するのは、デザイナーの荒岡碧さんです。荒岡さんはロゴやパッケージなどのグラフィックデザインからプロダクトデザインまで幅広く携わりながら、表現者として音楽活動も行っています。今回は、荒岡さんにこれまでに手掛けてきたデザインやデザイナーに求められるスキル、今後の展望などについてお話を伺いました。



自分のデザインが認められた

デザイナー 荒岡碧さん

——荒岡さんの仕事について聞かせてください。

主に美容系のチラシや商品のパッケージなど、販促物のデザインを手掛けています。また、デザイン制作の実作業のほかにも、コンセプトの段階からクライアントとともに制作を進める、アートディレクターとしても活動しています。自分でイラストを描くことができるので、その点も強みになっていると思います。

——現在はフリーランスで活躍されていますが、独立されたのはいつ頃ですか?

デザインの仕事を始めてから5年目に独立しました。独立前は主にプロダクトを手掛けるデザイン会社に勤めていました。そこではスマホケースの制作がもっとも多く、企画からデザイン、イラスト制作までのすべてを担当していました。ほかにも、経験のなかったテキスタイルデザインなど、幅広くデザインに携わりましたね。

——独立前に何か印象的な仕事はありましたか?

上司から一度、自由にスマホケースを作っていいと言われたので、耳としっぽの付いたネコの立体ケースを作ったんです。それが発売してすぐに爆発的に売れ出して……。SNSでバズり、テレビでも特集が組まれたりして、本当に感動しましたね。自分が表現したものが世の中に認められたと感じて、自信につながりました。

猫をモチーフにしたスマホケース「Tassel Tail Cat」


遠慮しないで聞く

これまでに手掛けてきた数々のデザイン

——独立前は幅広くデザインに携わっていたということですが、スマホケース以外にも何か印象的な制作はありましたか?

伝統的な手法と現代のデザインをいかに掛け合わせるか、ということに挑戦していた会社だったので、本当にいろいろな制作を行いましたね。たとえば、「再織(シェニール織)」という特殊な織り方のパイル織物を取り入れたタオルハンカチをデザインしたことがあります。「再織」は、一度織り上げた生地をタテに細く裁断し、モール状の糸を作った後、横糸に使用して再度織り上げる手法です。この案件では伝統的な手法をモダンに落としていくことはもちろんのこと、特にコミュニケーションの必要性を学びました。

再織という手法を取り入れ、モロッコ柄を表現した「MOR CHENILLE HANDKERCHIEF TOWEL」

——具体的にはどのような学びを得ましたか?

ものづくりに特化したことですが、実際にプロダクトを製作する工場の得意不得意を深いところまで探ることはとても大切なことだと学びました。実際にはどれほどの技術があるのか、それは現場の職人さんに聞かなければわからないことなので、遠慮しないで人に聞く。多少強引でもそのコミュニケーションがなければ、現場の技術を最大限に生かすことができないと思います。

——実際には高いスキルを持つ技術者がいたとしても、そのスキルを活かしきれないのはもったいないことですね。

そうなんです。以前、ボトルに印刷するロゴをデザインしたとき、依頼した印刷会社の公式ホームページに記載されていたボトルへの印刷可能な加工範囲が、私のイメージしていた範囲よりも5mmほど小さかったんです。でも、その5mmがどうしても妥協できなくて……。

——やはり5mmの違いは大きいですか?

全然違いますね。5mmの違いでデザインがチープに見えてしまうんです。どうしても妥協できなかったので、すぐに印刷会社の担当者に問い合わせてみました。それから現場の方にも相談してみたんです。すると、実際には規定範囲を超えた加工も可能だということがわかりました。そのときはほっとしましたね。少し強引だったかもしれませんが、担当者や現場の方から何も聞かずにあきらめてしまうのではなく、まずは話を聞くこと。いいものを作りたいという想いはきっと、現場のみなさんにも伝わるはずです。

5mmにこだわったボトルデザイン


観察者の視点

ライブでパフォーマンスする様子

——音楽活動も行っているとお聞きしました。

いまはソロで活動しています。アーティストとして表立って活動するようになったのは2017年頃からで、それ以前は裏方として、CDジャケットの制作や撮影などを手伝っていました。当時はTDP入学前だったのでIllustratorなどのデザインソフトが使えず、Windowsのペイントで制作していました。

——表現者として、表舞台に出るきっかけは何だったのでしょうか?

以前から、自分で作詞作曲したいという欲はありました。デザインやイラストもそうですが、いろんなことをやってみたいんです。人が見るものを作りたいし、人が聞くものも作りたい。強欲かもしれませんが、そんな想いから自分でも音楽制作を始めるようになりました。

——音楽制作において大事にしていることはありますか?

観察者の視点を大事にしています。自分があるものを観察したときに感じたことを別のかたちに落とし込む。これはデザインの表現とはまったく別で、私の怒りの表出なんです。たとえば、以前に「レンタルペットあります」という看板を見たんですけど、ペットを貸し出すという考え方が許せなくて怒り狂って歌詞を書くとか、そんな感じで制作しています(笑)。でも、このように何かを感じ取って表現することは、私にとっては自然なことで、絵を描くことが大好きだった子どもの頃から変わっていないと思います。


カッコイイだけがデザインではない

スターバックス時代に描いたチョークアート

——以前、カフェのチョークアートを描かれていたんですよね?

はい。デザイン業界に入る前はスターバックスに勤めていたのですが、そこでは新作商品が出るたびに、店内の大きな看板に商品の広告として、イラストを描かせてもらっていました。その看板の写真をFacebookに載せていたところ、「新しくデザイン会社を立ち上げるから来てくれないか」と、投稿を見た方からお誘いをいただき、デザイナーとしての転職につながりました。

——そんなことがあるんですね! SNSに作品を投稿することは重要なことかもしれませんね。

ポートフォリオ感覚でSNSに自身の作品を投稿することは大切だと思います。最近は新しいクライアントとの商談時に、SNSアカウントの有無を聞かれることも多くなりました。私自身、頻繁にSNSへ投稿するタイプではないのですが、今はできる限り投稿するように心掛けています。

——荒岡さんはスターバックス在籍時にTDPへ入学したとのことですが、入学のきっかけは何だったのでしょうか。

当時はスターバックスの看板に毎月のようにイラストを書いていましたが、ただ好きな絵を描いていただけでした。でも、あるとき店長から「売上を伸ばす絵は描けないか」と言われたんです。いや、そんなことを言われても……と思いましたが、試しに調べてみると、世間にはグラフィックデザインという仕事があることを知りました。それからグラフィックデザインを学べる専門学校を調べたらTDPが出てきて、たまたま知人にTDPの卒業生がいたので相談して、入学することに決めました。

——TDP在学時、印象に残っている授業はありますか?

チラシ制作の授業は印象に残っていますね。チラシの機能を考えながら制作するという内容でしたが、そもそも”機能するチラシ”という考え方が当時の私にとっては衝撃的でした。カッコイイだけがデザインではなく、カフェチラシであれば、お客さまにどのように正確に情報を伝えるのか、どうすればお店に来てくれるのか、チラシを手に取った方の目線に立って考える。そこではじめてデザインというものを学びましたね。

——授業を受けたことで、ご自身の作品に変化は生まれましたか?

大きく変わりました。それこそスターバックスの新商品が出たとき、商品の広告を制作するつもりで看板にイラストを描きました。ただ描きたいイラストではなく、新しい商品を認知してもらうことを第一に描きました。認知さえしてもらえれば、あとはスタッフによるコミュニケーションで売上は伸びるはず——。それがズバリ的中して、売上はグーンと伸びました。イラストがSNSによって拡散されたことも売上が伸びた要因ですね。そのとき、数字として成果がはっきりと出て、デザインの大切さを肌で感じました。


リミッターを外す

荒岡さんがデザインした美容鍼灸専門院「銀座ハリッチ」の化粧品パッケージ

——今後の展望を聞かせてください。

デザイナーとしての活動と、表現者としての音楽活動を一つにまとめようと考えています。最近、動画制作の仕事もいただけるようになってきたのですが、その動画にフリー音源ではなく、自分が制作した音源を使えるようにしたいんです。フリー音源を使用した動画をSNS等に投稿すると、どうしても音源元と紐づけされることがあります。それはクライアントのブランドにとってはあまりよくない。そうではなく音源からオリジナルで制作したほうが、よりブランドのイメージが確立できるはずです。ただし、デザインと音楽の一本化は簡単なことではないため、長期的に取り組んでいきたいと思います。

――最後にTDPへの入学を検討している方にコメントをお願いします。

最初は知識をつめ込むことでいっぱいだと思います。でも、アウトプットする上ではリミッターをつけないように意識してみてください。「私だったら……」みたいな価値観は取っ払って、なんでもやってみること。これは会社員時代の先輩から言われた言葉ですが、「デザイナーはカメレオン」なんです。自分の価値観で作品に制限をかけてしまえば、いいデザインはできないと思います。デザイナーはリミッターを外して、カメレオンになる。それを意識しながらデザインに取り組んでいただければと思います。

あとは、メリハリをつけることですね。TDPの講師から「深夜になると、デザイナーは脳から変な汁が出る」と聞いたことがあります(笑)。その状態で制作してもいいものはできないから寝ろ、ということですね。きちんとメリハリをつけて作業することも大事なことだと思います。

――荒岡さん、本日はありがとうございました。 


今回のインタビューでは、これまでに手掛けてきた商品やデザイナーに求められるスキル、今後の展望などについて、荒岡さんに伺いました。

デザイナーとして、イラストレーターとして、そしてミュージシャンとして、幅広く活動する荒岡さん。現在では動画制作にも携わり、さらに活動の幅を広げている姿から、荒岡さんの底知れぬエネルギーを感じました。今後の活躍にますます期待です。

次回も、今まさに現場で活躍しているTDP修了生にお話を伺っていきたいと思います。

◇荒岡碧さんのInstagram
 デザインアカウント
 https://www.instagram.com/mimimin.art/
 音楽アカウント
 https://www.instagram.com/mimi_velonicalmode/

[取材・文]岡部悟志(TDP修了生)、土屋真子
[写真]前田智広