「死のリデザイン」 さだまらないオバケ
東京デザインプレックス研究所のラボラトリー、フューチャーデザインラボ発のプロジェクトユニット「さだまらないオバケ」にインタビューしました。
「さだまらないオバケ」は死のリデザインをテーマに、「死への向き合い方をデザインの力で変える」ことを目的としたプロジェクトです。オリジナルプロダクトの制作に加え、社会・生活福祉研究機関や医療・葬儀用品企業とのコラボレーションなど精力的に活動しています。
そんな彼女たちにプロジェクトの取り組みや、結成当初のラボ時代のお話などを伺いました。
死のリデザイン
――「さだまらないオバケ」のコンセプトを教えてください。
Koudo Mizuki:コンセプトは「死のリデザイン」です。デザインの力で死に関するネガティブなイメージを、もう少しフラットな印象に変えていくことを目的としています。死と向き合うことで、今を生きることを充実させ、生きる希望を持ってもらえるような活動を行っています。
Matsumoto Sakiko:日本では「死」はネガティブで話してはいけないものだと捉えられる傾向にあります。その考え方を変えていくことが、「死のリデザイン」の根幹にあります。
Koudo:死を前向きに柔らかく捉え、ちょっとでも向き合ってみようかな、と思えるきっかけになればと思っています。
――具体的にはどういった活動をしていますか?
Matsumoto:現在、故人に対する“もやもや”とした気持ちを整理したい方に向けた「ひきだしノート」と、みんなで故人の思い出を語り合うことで“もやもや”とした気持ちを発散する「ひきだしカードゲーム『ソラがハレるまで』」を販売しています。その他にも、商品を活用した企画イベントや死生観をカジュアルに語り合う「デス・スナック」の開催、エンディング業界の企業とのコラボレーションなどを行っています。
Koudo:「ひきだしノート」と「ひきだしカードゲーム」は、東京デザインプレックス研究所(以下、TDP)主催の「フューチャーデザインラボ」から生まれたプロダクトになります。ラボでは、社会問題をデザインの力で解決することを目的としており、各チームがテーマを決めて企画からプレゼンまでを行います。
そのときに私たちのチームが決めたテーマが「グリーフケア*」です。当時、メンバーの中には当事者意識を持つ人もいて、自分の家族や周りの人たちが死から目を背けてしまっている現状を知りました。それによって抱える心の負担は大きく、私たちはケアの必要性について話し合いました。そして、その心のケアは心療内科にかかる選択肢とは別の、誰もが気軽に手に取って使えるものがいいのではないかと思い、ひきだしノートとひきだしカードゲームの制作が始まりました。
*グリーフケア……死別による深い悲しみを抱える遺族に寄り添い、サポートすること。
――活動を始める前からグリーフケアという言葉を知っていましたか?
Koudo:まったく知りませんでした。ラボでは企画立案から始まりますが、スムーズにいかず、企画を提出しては先生方から戻されることの繰り返しでした。そんな中、TDPスタッフの方から、「母の遺品を整理しているけど、どうしても捨てられない」というお話を伺ったんです。その遺品をデザインの力でどうにかできないかと考えたんです。それからすぐに遺品回収業者やお坊さん、業界に関わる方の話をたくさん聞きに行きました。
その中で、遺品をどうにかすることよりも、遺品を捨てることのできない“遺族の心”に何かしら解決しなければならない問題があると気づきました。そのときに初めて、その問題が「グリーフケア」にかかわるものだと知りました。
生きる希望へと変える
――「ひきだしノート」や「ひきだしカードゲーム」の制作において、具体的にはどのようなことを話し合いましたか?
Matsumoto:話し合いの中では、専門家ではない私たちだからこそ、できることがあると考えました。病院にかかるほどではないけれど、悲しみをためこんでいる。そうした方に向けたケアが必要であり、私たち自身も当事者なんじゃないのか、と。そこから身近に感じられるようなプロダクトを制作することにしました。
Cho Eo:日本では、どうしても亡くなった人の話は避けられる傾向にあります。亡くなった人のことを話したいと思っても周りが気を遣い、その想いを察してあげられない。そうではなく、少しずつでも死をタブー視しない世の中にできれば、グリーフケアにも未来があると考えました。
そもそも、さだまらないオバケの活動は“生きる”ことにフォーカスを当てています。亡くなった人のためというよりは、自分が生きていくためのものです。故人と向き合うことで自分とも向き合う。ひきだしノートやひきだしカードゲームは、そのきっかけのひとつです。
――それぞれのプロダクトはどのようなものでしょうか?
Koudo:ひきだしノートには、「故人への想いを引き出し、今を生きる希望を引き出す」というキャッチコピーがあります。自分の想いに向き合いたい人に向けたもので、6つのワークが用意されています。最初は思いのまま、故人への想いや感情をノートに書いてもらいます。
そうすることで少しずつ心の整理をしていき、故人との大切な時間や、故人が自分にとってどのような存在だったかを思い出すことができます。それから「あの人から学んだことって何だったんだろう」という、自分のことへと変換していきます。
自分はどう生きていきたいのか。何をしていきたいのか。故人に向き合うことから始まり、最後は自分の生きがいや希望を見出すようなノートになっています。
――「ひきだしカードゲーム」はどのようなプロダクトですか?
Koudo:共通の故人がいる家族や友人どうしで遊ぶもので、「よく着ていた服は?」や「○○オタクだった!」など、カードに書かれたお題をもとに、故人との思い出を語り合うゲームとなります。このゲームのポイントは、故人との共通の思い出を語るだけでなく、一人ひとりが持つ故人との思い出を語ることにあります。自分が知らない故人の意外な一面を知ることもできるため、亡くなったあとも故人との新しい出会いを大切にすることができます。
――悲しみを解決するためには、故人と向き合うことは大切ですか?
Koudo:もちろん時間が解決してくれることもあると思います。しかし、無理に故人のことを忘れようとしたり、思い出さないようにするよりは、その人とのかけがえのない時間を思い出すことのほうが大切だと思います。悲しみのままで終わらせるのではなく、故人との楽しかった思い出や生きてきた証を、自分の生きる希望へと変えるきっかけにしてもらえたらいいなと思っています。
――グリーフケアの普及がなかなか進んでいない日本において、どのように社会へアプローチしていくのでしょうか?
Cho:欧米を中心にグリーフケアに取り組んでいる国は多く、自治体とも連携されていますが、日本はまだまだ普及していないため、その状況で自治体へ呼びかけることは難しいと考えています。そうした現状ですが、私たちの活動はグリーフケアに取り組むハードルを下げたいという想いから始まっています。
現在、先ほど紹介したプロダクトの他にも、死生観を気軽に語り合う場「デス・スナック」の開催や故人との思い出を引き出す弔いのための体験型お菓子「雲もなか」など、さまざまなイベントからグリーフケアが広がりつつあると感じています。
そこからさらに広げていくためには、デザインから興味を持ってもらうことが大事だと思います。「死は怖いもの」という概念を取り払うため、まずは「かわいい」「オシャレ」と感じてもらえるように、デザイン性を持たせながら、みんなに寄り添う形でちょっとずつ広めていく。すぐには広がらないと思いますが、親しみやすいニュアンスで伝えるのが重要かなと思っています。
未来に向けたものではなく、回帰するということ
――コロナ禍で葬儀の形式は変化してきました。みなさんは葬儀の変化をどのように見ていますか?
Cho:葬儀は、簡素化が進んでいるように感じています。「もうお墓はいらないよね」「家族葬でいいよね」など、どんどん規模が小さくなっています。確かにそれが今の時代にあった形かもしれません。
しかし、これ以上簡素化が進むと、ハートが置いていかれるような気がしています。何も考えずに、ただ時代の流れに乗ってしまえば、そうした形だけの葬儀になってしまう。私たちはAIでもロボットでもなく、ハートを持った人間であり、グリーフケアという言葉があるように、ハートのケアは必要です。
故人との最期の時間を作ってあげなければ、人間ではなくなってしまうんじゃないか。それは本当に冷たい未来だと思います。エンディング業界の方もそんな未来は望んでいないはずです。実際にそういう状況を変えたいと手を挙げている企業の方もたくさんいます。そうした方とタッグを組んで、ハートに寄り添う場所を作っていきたいですね。
――人に寄り添いながらも、葬儀を新しい形に変えていくということですね。
Matsumoto:そうですね。ただ、私たちはこれまでの文化を壊したいわけではありません。それって本当に必要なんだっけとか、これってなんであるんだろうとか。その根本から考えていきたいと思っています。そうした考えから、ひきだしノートやひきだしカードゲームなどは自分たちと同じ世代の子たちが使うことを想定して制作しています。
自分たちと遠いところではイメージがつかないんですよ。私たちは何が欲しいのか。葬儀やプロダクトなど、まずは自分たちをターゲットにすることで必要なものが見えてくると思います。
Koudo:自分たちと同じミレニアル世代やそれよりも下のZ世代など、若い世代はまだ死の固定観念が強くありません。そうした人たちにデザインで訴えかけていけば、日本人の死への向き合い方が変わるきっかけになるかもしれません。日本はこれから多死社会へと向かっていきます。私たち自身、死を受け止めていく機会が増えるはずなので、若い世代が死について考えることが必要になると思います。
Cho:葬儀や四十九日、お盆などは故人を思い出す大切な時間であり、やさしい時間だということを知ってほしいです。それが現代に合っていなければ、新しい形に変換してあげる。そうすれば、葬儀などの故人を想う形は縮小されないような気がします。その新しい形に変換することが私たちの活動であり、それは未来に向けたものではなく、回帰するということだと感じています。
過去に戻って再定義
――みなさんがフューチャーデザインラボへ参加したきっかけを教えてください。
Koudo:正直なところ、ソーシャルデザインに興味があったわけではありません。ただ、デザインを仕事にするとき、デザイン事務所に入るというよりは、自分で企画を考えたいと思っていました。ラボではそうした企画からすべてを学ぶことができると思い、応募しました。
Matsumoto:私は、そもそもデザイナーになるためではなく、自分の感性でいいな、悪いなと感じたことを説明できるようになりたくてTDPに入学しました。だから、特に大きな目標があったわけではありません。ただ、物事を考えることは好きだったので、社会問題について考えるきっかけとしてラボに応募しました。
Cho:私は、グラフィック&DTPデザインコースの受講中にラボへ応募しました。当時はまだデザインソフトも使えない状態でしたが、ラボに参加すればクリエイティブになれると思い応募しました。実際に参加してみると、グラフィック/DTP専攻や商空間デザイン専攻など、さまざまな専攻の方がいました。
また、チームによっては必ずしもグラフィックができる人がいるわけではないため、チラシを制作するときなど、大変な場合もあります。ただ、チームで協力して制作する過程がとっても楽しくて、「やっぱりデザインが好きだな」という想いがどんどん積み重なっていきましたね。
――みんなで一つの目標に向かって動くことは、制作の原動力になりますか?
Cho:原動力になると思います。ただし、常にチームを同じ方向に向かせることは難しく、また重要なことでもあります。一般的にチームの方向性をまとめるのはリーダーの役割だと思いますが、私たちの場合はリーダーを決めず、できる限りみんなで話し合って、必ず全員が同意するまで先に進めないことにしました。もちろん反対意見も出てきます。その場合はさまざまな選択肢を用意しつつ、全員が公平な立場で話し合い、慎重に進めていきました。この方法にかなりの時間がかかるため、直接会って話せないときでもメッセージアプリを利用して情報を共有していました。
Matsumoto:当時を振り返ると、最初に自分の苦手なものとか、パーソナルな部分を話し合ったのがよかったのかなと思います。やっぱりその人の苦手なことがわかると、人となりもなんとなくわかって、企画会議がやりやすかったです。あとは私たちのチームはなかなか企画が定まらず、先生方から何度も企画を戻されていたので、打倒、先生! といった一体感もあったと思います(笑)
Cho:どうしたら先生たちを説得できるか、みたいな(笑)
Koudo:説得するための行動量もかなりありました。いろんな人に話を聞きに行って、とにかく先生たちを説得させるための材料を集める。他のチームの企画が続々と通り始めていて、焦りもあったので、そこで団結力も生まれたような気がします。
Matsumoto:本当に企画が通るまで大変でした……。ただ、先生方から「多くのチームが未来に向けて新しいものを作る中で、このチームだけが過去に戻って再定義していて、なかなかいいよね」という言葉をいただいたのは嬉しかったですね。
地道に軸を積み上げていくこと
――フューチャーデザインラボで学んだことを教えてください。
Koudo:ラボに参加して、本当にいろんな考え方を持つ人がいるんだなと実感しました。授業の一つに未来洞察から未来のストーリーを描く作業があったのですが、同じストーリーを描く人はだれ一人いませんでした。ラボを通じて、みんなの頭の中の思考がどうなっているのかを知ることができたのは面白かったですね。
また、いろんな人の考えを知ることは、今の活動にもつながっていると思います。デス・スナックではお互いに死生観を語り合う場を作っていますが、死生観は特にその人の考え方が色濃く出るので、とても面白いです。ラボでいろんな人に出会い、いろんな考え方を知り、いろんな世界が見たことが、今の活動のきっかけになっていると思います。
Matsumoto:私は、もっとぶっ飛んだ思考が必要だと思いました。世の中にある知識だけで戦うのではなく、そこからどのように発想させ、組み合わせられるか。先生方も、もっと飛ばして!と言ってくれていたので、その感覚を良しとしてくれるのがとてもありがたかったですね。
Koudo:Matsumotoさんが一番ぶっ飛んでいましたよね(笑)。毎回、ぶっ飛んだアイデアを出してくれたからすごく面白かったです。
――Choさんはフューチャーデザインラボで学んだことはありますか?
Cho:企画を話し合う中で話がどんどん逸れていったり、面白いアイデアが乗っかったりすると、軸がずれることがあります。軸がずれた状態で企画を進めると、叶えたい未来も変わってしまいます。私たちのチームでもそんな状況があり、そのときは俯瞰的に考え直して最初の軸に戻る作業を行いました。面白いアイデアが出てくると、軸から外れたくもなります。そのほうが面白くなる可能性もありますから。
でも、それでは本来やりたかったこととは別のものになってしまいます。大切なことは地道に軸を積み上げていくこと。少しでもダメなところがあれば、そのまま突き進まずにきちんと軸に立ち返る。とても大変な工程ですが、そこをあきらめずにやり切ることをラボで学びましたね。
――学校での活動が現在も継続している理由はなんでしょうか?
Koudo:楽しいことが一番だと思います。昔からあるものをリデザインしたり、今までなかったものを新しくデザインしたり、シンプルにこの活動が楽しいから継続できています。もちろんメンバーにも恵まれていて、自分一人ではここまでできなかったと思います。メンバーそれぞれの感覚は違うけれど、全員が同じ未来に向けて進んでいる。そして適度にゆるさもあり、休みたければ休んでもいい。そんな空気感もオバケでいられる理由かもしれません。
“デス・デザインユニット”として
――さだまらないオバケの今後の展望を教えてください。
Koudo:私たち主催のデス・スナックなどを継続しつつ、今後は企業とのコラボレーションなど、エンディング業界にデザインを取り入れた新しいプロダクトの開発やイベント開催などの活動を広げていきたいと思っています。いずれはデザインの力でエンディング業界のプロデュースにも挑戦していきたいですね。“デス・デザインユニット”として、企画立案から開発までをデザインの力でサポートして、自分たちの存在感をもっと出していければと思います。「エンディング業界を変えていく、面白いことをやっている人たち」みたいな感じに認識されていけば嬉しいですね。
――最後に、みなさんにとって、”故人を想う”とは何でしょうか?
Koudo:私は、忘れないこと、だと思います。祖父母のことでよくちょっとしたことを思い出すことがあって。たとえば、ナスを見ると「おばあちゃん、いつもお寿司屋さんでナスのお寿司ばっかり食べてたな」って思い出すんです(笑)。人は、誰の記憶にも残らなくなった時が二度目の死だと言われています。そうしたちょっとしたことでも忘れずに、ふとした瞬間に思い出すことが想うことなのかなと思います。
Matsumoto:私は、生きている人も故人もあんまり変わらないと思っています。私たちの延長線上にいるだけという感覚です。今は話すことができないけれど、過去に一緒に話していた記憶があり、何かしら自分もその人の影響を受けている。今は話せないし会えないけど、逆にそれだけというか、あんまり自分と変わらないと思います。
Cho:私は話すことが故人を想うことだと思っています。姉の三十三回忌のとき、母から、幼い頃の私は母から怒られるとすぐに姉の仏壇の前まで行って、姉に話しかけていたと聞きました。姉は私が生まれる前に亡くなっているので、会ったことはありません。でも、なぜか私は姉に話を聞いてもらっていたんです。幼い頃のことで、私にはまったく記憶がないんですけど、それが母にとっての姉の思い出になっていることに気づきました。仏壇に話しかけたり、家族に話したり、だれかと共有することで刻まれるものがあると思います。
――みなさん、本日はありがとうございました。
◇さだまらないオバケ
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[取材・文]岡部悟志(TDP修了生)、土屋真子
[インタビュー写真]前田智広