おジャ魔女どれみに憧れて 少女だった、推しとわたし
最近、街を歩くと幼いころに流行っていたアニメや漫画が、20年以上の時を経て新しく映画になったり、コンビニに並んでいるお菓子たちとコラボしたり、ガチャガチャに登場したり…目にするたびに、エモい感情がにょきっと目をだす瞬間がある。
YouTubeで次は何を見ようかと探していた時に、おすすめ欄に「おジャ魔女どれみの”おジャ魔女カーニバル!!」のNewバージョンを見つけた。
画面に映る彼女たちは、もう小さいときの姿ではなく年を重ね、20代くらい?であろう立派な女性に成長した姿が映っていた。
人生初の推し
保育園のとき母に「おジャ魔女どれみ」の靴を買ってもらい、毎日履いていた。
誰が何ちゃんかわからないながらも、見た目で紫の子がかわいい!と思い、人生初の推しが誕生。
ある時、クラスで1番背の小さいさっちゃんが、おジャ魔女どれみのピンクのキラキラドレスに変身して、保育園に登場したことがある。
さっちゃんはとにかく可愛らしく、アニメの世界から出てきてしまったみたいで、みんなくぎ付け。
それを見て「わたしも、おジャ魔女どれみになりたい!」と決意。
次の休み、親にお願いしておもちゃ屋さんに連れていってもらった。
魔法少女に変身すると母に伝えていなかったので、トイレ行く!と言って、夢だった紫の子のキラキラドレスをこっそり1人で見に行く。
ドレスは輝いていて、真ん中には変身するためのブローチもついている。
これで、わたしもおジャ魔女になれるんだ!
すぐさま、母を呼びに行きドレスの前まで急いで戻る。
母は、急にどうしたの?という顔をしていたけど、
向こうの言葉を待たず、勢いのままおジャ魔女どれみになりたい!と伝えた。
それから、さっちゃんが保育園に変身して来たこと、アニメの世界から飛び出してきたことも、言葉足らずながらに必死に訴えた。
一呼吸おいて、母がひと言。
「さっちゃんだから、似合うんじゃない?小さいしさ」
思っていた反応とは裏腹、わたしはおジャ魔女どれみになれないの?到底受け入れられない事実を伝えられ、しばらくの間は落ち込んでしまった。
結局変身できるドレスは買ってもらえず、おジャ魔女どれみの熱も冷めていき、次はカードキャプターになろうと思うのだった。
推し
人生初推しができて20年ほど経ったのだけれども、そもそも推しとは何なのだろう。
お給料の半分を貢いでいれば推し?会社をズル休みしてコンサートに行けば推し?CDについている握手券目当てに、爆買いすれば推し?(そういえば、最近握手券付きのCDほとんど見ない)
調べてみた。
「推しとは、好きな人やもの、応援したい人やもの、人に勧めたいほど気に入っている人やものを指す言葉です。単なる「好き」を超えて、人に推薦したい、紹介したい、薦めたいと感じるような対象を指します」
想像をしていたよりも、推しのハードルは低めだと感じた。
人に推薦したいと思うのが推しなのであれば、母や祖母、妹の面白いエピソードを人に紹介しているので推しになるし、シェアハウスの住み心地の良さや、毎日の夜ご飯は激辛鍋にするということも、推し。
案外推しは、日常のなかにたくさん存在するのかもしれない。
20年経っても…
わたしはおジャ魔女どれみ以外にも、セーラー戦士や、カードキャプター、海をまたにかけるマーメイドプリンセスにだってなりたかった。
小さいときに抱いていた夢が、今になって街で彼女たちと遭遇するたびに記憶がよみがえり、まだあきらめていないのかしら?と思うほど、色褪せない思いが残っている。
大人になり、昔好きだったアニメや漫画を見返してみると、意外と違う視点から見れたりして(心配する親や、主人公の暴走をとめるバディの心情など)面白かったりする。
今日は帰ったら久しぶりに、焦がれるように好きだったアニメでも見ようかな。
明日は休みだし、たっぷり昔のわたしに浸れるだろう。
written by みんちゃん