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ハルノヒ

 

開けた窓から散り残った桜の花びらが風にのってひらひらと舞い込み
あたたかく心地よい空気はまぶたを重くする

目を閉じればいつも浮かんでくる君のこと
それからあの日のこと

4年前のあの日、君は大学進学と同時に上京するため東京行きのバスに乗った
別れの日だというのにぼくも君もいつもと変わらない雰囲気で
君は笑って『ばいばい』とだけ手を振った

明日からはもう簡単には会えないんだ
そう思うけれど不思議と寂しさはなくて、ポケットに手を突っ込んだまま「いってらっしゃい」とだけ声をかける
もっとちゃんと話しておけばよかったと
後悔することも知らずに

帰り道、コンビニでアイスを買って遠回りをしながら君と歩いた道をひとりで歩く
その間もずっとLINEでは話をしていて少しも離れた気がしない
時々変なスタンプを送ってくるところも相変わらずで「眠くないの?」と聞けば『初めての夜行バスで緊張して寝れない』と返してくる君にくすっと笑ってしまう

君を見送ってから小一時間ほど経った頃ようやく静かになるLINE
なんだかんだ言って寝たんだろうな、と思いながら家に帰ると大きな声でぼくを呼びながら居間から母が飛び出してくる


「あんた!なにやっとったと!」
「え、なんで」
「ニュース!ニュース見てや!」

珍しく焦った声の母に急かされ居間に行くと
テレビから流れてくるアナウンサーの無機質な声と、君の乗ったバスが海に転落したという緊急ニュース
心臓が聞いたこともない音でドクドクと早鐘を打ち、目の前が真っ暗になる
脳みそがグラグラしてどこに立っているかさえ分からない

信じられなかった
信じたくなかった


きっと違うこれは君の乗ったバスじゃない
君のことだから大事なものを家に忘れて途中で降りたりしてるんじゃないか
急に電話がかかってきて、いつもの声で
『ニュース見た?驚いちゃった』なんて言うんじゃないか

震える手で何度も電話をかけてLINEをするけれど
君からの返事がくることはなくて
携帯をきつく握り締めたまま、夜は白み朝を迎えた




事故の原因は運転手の操作ミスによるものだった
繁忙期の過重労働により睡眠時間を大幅に不足した運転手の居眠り運転
急カーブを曲がり損ねて大きくハンドルを逆方向へと切ったバスは、ガードレールを突き破りそのまま海へと沈んだ


― ふざけるなよ


春から大学生になる君は新生活に胸を踊らせ東京へと向かったはずだ
新しい環境、新しい友達、勉強にバイトに
君の未来にはキラキラ輝くものしかなかったのに

一瞬で奪われてしまった
抵抗する余地すらも与えられず
君が積み上げてきた18年間という長い時間は
いとも容易く、海の底に沈んだ

どうして
君じゃなきゃいけなかったんだよ
どうして
君を連れていくんだ

それからの毎日は地獄のように永く重くて
どこにも光なんてなかった
君が過ごすことのできなかった時間を、見られなかった景色を、ひとりで生きていくことがこんなにも苦しいなんて知りたくなかった


ぼくだけが年をとっていく
君は永遠に18歳のままなのに

あの日
なにも伝えられないまま君を見送ったこと
笑顔で背中を押したこと
いつでも会えると、いつでも声が聞けると、そう思ってまたねすら言わなかったこと

好きと言えばよかったんだろうか

お揃いで買ったスニーカー
卒業式で交換したネクタイ
夜通し一緒に読んだ漫画
置き去りにされた君のTシャツ

全部、全部、まだここにあるのに

またいつか君に会える日が来ると
またいつかくだらないことで笑い合えると
夢みて期待して待ち続ける夜はひどく冷たくて寂しい

何度も思い出にしようと
過去にしてしまえば苦しい気持ちも忘れられると
そう思って時間が過ぎ去るのを待ったけれど
あの日からなにひとつ変わることはない
ぼくの時間は永遠に止まったままだ

あとどれくらい独りの夜を数えたら
君を、この気持ちを、思い出にできるんだろう
あとどれくらい涙を流して名前を呼んだら
君のいる春はやってくるんだろう



「会いたい」



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