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すべてが実験。光本氏の「価格自由」実験は、性善説の証明になるか

この記事は、2019年4月26日にYahooニュース個人に寄稿した記事の全文転載です。

皆さんは、バンクの光本さんという起業家をご存じでしょうか?
スマホで目の前の品物を即座に現金化するアプリ「CASH(キャッシュ)」で1日にして3億もの商品の現金化を実現した、業界でも非常に注目されている起業家です。

そんな光本さんが、新しく今日、また実験を始めたようですのでご紹介したいと思います。

それがこちらの「実験思考」という1冊の書籍。

なんだ、本を出しただけかよ、と思う方も多いかもしれませんが、この本は「実験思考」というタイトル通り、「価格自由」という光本さんの新しい実験素材として発売された書籍です。

この本の値段は、本来であれば定価が1500円になるところを、紙の書籍は原価の390円、電子版は文字通りの0円で販売されることになる模様。

ただ、単純に無料で書籍を配布するという話ではなく、読者が読んだ後に自分が本の最後にあるQRコードで、0円から1000万円までの値段を自分で設定して支払うという、書籍の値段を読者に委ねるという実験になっているわけです。

■無料で本を公開すること自体は珍しくない手法

書籍の1部や全部を無料で公開するという行為自体は、もはや全く珍しい手法ではありません。

直近で記憶に新しいのは、キングコングの西野さんによる絵本「えんとつ町のプペル」の全ページ無料公開でしょう。

この無料公開は、一部で議論をよび騒動になりましたが、実際には、この無料公開により絵本の売り上げは加速する結果となり、Amazonや楽天のランキングで1位を達成。

その後も売れ続けて、39万部を突破し、まだまだ売れているようです。

絵本においては無料公開の話題化が書籍の販売に貢献することが証明されたわけです。

フリーミアムという言葉もありますが、コンテンツの一部を無料で公開することによる宣伝効果で見込顧客を集め、その中の一部にでもお金を払ってもらうことができるのであれば、何も公開せずに誰にも知られないよりビジネス的にはメリットがあるというのは、ネット時代では既に様々な場所で証明されている手法です。

そういう意味では、執筆した書籍を無料で配布し、それをもとに仕事が増えることを期待したり、自社商品の宣伝につなげることでリターンを得ると言うやり方自体は、今や全く珍しくはありません。

■読者に料金を委ねる「価格自由」実験

今回の、光本氏の「価格自由」実験の興味深いのは、この書籍「実験思考」は単純に無料で配っているわけではなく、あくまで「'''本の値段は皆さんが決めてお支払いいただく仕組み'''」と明言しているところです。

書籍のサブタイトルに「世の中、すべては実験」と入っているように、光本さんは普通の経営者ならやらなそうなことを「実験」として挑戦されていることで有名な起業家です。

実は、私は、この書籍が生まれるきっかけの場にたまたま居合わせていました。
それは、光本さんと編集者の箕輪さんが登壇したアドテック東京での出来事。

そのセッションで光本さんはCASHの誕生秘話として「1億円をビルの屋上からばらまいて、屋上から持ってきてとお願いしたら何人が持ってきてくれるかの実験をしたかった。」と発言されていました。

当然、普通の正気の人間であれば、1億円をビルの屋上からばらまいて誰かが持ってきてくれるなんて考えないでしょう。

ほとんどの人がネコババされるのが怖くて、1万円を落とすのでも嫌がると思います。

でも、光本さんは、世の中の何割かの真面目な人はきっとビルを上って拾ったお金を持ってきてくれるはずで、その確率を自分だけが知ることができれば、その「実験結果」には1億円以上の価値がある、と考える文字通りの「実験思考」の持ち主なわけです。

その時の話の流れで、光本さんが「 本を出すなら全部無料で配って本の最後にQRコードを入れて、気持ち入れて下さい、とやりたいと出版社に言ったら連絡なくなった」という話をしたことから、箕輪さんがそれでやろうと盛り上がったのが、今回の出版のきっかけと思われます。

つまり、光本さんからすると、今回の価格自由実験は、ビルの屋上から1億円ばらまくのと同じで、本来なら出版社が「前払い」で「定価」をお客さんから払ってもらうという書籍のビジネスモデルを正面から疑い、本を無料でばらまいてしまって「後払い」で「自由な料金」をお客さんに払ってもらえるか、という壮大な社会実験なわけです。


■既に紙の書籍もAmazonランキングで1位に

さすがに紙の書籍は、紙代や販売店の手間もありますから無料で配布するわけにはいかなかったようで、原価の390円(税込421円)で販売という形になったようですが、本日光本さんからアマゾンで予約開始と告知がされると、あっという間に紙の本はAmazonの売れ筋ランキング1位にランクイン。

Kindle版なら無料で読めるにもかかわらず、有料の書籍が1位に入るほど売れてしまうというあたりも、興味深い結果が出ているように思います。

当然、今後最も注目されるのは、果たしてこの書籍を読んだ人達がどれぐらい実際に「後払い」でお金を支払うのか、という点でしょう。

従来の書籍は、当然全てが「前払い」で「定価」での支払ですので、書籍を読み終わってから、わざわざ追加で料金をさらに支払おうという行為は普通発生しません。
紙の書籍に390円払った人が書籍を読んでから、さらに追加料金を払おうとするかどうかは、普通に考えるとかなりハードルが高い実験に思えます。

これがKindleの無料版となると、さらに無料のPDFやネット上の無料公開本同様、無料で読めたことに感謝はすれども、料金を払う人がいるとはなかなか思えないはずです。

ただ、だからこそ、光本さんはそこをあえて実験しているということなのだと思います。


■実は「後払い」で「価格自由」は珍しくない

冷静に考えると、書籍では非常識かもしれませんが、世の中には後払いの仕組みというのは様々に存在します。
ストリートミュージシャンやパフォーマーの中には、公園で無料でパフォーマンスを披露することで、終わった後にギターボックスや帽子にお金を払ってもらうことで収益を立てている人達がいます。

歌舞伎で、ひいきの役者が登場したり見得を決めた瞬間に客席から投げられる「おひねり」もある意味後払いの1つと言えるかもしれませんし、そういう意味ではSHOWROOMのギフティングと呼ばれる投げ銭システムも後払いと考えることもできるかもしれません。
私自身も無料で公開しているnoteのブログ記事に、何度か数百円の投げ銭を頂いてしまったことがあります。

お寺や神社のお賽銭も、前払いの入場料とは異なる、後払いの価格自由システムと言えるかもしれません。
そう考えはじめると、何も書籍だけが前払いで定価での販売しかないというのが、逆におかしいような気さえしてきます。

4月に、光本さんにインタビューさせて頂いた時に、光本さんは'''性善説に基づいたサービス'''というキーワードで、世の中は人を疑うことが前提で成り立っているが、実は人を疑うという行為は、すべてコストに当たるので、人を疑わなくても取引が成り立つかどうかをテーマに会社を立ち上げた、と話されていました。

人を疑うためのコストが無駄であることが証明されれば、世の中の様々なシステムや常識が大きく変わる可能性があるわけです。

書籍のビジネスにおいては、読者に「前払い」で「定価」で料金を支払わせなければ、著者も出版社も生活が成り立たない、という、ある意味読者を疑うことが、現在の常識です。

はたして、ちゃんとした内容の書籍であれば、「後払い」で「価格自由」のビジネスモデルでも、「前払い」で「定価」のビジネスモデル並みに読者にお金を払ってもらえるのか。
そんな壮大な実験が成功するのか、サイトに書いてあるようにネタとしてあっさりと失敗するのか、5月9日の書籍の発売日を楽しみに待ちたいと思います。

この記事は、2019年4月26日にYahooニュース個人に寄稿した記事の全文転載です。


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徳力基彦(tokuriki)
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