【アークナイツ】サイドイベント『翠玉の夢』の感想
アークナイツのサイドシナリオである『翠玉の夢』を読んだのでその感想を書いていこうと思う。
ちなみに自分は後のライン生命シナリオである『孤星』は既に読んでいる。今回のシナリオはその前章とも呼べるべきものなので復刻を楽しみにしていた。『孤星』の伏線となる描写が多かったので本来であればこちらを先に読むべきだったとは思うが、自分は『孤星』イベがやっていた時期くらいにアークナイツを始めたため当時は読めない状態で仕方なかったという面もある(細かい部分がわからなくても孤星は面白かったので良しとする)。
今回のシナリオの目玉は何と言ってもドロシーだと思う。前々から「ドロシーはヤバい奴」「メイドインアビスのボンドルド卿みたいなタイプ」という情報はなんとなく聞き知っていたので身構えていたけど、想像と違ったタイプのキャラクターで意外だった。
今まで自分が読んできたシナリオの中で登場したライン生命の科学者と言えばパルヴィスやクリステン、マゼランなど、少なからずマッドな要素を抱えた感じがあり、科学の進歩を追い求めるあまりに倫理を軽視する傾向にあるという感じだったが、ドロシーは他者に対しての優しさに根ざして行動するタイプで本作に登場する科学者から考えると相対的には優しいキャラクターなのではないかと思う。やってしまったことは相当過激ではあるが、開拓者たちにもきちんと説明した上でやっているわけだし相対的には良心的な方だと思う。
アークナイツ世界の残酷さを考えると確かにドロシーのような理想を実現したくなるのもわかってしまう面はあると思う。すべての人間を銀のアレによって均一化し個人差を無くす、という思想は過激に見えるけど確かに辛い生活を強いられている人にとってはそちらの方がマシだともいえるだろう。結局銀のアレの技術も悪用される可能性が高く、より酷いことになるというサイレンスの指摘が正しくその理想が実現する可能性は限りなく低いが、仮に全人類そうできるのだとすれば一理ある理想のようにも思える。
ただそんな理想を描きつつも、ラスト付近にてドロシーが考えを変えるまでの流れが見事だと思った。ドロシーが幼い頃に母から語り聞かせられた「ある村に住む少女の旅の話」が語られるシーンである。少女がブリキの男と羽獣とともに、願いをかなえる術師を探し旅に出るという話である。
シナリオの最終盤では「銀のアレから開拓者たちを解放する」という行為がこの少女の旅になぞらえて抒情的に語られる。少女の村やドロシーの作った世界は確かに居心地がいいかもしれないけど、それでも旅をすることを縛るべきではない。旅は辛いがそれ自体に尊さがありそれは個々人が体験するものである、というその考えは確かに納得させられるものがある。
ドロシー自身も自らの母がサマーキャンプへ自分を送り出してくれたという過去を思い出し、居心地の良い世界から開拓者たちを解放するということを選択する。その流れの描き方が本当に上手いというか、それぞれの出来事を重ね合わせて描く仕方が本当に美しい。このシナリオだとここのドロシーが開放するということを選択するシーンが一番好きだ(DV-8戦闘後のドロシーの一枚絵のところ)。
あと驚いたのが普通にクリステンが出てきたという点だ。サリアたちがクリステンに会うためライン生命に行くという展開になるのだが、こんなにあっさり出てくるとは思わなかった。出てきたと言ってもちょっとだけだが、やはりクリステンが出るとワクワクする。『翠玉の夢』ではラストにクリステンが空を見上げるシーンで終わるが、このシーンも『孤星』を匂わせてるようでグッとくる。
読むのに時間がかかってしまったが、やはりライン生命のイベントは情報量が多いので面白い。伏線が多いしそれらの情報をすべて読み取れているかはわからないが、想像の余地がある伏線も多く楽しんで読めた。『孤星』も読み返したいと思っているが、まずは他のシナリオを読んでからにしようと思っている(できれば今年中くらいには読み返したい)。