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プロの漫画家に必要な作画時間の短縮化の話 (漫画家、漫画家志望者向けの記事)

文字数多めの記事のため、時間がある時に読んでください。

<プロにこそ求められる作画時間の短縮化>

プロの漫画家は常に締め切りに追われる事になるため、作画時間の短縮テクニックを色々と身に着けている人は多いです。
漫画家志望者の人は今のうちからそういうテクニックをいくつも学んだり、自分で研究して開発しておくべき。

また、趣味で漫画を描いている人達も、勉強や仕事、家事などがあるので漫画制作に使える時間が限られています。
そういう人達にとっても作画時間の短縮化というのは漫画制作を続けるために必要なのではないでしょうか。

20代・30代はエネルギッシュに漫画制作に取り組めた人も、40代やそれ以降になると脳や体が疲れやすくなって無理ができません。
ある程度歳を取った漫画家にとっては「作画時間を短縮するテクニックを色々身に着けて体や脳を休める時間を増やす」という事は自分の体を壊さないためにも必須です。

腱鞘炎対策としても、「より作画時間が短い方が腕の負担を少なくできる」というのもあります。

今回は漫画制作における作画時間の短縮化について色々書いてみたいと思います。


<アナログではなくデジタルで描く>

とっくにデジタル化している人はこの項目は読み飛ばしてください。

すでに大半の人がデジタル作画へ移行していますが、未だにアナログで漫画を描き続けている人はデジタル作画への変更も検討すべきです。
慣れが必要ですが、デジタルで描けるようになるとアナログ時代よりかなり時間を短縮できます。

デジタル化の難点は初期にお金がかかるのと、機器が突然壊れた時はお手上げ状態になるというのがあります。
お金に余裕がある人は予備のPCや予備のタブレットを確保しておいたり。
PCはメインマシンとサブマシンの二台構成だと突然のPC不調でも助かる事が。

また完成した大事な原稿データは何か所にもバックアップしておきましょう。
きちんとしたウイルス対策もお忘れなく。

<左手デバイスの導入も>

作画時間の短縮化のために左手デバイスを導入している人もいます。
色々なショートカットをすぐ起動でき時短になります。

左手デバイス導入でそこそこ作画時間を短縮できるため愛用している人は多いです。
「キーボード操作の方が慣れているから導入しない」という人もいますが。

左手デバイスも一部のスティックやスイッチ、ボタンが突然壊れる事があるため、仕事で締め切りがある人は予備も用意しておくのが望ましい。


<キーボード使用者はショートカットキーをカスタマイズしてみる>

キーボード操作の場合はデフォルトのショートカットキーを覚える以外にも、自分向けにカスタマイズしたショートカットキーを設定する事で作画時間をそこそこ減らす事も可能です。

どういう独自のショートカットキー設定をしたかはメモしたり印刷しておくのをおすすめします。


<過去に描いた顔の絵を下絵にして作画時間を短縮してみたりも>

普通ならキャラクターの顔はその都度真っ新(まっさら)な状態から描いていく事になります。

・あたりを描く
・下絵を描く
・ペン入れする

みたいな手順が一般的でしょう。

ある程度描き慣れているとは言え、キャラの顔が別人にならないようにするには作画の度に顔の各パーツ(目、鼻、口など)の位置やサイズがきちんと安定していないといけません。
特に顔が大きく表示されるコマではパーツのサイズや位置がおかしくなると違和感が出てきます。(顔が小さいコマは多少変でも違和感が起きにくい)

そのため真っ新な状態から顔を描いていくのは神経も使うし、時間もそこそこかかります。
顔が別人みたいになったりデッサンが狂っていると描き直ししたり、調子が悪いとその描き直しで時間をかなり取られたりも。

しかし連載が続いた漫画の場合、キャラごとに色々なアングルの顔の絵のストックができている事になります。
過去に描いたキャラの顔の部分だけをトリミングしたのをキャラごとの画像フォルダにどんどんストックしていくと、それを下絵に表示しながら作画する事でそこそこ作画時間を短縮できます。

・そのコマに合いそうなアングルの顔画像をキャラごとに分類しておいたフォルダ内から選び、原稿にドロップした後にサイズや角度をあわせる
・顔の部分はそれを下絵に表示しつつ、いきなりペン入れができる(表情もその時付ける)

みたいに作画時間を短縮化できます。
顔の各パーツや位置も下絵を参考に描けるので、キャラの顔が別人化する事も回避できます。
ただし、作画に失敗して別人化しているコマの顔は下絵に使わないように。

体の部分はその都度下絵を描く必要がありますが、漫画においてはバストアップやウエストアップの構図が多いので体の作画の方はそこまで手間がかからない事が多いでしょう。


この「過去に描いた色々なアングルの顔の画像を下絵に作画する」という時短テクニックは普通の会話シーンで特に使いやすいですが、多用しすぎると顔のコピペ感が出てくるので使用はほどほどにすべきです。

アクションシーンや本気で力を入れたいシーンではこういうのは使用すべきではありませんが、こういうのを使っても大丈夫そうなコマでは時々使用して作画時間を抑える事もやってはどうでしょうか。

キャラが真正面を向いたコマは絵の狂いが目立ちやすいので作画に手間取る事もあります。
今は左右対称定規を使って作画もできますが、なんか違和感が出たり。
でも以前書いた真正面の顔の絵を下絵として表示しつつ作画すれば、いきなりペン入れしてスムーズに作画を終えられます。

人間はもちろん変身ヒーロー物の変身後のヒーローの頭部や、ロボット物でのメカの頭部の作画でも「過去の絵を下絵として使う事で作画時間を短縮する」はできるでしょう。
今連載が止まっている強殖装甲ガイバーとかも。


<絵の使いまわしもやってみる>

顔や体の作画をベクターレイヤーでやっていた場合は素材化しておき、下絵として使うのではなくそのまま原稿にドロップして使いまわすというのをやっている漫画家さんも見かけます。
同じ話で同じ絵を使いまわすとばれやすいですが、違う話で使う分には読者もあまり気づきません。
「顔の表情を少し変える」「体のポーズを一部変える」だけでも、使いまわし感を消す事もできたりします。

雑誌や漫画アプリで連載している漫画でも注意深く見ていると「髪の毛と顔の輪郭、体は過去のコマから絵をそのまま使いまわし、目や口などだけその時の表情にあわせて描き直している」というのを時々やっている作品もあります。
髪の毛の作画に手間がかかるキャラはこれをやると作画時間をだいぶ省略できますよね。

コミックエッセイ系の漫画でもキャラの絵については一度描いた絵を別の回やその回で使いまわしているのを時々見かけます。

こちらの高田れれこさんのエッセイ漫画も同じ話内で絵をだいぶ使いまわして作画をずいぶんと効率化されていますが、エッセイ漫画だと読者はあまり気にならないのです。

noteでコミックエッセイを描いてる他の人もこういう使い回しをやってるのを結構見かけます。

エッセイ漫画を描いている人達は一コマ一コマ真面目にゼロからキャラの絵を描いている人もいます。
でも「たまにはキャラの絵を使いまわして作画時間を短縮してみる」というのを検討してはどうでしょうか。
作画時間を減らせてエッセイ漫画がより作りやすくなります。

先に書いた「過去の連載で書いた顔の絵を下絵にして作画する事で時短する」もコミックエッセイでやると制作時間を短縮できます。


<背景の見映えをある程度維持しつつ作画コストを抑えてみる>

昔の漫画はアシスタントさんを何人も雇ってしっかりした背景を作画するという風になっていました。
しかし今はコミックが昔ほど売れない事もあってアシスタントさんの数は減らさざるをえず、昔より背景の作画コストを抑えている漫画が多いです。
月刊連載では漫画家が一人でキャラも背景も描いているケースもあります。(空挺ドラゴンズとか)

背景用の3D素材を使って大きく時短したり、写真の加工で背景を作って作画を効率化している人もいます。


また、手描きの背景を自分やアシスタントさんが描く場合は、描き込みやトーンの使用が多いほど作画にかかる時間が増えていくため、ほどほどの見映えを維持しつつ余計な線や細かい描写、トーンの使用を減らしたり無くすというのを普段から研究しておいてはどうでしょうか。

同じ背景を

・めちゃくちゃしっかり描き込んだ場合
・そこから作画コストを減らした場合
・さらに減らした場合

みたいに比較用のサンプル画像を作ったりも。


ストーリー漫画でもキャラの作画があっさり系の画風の漫画の場合、背景をしっかり描き込みすぎると作画に時間がかかるだけでなく、キャラが背景に埋没したり背景と違和感が出る事があります。
あっさりした作画のキャラ絵にはあっさりめの背景の作画が似合うと思います。


<背景を描かず背景エフェクトで済ますという手も>

コマにもよりますが、キャラの後ろは背景を作画するのではなく背景エフェクト(ほんわかしたトーンを貼ったり、集中線、フラッシュ、その他)ですました方が作画の時間を抑えられるとともに、漫画として読みやすくなるというのがあります。

またこういう背景エフェクトも素材化して使いまわせるようにしておくと、今後は一瞬で色々なコマに様々な背景エフェクトを追加できるようになります。
クリスタの場合、集中線や流線をツールでパラメータを使って描画もできますが、自分で手描きで作っておいた方が見映えがよくなる事があります。

時間が空いている時に色々な背景エフェクトの素材を作っておくのも良いでしょう。

<ポーズをその都度考える手間を減らすために、ポーズのストックを作っておく>

漫画はあまり深くポーズを考えなくていいコマもわりとありますが、より見映えをよくするためにきちんとポーズを考えた方が良いコマもあります。

その都度じっくりポーズを考えるのもいいですが、普段から街中や公園で色々な人を見てポーズをノートやスケッチブックなどに描いてポーズのストックを作っておき、それを参考に作画すると時短になります。
見映えの良いポーズを色々ストックしておくとより魅力的な作画にもなります。

テレビ番組とか雑誌とかのポーズはそれを真似たのを漫画やイラストで使ってしまうと盗作になりかねないので、あくまでも街中や公園で見かけたポーズを作画するようにしておきましょう。


<ポーズ練習はポーズのストックを増やす時間でもある>

ポーズ練習として時間が空いた時に色々なポーズの作画をされている人は多いです。
それらのポーズのうち漫画で使えそうなポーズはポーズのストックにどんどん追加していくのをおすすめします。

ポーズ練習の時間がポーズのストックを増やす時間にもなるわけです。

漫画家志望者の人はポーズ練習をしたら、その中で良い出来のポーズはストックに追加しておきましょう。
将来の自分を助けてくれる財産になります。

<家族や知り合いに漫画の作画で使えるポーズをしてもらって撮影しておく>

「自分や知り合いやアシスタントにポーズを取ってもらい、それを撮影したのを下絵にしたり参考にして作画する」という事をされている漫画家さんもいます。

自撮りの場合は自分を直接撮影するのではなく、全身や上半身が映る姿見(鏡)の方を撮影すると自分でポーズの見映えを確認しながら撮影できます。
三脚にスマホやカメラをセットしてその後ろに立って鏡に向かってポージングして撮影する形になりますが、うっかり三脚を倒してスマホやカメラを壊さないよう注意を。
倒れそうな場所にクッションとか置いておいたり。

普段から自撮りで色々なポーズをしたり、家族や知り合いに頼んで漫画で使えそうなポーズを色々してもらったのを撮影しまくってポーズストックのフォルダを作っておくと、漫画の作画の時にポーズに悩んで時間を大量に消費するのを抑える事ができます。

同じポーズでもアングルを変えて撮影できるので、より見映えするアングルを模索しやすい。

ポーズのストックはどういうコマで使いそうか分類しておかないと、実際の使用の際に選ぶのに余計な時間がかかってしまうのには注意を。

実際の人間を撮影する以外にも、デッサン用のポージングフィギュアで色々ポーズをつけてそれを見映えが良さそうなアングルで撮影しまくるというのも良いでしょう。

<使いまわし用の素材を色々作っておく>

トーンではなく手描きの線で陰影を表現する漫画家さんもいます。

その場合、アナログ作画ならいちいち手で陰影用の線を1本1本大量に引いていくわけですが、デジタル作画の場合はオリジナルのトーンがいくらでも作れます。
手書き線を一定のエリア内で描いてトーン化したものをあらかじめ作っておき、それを使いまわしする事で、陰影用の手描き線がかなり多いコマでも作画時間をかなり短縮化したり腕の負担をだいぶ減らし腱鞘炎の悪化を予防する事ができます。

オリジナルブラシで陰影用の線を一気に何本も引けるようにしている人もいます。
手描き線の陰影トーンやブラシはclip studio assetという素材配付サイトでも色々見つかるでしょう。

 

背景の絵についてもその時描いた背景を素材として登録しておいて後日また別のコマで使うと時短になります。

また、今後何度も使いまわしそうな背景素材を時間の空いた時に作っておくと、コマにさっと置くだけで背景がすぐ完成させられたりします。
アシスタントさんに手が空いた時に使い回し用の背景素材をどんどん作ってもらったりも。(アシスタントさんに適度に休憩を与えるのもお忘れなく)


背景素材はサイズ変更可能なベクターレイヤーで作ったり、ラスターレイヤーでもそのままのサイズでの使用で問題ない場合は色々作画してストックしたのを使ったり。


ウニフラッシュやベタフラッシュやその他の背景エフェクトも色々なサイズのをあらかじめ作っておくと、いちいちパラメーターを調整して作るよりも納得できるクオリティで一瞬で背景エフェクトをそのコマに入れる事ができます。

自分で作る以外にも、clip studio assetで他の人が作った背景素材や背景エフェクト素材などを探して色々入手しておきましょう。
自分で作った背景素材をここで公開するとclippyを稼げるので、それで他の素材を色々買いまくったり。

<時短本は作画時間短縮の勉強になる>

時短テクニックは他にも色々ありますが、漫画やイラストの作画の時間短縮テクニックを解説した本がいくつも出ているので、それで時短テクを学ぶというのも良いでしょう。

SNSやイラスト投稿サイト、ブログなどでも「時短」などで検索すると、色々なテクを学べます。

学んだ事はいつか忘れてしまうので、時々短い時間で見返しできるよう時短テクニックをキャプチャしたのをまとめたドキュメントやフォルダを作っておくのも良いでしょう。


<時短はズルや手抜きではない>

時短テクニックについてはズルとか手抜きに感じる人もいるかもしれません。
しかし漫画制作は厳しいスケジュールで行う事が多く、締め切りを守るためには作画の効率化をきちんと考える必要があります。

また時短によって時間が空くと、自分の体や脳を休める時間が増やせたり、あるいはその空いた時間で作画に力を入れたい部分により多く時間を使えるようになるというメリットもあります。

漫画制作においては「このコマは読者の心を強く動かすために時間をかけてしっかり描き込みたい」という事がよくあります。
そういうコマの作画時間をきちんと確保するためにも、他のコマでは時短できる場所はそれで作画時間を抑えておくべきです。
連載漫画で「時間が足りなくて不本意な作画のまま編集部に提出する事になった」を避けるためにも。