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お行儀って、やっぱ良くしないとダメだと思う、礼儀って大事だと思います。気遣いとかも。シンプルに、みんな基本は傷つきたくないのだから、自分も傷つけないために、そして傷つかれないためにそういう泡みたいな動作とか言葉って、要るなと思う。
ニュースを見たり、ツイッターでつまらん討論が勃発しているのを見ると、私は「おじさんがまたなんかやってるよ」と思ってしまう癖があります。たぶんそれは良く無い癖なんだと思うんですけど、いやな政治のニュースとか、いやな事件の報道とか、めんどくさい討論を見てると、つい「なんでこういう時ってつまんないおじさんがいつもいるんだろう」と思ってしまいます。日本ってやだなと思うことが、年を重ねるごとに増えていきます。その「やだな」の解決点として、私はいつも「時間」を頼ることにして想像するのをやめます。ハンドルを握っている気分でいるおじいさんたちは、そのうちに死ぬから。いつもそれを、待つことにしてしまいます。
大学在学中、私はスナックでバイトをしていました。来る客来る客、みんなおじさん。そりゃそうです、だってお金持ってるのはおじさんです。若者なんか来るのはめずらしいぐらいのお店です。場末のスナックみたいなお店でした。こじんまりとしてて席も古くて、マスターも客もみんな噂好きで。お客さんの入れるお酒はだいたいJINRO。安いから。安く飲めるスナックみたいな感じでお客さんの間に認知されていたと思います。つまんないおじさんはたくさんいました。でも、いいおじさんもいました。みんなお金の持ってないおじさんでした。多分お金の持ってるおじさんは、もっと良いところで飲んでるんじゃないかなと思います。
作品をつくるというのはとてもお金のかかることなので、昼間は制作して夜にバイトすればいいんじゃない?とお気楽だった私は、まあ結局生活習慣がガッタガタに崩れてしまったわけだけども、なんとかお金は稼げたし、そのお金はだいたい制作に消えていくので今は貯金すらないけれど、でも数少ない「いいおじさん」と話すことができたので、いいお仕事させて頂けて嬉しかったな、と今では純粋に思います。初めての接客相手は運良く「いいおじさん」でした。クリエイティブ職の重役にあたる方で、カラオケ好きでした。そのおじさんがタバコを口にくわえた時「火つけなきゃ」と慌ててライターを取り出したんですけど、それをみた「いいおじさん」は、「あ、いいからそういうの。ここはそういう店じゃないから。」と一瞥して、カラオケに熱中し始めました。めちゃめちゃビブラートが綺麗だった。カッケ〜!って思った。でもマスターに「なんで火つけないんだよ」と叱られました。ここはそういうお店だからです。いろんなバイトを転々として社会に向いてないんじゃねーかと泣きそうになっていましたが、「長く働けそうかも」と初めて確信できたバイト先でした。実際長く働けましたありがとうございました。
働いていくうちに見えてくるものはいろいろありました。飲み屋は家までの帰り道にあるものだ、というのがありありと現れるような職場でした。仕事に出かけて、帰路の途中にあるこの店の扉を開いて、愚痴をたくさんこぼして、朝べろべろになって帰っていく。私は、容姿はいい方ではないので、泡みたいな礼儀や所作や言葉をたくさん覚えてお客さんと接客しました。キャバクラで働いてる人ってマジですげーんだなと溜息もらすエブリデイでした。だって、礼儀や所作はバッチリで、かつ美しい容姿も兼ね備えてるんでしょ。だってそうじゃないと稼げないでしょと一蹴されそうだけど、まじすげーよ。まじですげーんだよ。私みたいなもんが水商売できたのは、土地が都会じゃなかったのと、お店も小さかったからだと思う。あと、なんだかんだマスターがいい人だった。
「やなおじさん」は「いいおじさん」に比べてたくさんいました。中には「セクハラパワハラ上等だろスナックは」と言って私にセクハラ・パワハラまがいのことをしてくるおじさんもいました。でもそのおじさんはきっちりお金を落としていくので、私もそれを受け流しながら相手の欲しい反応を返せるように手探りでした。心の中ではどんだけちっちゃい男なんだろうと思いました。こういうところでしかストレス発散ができないかわいそうなひとなんだと思うことにしてました。男性はいつも表社会では戦場に立たされてるんだなと思うと同時に、その戦場はおじさんたちによって整備されているのだなと思うと、悔しくて泣けてきてそういう日はお酒がよくまわりました。
夜のお仕事は、グレーゾーンが溢れかえっていました。人間関係も勤怠管理も、ほとんどがグレーゾーンで、お金持ちの集まる都会はもっときっちりしてるのかなあと思ったりもしたけれど、すくなくとも私の働いていた地域周辺の「夜」はグレーゾーンでいっぱいでした。ギリギリ黒に染まり切らないでいるのは、みんなが誰かを傷つけたりしないよう一生懸命だったからだと思います。ヤのつく職業の方とかいた土地でした。前科者もいました。でもみんな悪人になりきれずにいて一生懸命でした。奇跡的に誰かにレイプされたことはありませんでした。そういう街でよかったと振り返ってみて思いました。でも舌までいれてキスしてきたあのおじさんはぜったいに許さねえ。
あのバイトしてる間はどんなに相手が不快なことをしてきたからといって、まず自分の経験不足を嘆いて、「お客様」だから許すように努めてきたけど、見てろよ、表社会じゃそうはいかねえからな。わたしも絶対そこに行くからな。表舞台に出るからな。行儀はよくしてろ。過干渉はやめろ。本当の気持ちをやりとりするのはお互いに許せる人としろ、面白く無いじゃん、人の気持ちなんてむずかしくてわかりづらいじゃんと溜息つくかもしれないけど人の気持ちなんかむずかしくてわかりづらいのは当然なんだから、泡みたいにヤワくて消え入りそうなものだとしても、相手を傷つけないで済む言葉や所作をたくさん覚えて戦場に出ろ。