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湿った洗濯物を洗濯機の中に放置してしまっているけれども、ふとゆかいな日の話をしたくなったのでそういう日の話をしたいと思う。いざ思い出してみようとするとすぐには思い出さないものだけれどゆっくり時間をかけてみると思い出せるものですよね、そういうの。多分。
スナックで働いていたときの話をする。大体の刺激は夜にあった。ヤの付く職業の長みたいな、めちゃくちゃトップみたいなひとが、私の働いていたスナックのある地域にいて、その人はもう、ほんとに、いわば「大先輩」なわけで。年がら年中長袖しか着れないようなひとで。サメみたいな目をしてたのでこのnoteの中では「サメさん」と呼ぶことにする。サメさんは優しい人だった、女の子には。
初めてお会いした時、サメさんは私に「やな奴がいたらおしえてね!すぐシメるから〜!」と夜には合わないひだまりみたいな笑顔をぱやんと見せてくれた、のだけれど、言ってることがなかなか怖いぞ、と、そういう知識に疎い私でもなんとなく察することができたし、何より周りの(特に男性の)ひとたちが軽い冗談として捉えなかったのが全て物語らせていたような空気感をもつ人だった。怒らせたらこわいひとなんだろうなあと。サメさんもまた自分のスナック(というか夜にしか開かない居酒屋みたいなノリのお店)を構えていたのだけれど、そのお店はいっつもどんちゃん騒ぎ。お店の前を通れば笑い声が聞こえてくるようなお店で、だけど出入りするお客さんはコワモテなひとたちだらけで....。中には、はしゃいでる若者もいた。「集会でもやってんじゃないの」と敬遠する人もいたけれど、実際のとこは分からんから事実は別にしても、サメさんはいい人だったし、統率力をもつ大人なんだろうなと思った。
ある日、私は彼氏にフラれた。好きでもなんでもない彼氏だった。会ってすぐ告白してきたので気分で付き合ってみた。事実上一人目の彼氏だった。色々合わなかったのだ、遠距離だったし、歳も離れていたし、趣味もなんとなく合わなかったし、エッチも、なんだかなあな人で。いろいろ好意は寄せてくれていたのだけれど、なんで付き合ってるんだろうと思ってる内に、付き合ってから1ヶ月めにフラれた。いつ振ろうか悩んでいたのでちょうどよかったにしても、なんとなく「おまえが振るんか〜い」、などと思いつつ、これはノーカンでいいのだろうかとちくちく考えながらぼんやりとスナック街(私の家はここを通り抜けた先にあるのだ)を歩いていたら、サメさんに遭遇した。「あれ〜??〇〇ちゃんじゃーんどうしたの〜!」と明るく声をかけてくるサメさんはどうやら酔っ払っていたようだった。サメさんは自分の店を従業員に任せて、飲み歩いているところだったらしい。「いや〜彼氏にふられちゃいました〜」と私は早々に自分の状況を白状してしまった。本来であればこういった色恋沙汰を水商売をする女が話すのはタブーのはずだ。サメさんも「彼氏なんていたの〜」と驚いていたし、私もなんてことを口走ってしまったんだと自分自身に驚いてしまった。自己肯定感が低いくせに、男にフラれた、というのがそれなりに悔しかったらしい。やべーどうやって切り抜けて帰ろうかな〜〜〜〜なんて冷や汗かいていたら、サメさんが酔っ払っている様子を変えずに、「いや〜失恋かあ〜〜〜、失恋にいいのはね、やっぱり酒だよね!お酒が一番だよそういうの!!飲みにいこうぜ〜」と誘ってくれた。
かくして、飲みの誘いを引き受けた私はサメさんと一緒に様々なバーやスナックに繰り出すことになった。お金はぜんぶサメさんがもってくれて、私は浴びるほどのお酒をいただいてしまったのである。どのお酒もおいしかったし、ゴハンもおいしかった。サメさんの顔の広さにも驚いた。どこに行っても挨拶されるサメさんは、ほんとに大先輩なんだなと思ったし、サメさんも皆に物腰を柔らかくして接していた。頭のいいひとなんだなと思った。しかもこんなぺーぺーの私にごちそうしてくれるなんて、どんだけいい人なんだサメさん。頭上がりません。感謝申し上げ候。しかも帰りはタクシーで送ってくれた。男性にも優しいけど、女の子にはもっと優しいなサメさん。数ヶ月後、サメさんは濡れ衣でおナワというやつになりニュースで顔がうつることになるのだけれど、本名を知ってしまった私は爆笑してしまった。ごめんねサメさん。サメさんのいない間の街は、私の主観や感情が混ざっているけれど、どこか寂しげで、「サメロス」が蔓延していた。帰ってきた時は皆両手を広げて迎えていた(ような気がする)。
失恋、というやつからすっかり立ち直った私はまた歳の離れた男性と付き合うことになるのだけど、おかげさまでお付き合いが1年を経過している。その男性はサメさんも知っている人だ。とってもラブリーなダーリンなので私はとっても幸せだ。でもあの日の、大量のアルコールとサメさんの笑い話がなければこうはなっていなかったかもしれないなんてなんとなく思うので、サメさんには感謝している。失恋で浴びるほどの酒を飲むという、ベタすぎるかもしれない機会を与えてくれてありがとうございました。その日から、初めてお酒が少し好きになりました。
洗濯物干してきます。