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転校を繰り返す小学生の「僕」がいくつもの嘘と悲劇の真相を見抜く新鋭が才能を開花させた注目作/『バールの正しい使い方』青本雪平

小学生が嘘を暴くビターな連作ミステリ

 あえて率直に言ってしまえば、帯の惹句には誇張を伴うものが多い。宣伝文句に追いつくほどの才能はそう現れないからだ。しかし時には例外もある。青本雪平『バールの正しい使い方』に寄せられた「青本雪平は天才だ。」という今野敏の推薦文は、まさにその好例に違いない。

 著者の紹介から始めよう。青本雪平は一九九〇年青森県生まれ。二〇一九年に「ぼくのすきなせんせい」(投稿時は青砥瑛名義)で第三回大藪春彦新人賞を受賞。二〇年に書き下ろしの初長篇『人鳥クインテット』を発表した新鋭である。

 デビュー作「ぼくのすきなせんせい」は、家出した中学生が怪しげな男の車で札幌から函館へ向かい、不穏な話を聞かされる会話劇。『人鳥クインテット』は高校を中退した少年が警察の取り調べを受け、同居人の祖父がペンギンに変容してからの一年間を回想する不条理サスペンス。状況設定は異なるものの、いずれも若者の心を巧みに描く内容だった。書き下ろしで上梓された二年ぶりの新作『バールの正しい使い方』は、転校を重ねる小学生が事件に遭遇し、苦い真相を察していく連作ミステリだ。

 プロローグとエピローグに挟まれる格好で、本書には六つのエピソードが収められている。父親と二人で暮らす「僕」こと要目礼恩は、親の都合による転校を繰り返していた。新しい学校で小学四年生を迎えた礼恩は、学校付近に現れる不審者の噂、しきりに嘘をつく同級生、公園で見つかった変死体の繋がりを見抜き、残酷な事実を知ることになる。第一話にあたる「狼とカメレオン」はそんな物語だ。「タイムマシンとカメレオン」は以前の学校へ戻った礼恩が水着盗難事件に直面する話。「五人とカメレオン」は転校直後の五年生の礼恩が何者かに呼び出され、前年のキャンプで変死した教師の真実に気付くストーリーである。

 小学六年生の礼恩が同級生の転落死を考察する「靴の中のカメレオン」は、手紙のスタイルで書かれた異色の一篇。分量はやや短めだが、礼恩の境遇や心情が綴られており、演出の見事さは本書の白眉だろう。そして礼恩は「ブルーバックとカメレオン」で病院内学級の少女に出逢い、中学校初日の「ライオンとカメレオン」で入院時の出来事や過去から得た学びを語ることになる。

 環境に応じて擬態を続ける礼恩は、転校先で多くの嘘と悲劇に対峙する。意外な真相や伏線を擁するシビアな青春ミステリとして、本書は紛れもなく高いクオリティを有しているが、見所はそれだけではない。残酷な嘘だらけの世界に投げ込まれ、現実を容赦なく突き付けられる小学生の視点を通じて、嘘や物語の功罪を問う小説としても出色なのだ。

 ポテンシャルを漂わせながらも、作家性を掴みにくい感のあった著者は、質量ともに充実した本書で爆発的な進化を遂げた。覚醒した才能の行く末を見守りたい。

福井健太◎ふくい・けんた
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』、編著に『SFマンガ傑作選』などがある。

転校を繰り返す小学生の「僕」が いくつもの嘘と悲劇の真相を見抜く
新鋭が才能を開花させた注目作

バールの正しい使い方 青本雪平 定価 本体1900円+税

青本雪平◎1990年青森県生まれ。2019年に「ぼくのすきなせんせい」で第3回大藪春彦新人賞を受賞。20年に初長篇『人鳥クインテット』で単行本デビュー。瑞々しい語りとトリッキーなプロットに長けた新鋭である。

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文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

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