#12 ヲーリーVSももか姫 暁の決着
おうあんちゃん、今日も仕事帰りかい。
そうかい、明日は休みかい。だったらさっさと帰らなきゃ、こんな路地裏に寄り道なんかしてないで。奥さんだか、彼女だかが待ってるって言ってたろ、こないだ。
ところであんちゃん、たばこ持ってねえか、たばこ。
おお、悪いね。そっちの袋はあれかい、酒かい。
おお、悪いね。なんか催促しちゃったな。そしたら、またなんか面白え話してやんなきゃいけねえかな。
そうだな、三日ぐれえ前に若え女の子同士の喧嘩、見掛けたんだよ。その話でもしてやっか。
時間は明け方だなあ、四時とか五時とかそんなもんじゃねえかな。
おっちゃんはあれだよ、アルミ缶集めてたんだよ。アルミ缶。
そうだよ、アルミ缶。そしたらな、駅の方から若い女の子が歩いて来たんだ。漫画雑誌のよ、写真のページあんだろ。あれによく出てる子でよ、名前なんてったかおっぱいのぺたーんとした、小学生みたいな。
ももか姫ってのか、そうかそうか。
そんでふと繁華街の方見たらよ、また、雑誌に写真の載ってる髪の毛男みたいにしてて短くしてて、足なんかすらっと長い子、名前なんてったかな、とにかく歩いてくんだよ。なんか探して欲しい感じじゃなかったかな、名前。
ヲーリーか、それだそれだ。
その二人がお互いに近付く毎に、距離縮まる毎になんでかおっちゃん緊張しちゃってよ。会わせちゃいけない二人なんじゃないかって気になって自転車のハンドル握ったまんま動けなくなっちゃってよ。
そうだよ、あんちゃんに買い物頼まれてコンビニで一万円札出す時くらいの緊張だよ。
そんで二人がすれ違ったんだけどよ、普通にすれ違ったんだよ、何事もなく。おっちゃんほっとして、直ぐにその場から離れようとしたらよ、だーってヲーリーの方が急に振り返って駆けたんだよももか姫に向かって。なんか始まっちゃったんだよ、おっちゃん逃げ遅れちゃってよ。
そうなんだよ。でな、跳躍してよ、指で組んだ両手を海老反りんなって振り上げてももか姫の脳天にどかーんて。にぶーいいやーな音がしたよ。サイボーグかおりでも出せないよあんな音。
おお、そんでももか姫がぶっ倒れてな、伐り倒された木みたいにな。俯せに。その腋の下に自分の腕潜らせてヲーリーが路地裏の方に引き摺ってくんだよ般若みたいな顔で。こりゃ人死に出るなって思って見てたらももか姫も意識失ってなかったのかそこで頭振り上げてよ、頭突きしたんだよ後頭部で、顎下にがーんて。これも嫌な音したな。顔曲がってたもんな、ヲーリーの。
そんでよろけて、手離してヲーリーが後ろに退がって、ももか姫も身体起こして、頭低くしたまんまの姿勢で距離取りながらわーってなんか言って。酷い悪口かなんか言ったんじゃねえか、ヲーリーも黙れって感じに獣染みた声上げて、そんでまた飛び蹴りしたんだ。
そう、そっから本格的に喧嘩始まっちゃってよ。
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顔面を狙って放たれた飛び蹴りをももか姫が両腕を交差させて受ける、咄嗟に膝を屈伸させたヲーリーが反動を利用して上方へ逃れる。宙返り。絵画や音楽では再現が不可能な優美な。
そして着地。その動作が天使が翼を仕舞うようなら、ももか姫が堕天使の面貌でヲーリーを睥睨する。嘲笑い、挑発する。薄紙を首筋に当てるくらいの殺意で。
応えて、ぎゃぎゃぎゃ。
ヲーリーの漏らした嗤い声は狂気を云った。
互いに仕掛ける。一呼吸の後に左足を踏み出しそれを追うように上体を沈ませながら右の拳を放つ。ほぼ同時に互いの顔面に互いの拳骨が埋まる。ももか姫は後方に吹っ飛んだ。ヲーリーは踏みとどまった。踏み込みの深さがその明暗を分けた。
追って駆けたヲーリーが決勝ゴールを狙うストライカーよろしくの蹴りをももか姫の股間に向けて放つ。ならば男根を迎える要領でその勢いを包み込むや否やヲーリーの右脚にしがみ付いたももか姫が重力と手を組み体勢を崩しに掛かる。
顔が地面に向くよう上体を捻る、腕を突いて支点を作ると同時に右足を蹴り出し履いていたブーツを脱ぎ捨てる。きっと狙い通りにももか姫を剥がす事に成功する。
否。
或いは自ら剥がされたももか姫は得物を手に入れた。立ち上がって振り向いたヲーリーの横っ面、左の頬にちょうど死角から厚拵えのブーツの底を叩き込んだ。返しで追撃、飽き足らず更にもう一発。
目に、ダメージが表れ焦点が虚ろになる。円を描くように上体がふらついている。しかしヲーリーは立ったまま倒れない。その様子を見て無表情のまま小首を傾げたももか姫、とまれ仕上げに入る。ヲーリーの両腕をそれぞれ取り赤と白のボーダー柄のセーターの左右の袖を引っ張り、縛って繋げた。そのまま万歳をさせセーターを脱がせに掛かる。捲り上げられたカシミアのそれに顔を覆われたところで遂にヲーリーが仰臥する。
未だ脱がせている途中なのに勝手な事をしないで。
そういう表情で暫しヲーリーを見詰め、ももか姫は再び小首を傾げた。そしてヲーリーの胸の上に跨った。拳骨を固め、それを顔面に叩き落した。
未だ薄暗い夜明け前の通りにはしんとした冷気だけがあり、骨と骨とがぶつかり合う音をよく響かせた。
ももか姫はヲーリーを殴り続けた。その音が何度も繰り返されてやがて音楽になった。原始的な韻律と野性的な音色で本能に訴え掛け万人を虜にし得る音楽になった。
呼び覚まされたヲーリーが呼応して咆哮を上げた。同時に縛られた袖をももか姫の首に引っ掛け、腕を交差させるようにして締め上げる。呼吸を乱されつつも怯まず応戦、ももか姫も両手でヲーリーの首に掴み掛かる。
二人が至近距離で見詰め合う格好となる。本能が踊り感情を剥き出した二人が互いの吐息を感じながら見詰め合う格好となる。
そして。
二人の間になにかが生じた。日頃の生活の中に居る常態では見出す事がきっと出来ない、それは。
慈愛か。
性的衝動か。
いずれなにか昂ったもの。
そしてヲーリーがももか姫を引き寄せ、ももか姫がヲーリーを掴んで離さず、二人は唇を重ねた。長く甘く重く濡れた接吻を交わした。
朝陽が射した。
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タイマン張ったらダチだって言うだろ、でも女同士じゃそうはいかねえのかな。
暫くして二人が身体を離してよ、ももか姫がヲーリーのセーターの袖を解いてやったんだよ。それ見ておっちゃん、よかったなって、なんかよかったなって気になったのによ、直後にまた二人が相手の顔面狙って拳骨出し合ったんだ。
うん、それが最後の一発だったんだけどな。そんでまた二人が鏡を覗き込んでるみたいに同じ動きでよ、右手の甲で自分の口拭ってよ、最後に背中向けあって来た道を戻ってったんだよ。
凄え喧嘩だったな。憎み合ってんのか認め合ってんのか、ありゃあ自分たちも分かってねえみたいな感じだったな。
そう、そんだけの話だよ。
ところであんちゃん、たばこ持ってねえか、たばこ。一箱あったらくんねえかな。
悪いね、あんがとね。ところでそっちの袋は酒かい。
お、いいのかい。気前がいいね。男前はさすが違うね。
そしたらあんちゃん、またよろしくな。
('03.3.22)