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01 大都会/クリスタルキング

 園児服を着た女児と、母親と思しきがポニョの歌を歌いながら目の前を横切って往った。およそ落ち着ける場所とは言い難い、が、仕事が一段落ついてやっとたどり着いた公園のベンチ、ここでハンバーガーの包みを開くとしよう。

 カツレツではなく照り焼きにしたサメ肉を挟んだハンバーガーはちょっと余所ではお目に掛かれないメニュー、さてどんな味がするのだろうか、と、艶やかな卵液の照りと白ごまの香ばしさに吸い込まれるようにバンズにかぶりつこうとしたところで見知らぬ男に、声を掛けられた。

「晩御飯ですか」

 と。

 腕時計に目をやれば確かにランチには遅過ぎる時間、だから俺はその通りだと答えた、自嘲気味に笑って実際には今日はこれが一食目だと付け加えて。

 途端。
 
 男が雄叫びを上げ猛然と突進、体当たりを喰らわされた。俺はベンチからずり落ち、クラウンとヒールの間から飛び出したサメ肉は宙を舞った。

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 地下と呼ばれるフィールドを主戦場にライブ出演を続ける事10年、波に乗れないままだった芸人人生に於いて先ごろ初めて、芸能事務所への所属が決まったと言う。

「そりゃあ目出度い事じゃない」

 だが同時に、おそらく俺と同年代、即ち30代後半のその期待の新人は初めて芸人としての悩みにぶち当たったと言う。

「ただもてたい一心で芸人の道を選んだんすよ俺は。でもその事務所にいる連中、客に笑顔を届けるとか笑いで世間を明るくするとか、訳分かんねえ意識高い事を言うやつばっかで。俺それ怖くって。そんな志しなんかねえすもん、よく見ろ俺の目濁ってんだろって、お前らみたいにキラキラしてねえだろって。だっから反発心でちんちん出したら、舞台で、そしたらコンプラがどうのとかって怒られちゃって。コンプラだか天プラだか知んねえけどその通り、こっちゃ生まれた時から空っぽだっつーの」

「あんた滅茶苦茶面白くないね。スターリンに失礼だよ」

「大槻ケンヂがカバーしてたの、知ってます」

「その時に出たテレビの番組で遠藤久美子に歌わせるってのもあったな」

「天プラを。じゃ遠藤繋がりだ」

「エンクミ、当時大好きだったなー」

 おっと、あの頃トークで脱線しちまった。

「その話がどうなったら俺に体当たり喰らわす流れになんのよ」

「だから、なんか、ストレス溜まっちゃって。やりたい事やれてる筈なのに居心地悪いなとか。そうすっと今までは気にしてなかった自分の年齢の事を客観視させられるなとか。夢も目標もなくってすいませんねとか。自分のキャパ超えて考えなきゃいけない事が溜まってきたらなんか、取り返しのつかない事しなきゃって気になって」

「そんで人様の晩御飯に突撃したくなったと」

「バランス取ろうとしたんすかね、無意識に」

 遠く見詰めてんじゃねえよ、そこは反省を見せろよ。

 煙草を勧めたら掌で押し返された。

「ここ禁煙すよ」

 芸人が指差す方に視線をやると、確かに注意看板が掲げられていた。

「あんたが言うか」

 喫煙、リードを外して犬を遊ばせる、小さい子供から目を離す、ベンチで横になる、それらの禁止事項に他人の食事の妨害も加えといてくれ行政。

 仕方なしに銜えた煙草を懐に戻した。と同時に携帯が鳴った。会社からの着信。

「出なくていいんすか」

「今、ここでのあんたとの会話の方が俺の人生には重要だ」

 帰社が遅れる理由は忙しくて昼飯を食いはぐったからだ、それくらいは想像を働かせてくれ。

「それこそレールに乗っかったみたいに就職して結婚して子供作って家買ってさ。そしたらもう、道、外れらんねえんだよ。雁字搦めだ」

 おい黙るなよ、変な聞き間違いをするみたいなボケ挟める間を置いたろうが今。

「つっても俺だって馬鹿じゃねえ、覚悟して来た道だ、泣き言も、不満だって呑み込んで往ってやるよ。でもよ、持ち物がsuicaだけになるなんて未来はさすがに想像してなかったぜ。知ってるか、suicaにゃ入金限度があるんだ、俺たちゃ制限されて日々を生かされてんだ、冗談じゃねえよな」

 小首傾げてんじゃねえよ、共感出来ねえのは百歩譲っても。あんたがスイッチ入れたから俺が柄にもなく語ってんだろうが。

「だから俺たちはさ、あんたらが常識や既成概念をぶっ壊す姿に留飲を下げて感動を覚えんだよ。ちんちん出せよ、ばんばん出せよ、今のまんまを貫いてけよ。それであんたがテレビでも活躍するようになったらよ」

 テレビ出演が芸人としての一つの上がりなのかどうか、その問題は今は措いといて。

「俺は家族に自慢するぜ、今日、あんたに晩御飯を突撃された事をな」

 西の空が赤く染まり夜の帳が落ち始めていた。

 芸人にどう伝わったかは知ったこっちゃないが久し振りに夢を持っていた頃の感情を思い出した。だがこの熱は家には持ち帰れない。どこか煙草を喫える場所、探さなきゃあいけねえな。

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「え、やっぱ弁償させられるんすかハンバーガー代」

「当たり前だろ、世の中そんなに甘くはねえよ」


                              ('21.2.20)

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