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#6 スペース女囚コマンドー 地獄の復讐者<リベンジャー>

 西暦2506年7月13日。

 スペース時間、午前10時0分36秒。

 その日、その時間、宇宙全域に無数に存在する全てのテレビ放送局が電波ジャックされた。時間にしてほんの10秒弱、一人の青年による或る声明が配信された。

 度を越した顕示欲を持つ幼稚なるの悪質な悪戯だと、全ての放送局が異口同音にそう伝えた。スペース一般人の殆どがその見解を鵜呑みにした。

 だが実際は、全宇宙の平和を脅かす未曽有の危機が進行していた。

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 スペースプリズン5。

 宇宙の辺境に漂うその刑務所は、懲役100年以上を課せられた重犯罪者ばかりを収監している。詰まり、嘗て全宇宙を征服せんとした空前にして絶後の事件を起こし、懲役800年の刑を受けた女の、現在の住居だという事。

 女の名は花浦裏子、通称ウララ。

 7年前、チャンネル5専属リポーターとして活躍していた彼女は、或る日突然に、他局の看板リポーター、邪河豹介、通称ジャガーと共謀し、生放送中に全宇宙に対し宣戦を布告した。

 即ち、スペース全宇宙踊り征服計画。

 発端はこうだ。

 西暦2499年のその日、スペースハコネ温泉のスペース老舗旅館が新たに導入したスペース宿泊プランのリポートの為、ウララはテレビカメラの前で愛想を振りまいていた。

 スペース女将のスペース蘊蓄に当たり障りのない相槌を入れながら、スペーススペーシィディナーと銘打たれたスペース御膳料理を口に運んだウララがスペース舌鼓を打つ。

「ウララさん、お味はどうですか」

 とのスタジオからの呼び掛けに対し。

「ヒジョウにヒジョウにおいしいです。ホッペタがホロホロしそうです」

 と、明るい表情を作って素直な感想を伝えるその間も、馴れたものだった。

 果たして事前の段取りの通りにリポートを終えて、ウララがすっくと立ち上がる。お茶の間ではお馴染みの、リポートを締める際に彼女が放つ決めポーズ、マイクを銃に見立てて構え、カメラをスタジオにお返しします、というお定まりの台詞と共に撃つ真似をして見せる、それをして見せるのだとスペース視聴者も、スペース番組スタッフも、誰もがそう思った。

 しかし次の瞬間。

 ウララは、左手を腰にやり天を掴むような勢いで右腕を頭上に掲げ、その人差し指をぴんと突き立てるとこう言ったのだ。

「宇宙の全てを踊らせてやる」

 と。

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 それをウララは、踊り時空、と呼んだ。

 人体に流れる微弱な電流、ウララのそれは他者の心体に影響を与え踊りたがらせる特殊な波形を有した。それをマイク型の特殊な機械に蓄積し、増幅させ、人体に向けて照射する。すると相手は踊りたくて仕方がなくなり、ついつい身体を動かしてしまうのだ。

「踊り時空の中に人々を捕らえ捕らえた人々を意のままに操るんだ」

 ひとたび、踊り時空が発生すれば飛び火するように近付くものにも影響が及ぶ、そうして連鎖が繋がれば、詰まり理論上それは無限に拡大する。

「全宇宙を踊り時空で覆い全てをあたしが操るんだ」

 それが、スペース全宇宙踊り征服計画。

 恐るべきそれはしかし、達成を目前にしながらある男の歌声が持つパワーにより失敗に終わった。

 敢えなくスペースポリスの御用となったウララは、自暴自棄となり、スペース弁護士を立てずスペース裁判員裁判に臨みスペース裁判員に対しスペース悪態の限りを尽くし、そうして800年の懲役刑を言い渡された。

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 スペース受刑者花浦裏子、通称ウララ。

 彼女は今、スペースプリズン5の所長である文川行楽、通称ブンラクの呼び出しを受け、彼の執務室にて彼と対面していた。

「あたいに何の用だい、ブンラク。その萎びたスペースディックの受け入れ先を探しているなら無駄だよ。あんたはあたいのタイプじゃあないからねえ」

「相変わらず品のねえ萎える女だなぁ。それとも刑期を倍にして欲しいのかよ、裏子よ」

「ウララだ。あたいの事はウララと呼びな」

 プリズン随一の権力者が相手だろうと構わずにふてぶてしく振る舞う、誰にも媚びずへつらわない、それがウララという女。

「俺はよ、本音じゃあお前とは一生面を合わせたくねえんだ」

 ブンラクの顔面にはそれを縦に割るような真っ直ぐな刃傷がある。7年前、収監される際にウララが一暴れを起こして負わせた傷だ。それを、左手の人指し指で上から下へとなぞって、ブンラクが頬を歪めて笑う。

「今日は上からお達しがあってよ、仕方なく呼んだって訳だ」

 反応を窺うが、ウララは眉一つ動かさない。ブンラクが続ける。

「先ずはこいつを見てもらおうか」

 卓上に組み込まれた操作パネルの上にブンラクが指を踊らせる、ウララから見て右方向の宙空に映像が投写される。10秒に僅かに満たないそれは、色白で理知的な顔をした眼鏡の青年の、全宇宙に対する宣戦布告。

「ハジメまして、全宇宙のミナサン。ボクの名前は蛮灰児、パージと呼んでくれたまえ。突然ですがミナサンにお知らせがありま~す。ボクが、全宇宙を踊らせちゃいま~す。先ずは24時間後、ボクが司会のスっペシャルなスペースティーヴィープログラムを放映するよ。楽しみに待っててね~」

 甲高い、非常に幼い声だが油断は禁物、彼の、全身をくねくねと揺らすような動きは見るものに浮遊感を覚えさせる危殆なものだった。

「今の映像は全宇宙のテレビ放送波をジャックして配信されたものだ。単なる悪ふざけと感じさせる軽い態度の裏に隠された高度な技術力、これに想像が及ぶかどうか、いずれ全スペース家庭が全宇宙規模の危機を目撃してしまった事実は変わらない。今から53分前の事だ」

 ブンラクが再び、ウララの様子を窺う。驚いてはいないようだが、微かな怒りがこめかみの辺りに浮かんで見えた。

「それで、あたいを呼び出して何の用事だい」

「率直に言うぜ。お前、全宇宙を救ってみる気はねえか」

 ウララの頬がみるみる歪んだ。それは恐ろしく凶悪な笑みだった。

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「これは超最高スペース機密事項だが、実は既に、パージなるの手によりスペース大統領が誘拐されちまってる。スペースポリスが大挙して動きを見せればスペースマスコミに事実が漏れる、なればスペース一般人にまで情報が渡り無用なスペース混乱を招く事必至。故にスペース大統領誘拐のスペース事実に関してはスペース会議でスペース箝口令がスペース発動された。が、しかし時既に遅かった。スペース大統領が発したスペース救助信号に気付きスペース箝口令発動前に動き出してしまった一部のスペースポリスが命令を無視してスペース暴走している。目先の手柄か正義感か、いずれそいつらを駆り立てるものがなにか俺には解らねえが大局を見られないスペース馬鹿な連中と言わざるを得ない。敵方のスペース技術力が如何ほどのものか、今、スペース技術庁が全力で調査をしているが、悠長に回答を待っていられる状況じゃあない。そこでウララ、お前にスペース白羽の矢が立ったという訳だ」

 詰まり、スペース隠密行動を以て必要あらば暴走するスペースポリスを制圧しながら行うスペース大統領の救出、及びパージの計画実行の阻止、これがウララに課せられる任務、という事だ。

「なるほど、相当切羽詰まっているようだねえ。嘗てあたいの計画を邪魔したスペースディック大統領をあたいに救えとはねえ」

 現スペース大統領、7年前は無名のスペースオペラ歌手だった彼こそが、ウララの踊り時空を中和するパワーを持つ歌声の持ち主だった。ウララとジャガーによるスペース全宇宙踊り征服計画を阻止した伏兵だった。

「そんな話にあたいがほいほいと乗ると思ったかい。スペース会議は今や、スペース平和惚けしちまったスペースディックヘッドの集まりのようだねえ」

「勿論、スペース恩赦を用意してる。パージなるの計画を潰せば600年の減刑だ」

「あんまり乗らないねえ。それで娑婆に出てもあたいは229歳のスペースお婆ちゃんだ。自慢のスペースプッスィーでスペースハードセクシーマンを悦ばす事も出来やしないんじゃあ、なんの意味もないねえ」

「更に、スペース大統領を生きたまま救助出来ればお前は晴れて無罪放免となる。どうだ、悪くねえ条件だろう、裏子」

 スペーストランプゲームの大富豪で最後の手持ちの一枚を捨てる時の表情を浮かべるブンラク、ウララは対して、よりふてぶてしく映るように顎などを持ち上げて、睥睨で応えた。

「ウララだ。あたいの事はウララと呼びな」

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 それから3時間半後、スペース時間で午後3時丁度。

 囚人服からチャンネル5時代のスペースリポータースーツに着替え、マイク型の踊り時空発生装置を右手に握ったウララが、スペース養豚場の片隅に手足を縛られ転がされていたスペース大統領を発見した。ウララの左手首に巻かれたバンド型受信機が正確に、スペース大統領の体内に埋め込まれている有機物質製の発信機の電波を捉えていたようだ。

「へえ。豚にしちゃ高額そうなおべべを着せられてると思えばスペースピッグ大統領様じゃないか。あたいに助けられる気分はどうだい、ピッグ大統領」

「も、もがが、もががあ」

「喋るんじゃないよ、豚の分際で。豚は豚らしくぶーぶーと鳴いてればいいのよ」

 猿ぐつわを噛ませられたスペース大統領の顔面に、ウララが足蹴を入れる。

「もがあ」

「違う、鳴けって言ってるのよ。豚になった積もりで美声を宇宙に轟かせてごらんよ」

「もがあ」

 よだれを飛び散らかし、スペース大統領の顔面が歪む。満足には程遠いけれど、という顔でウララが言う。

「まぁ良いわ。あまり嬲ってスペースショック死でもされたらあたいの自由もなくなっちまうからねえ。あんたの生命とあたいの自由が、今、同じ重さである事にスペース感謝するんだねえ」

 スペース大統領を縛り上げているスペース荒縄も猿ぐつわもそのままに、ウララが彼を担ぎ上げたその時。

「スペースそうはさせないわよ」

 響き渡ったその声の出所、背後を振り返る。ウララはそこに、スペースウェストポリスデパートの制服に身を包んだ大柄な女の姿を見た。

「私の名前は倍院松子。仲間内ではパインと呼ばれているわ。けれどウララ、あなたにそうは呼ばさせない。何故ならあなたは今ここで、私にスペース逮捕されるからだ」

 びしりと真っ直ぐ、パインの右手人差し指がウララを貫く。

「今直ぐに大統領を放しなさい」

 パインの素直なものの言い方が、ウララの気持ちを少し、動かした。

「ヘンテコな女が現れたね。いいわ、お嬢ちゃん、付き合ってあげる」

 担ぎ上げたスペース大統領を無造作に放る。

「もががあ」

 そうしてウララが、応えるように、踊り時空発生装置をパインに向けた。

「腰が砕けるまで激しく責め立ててあげようじゃないのさ」

「そうと決まれば」

「踊りで勝負さぁ」

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(激しく踊って闘っております)

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「5分で昇天とは、スペースポリスの看板も大した事ないねえ。それとも優等生にはあたいの踊りは刺激が強過ぎたかい、ねえ、パイパンちゃん」

「己っ、嬲るかあっ」

「立てもしないのにイキってんじゃないよ。しばらく余韻に浸ってな」

 揚々と、ウララがスペース大統領を担ぎ上げる。その時。

「そうはさせんぞ」

 またしても響き渡る制止の声。

「全宇宙パージ化計画実行部隊、踊り団リーダー、その名誉に懸けスペース大統領の身柄は私が戴く」

 それは、聞き覚えのある声だった。この7年の間、思い出さない日の一日もなかった憎き相手の声だった。ぶるぶると肩が震えるは条件反射、抑える事の出来ない積年の怒り。

「きっさまあっ、ジャガーかあっ」

 憎悪の炎がその眼に宿る。勢い、担いだスペース大統領を放り投げてしまう。

「あ、しまった」

「もがっ、もががあっ」

「ハハハ。ハハハハハ。パージティーヴィーショウの舞台で再びまみえようぞ、ウララよ」

 頭部も覆い全身を包み隠す奇妙なスーツに身を包んだその男は、スペース大統領をスペースジャンピングキャッチするや否や、融けてなくなるようにその場から姿を消した。

「ハハハ。ハハハハハハハ」

「ジャァアアガァアアアアッッッッ」

 ウララの憤激は、空しく、スペース虚空に吸い込まれていった。

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 7年前。

 宇宙全域、その93%をウララが発生させる踊り時空が覆った。共謀者、ジャガーの采配あってこその猛攻が阻まんとするものたちの対応を遅らせ、二人のスペース全宇宙踊り征服計画は達成目前まで迫った。

 だが。

 一人の名もなき男の存在が、まるでスペースオセロゲームの逆転の一手のように一瞬の内に形勢を覆した。

 2対7800。

 ウララとジャガーの二人は、7800名ものスペースポリス隊により取り囲まれた。

 絶体絶命。

 しかしジャガーの采配は、ここに来るまで一点の曇りもなかった。無論、現状も想定内にあって対策があるものとウララは思っていた。問い掛けの視線を向けると、ジャガーはうつむき加減でこう言った。

「スペースすまない、ウララ」

 スペース物体移動、自らが持つその特殊能力を発動させてそしてジャガーは、その場から消え失せた。独りで逃げ果せた。残されたウララは、状況が理解出来ずその場に立ち尽くしたまま、敢えなく、スペースポリスの御用となった。

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 ジャガーハ。

 アタいを。

 捨てくさりやがったんだ。

 ウララがその事実を受け止めたのは、スペースプリズン5に収監されしばらく経ってからだった。悲しみは失望に変わり、失望はやがて憎しみに変化した。それは即ちウララに目標が生まれたという事。

 ジャガーへの報復という目標が生まれたという事。

 果たして、最強にして最悪の、スペース復讐者が誕生したのだ。

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 静寂を裂いて駆けるスペースモーターサイクル、跨るウララこそスペース復讐者。それを、スペースポリススペースシップが尻に喰らい付くようにして追う。

「これ以上警告を無視するのならスペース発砲も辞さない。スペース停まりなさい。スペース停まりなさい」

 拡声器から届くはパインの声。やはり素直な響きがあって、ウララの気持ちを揺さぶる。

「いい加減うざいお嬢ちゃんだねえ。ならばこっちにも、考えがあるってもんだわねえ」

 ウララが、凶悪に微笑んで、スペース通信機を手にした。

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 15分後。

 暗黒を飛び出すように駆けるスペースモーターサイクル、それを追うスペースポリススペースシップ。そのスペースチェイスに新たなる参戦者が現る。大挙して押し寄せたスペースマスコミは、ウララが流したスペース大統領誘拐情報の真偽を見極めるべくに燃えていた。

 スペースマスコミが作る大きな塊、その僅かな隙間を縫ってウララの駆るスペースモーターサイクルが、パインの乗るスペースポリススペースシップからぎゅんぎゅんと離れてゆく。

「待ちなさいウララ、停まりなさいウララ。こんな無法が許されてはスペースたまるもんですかーっ」

「お上品に振る舞ってちゃああたいと対等にもなれやしないよ。じゃあねパイパンちゃん、次に逢う時には立ち小便くらいは出来るようになっとくんだねえ」

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 ウララの駆るスペースモーターサイクルが、下品な笑い声を星の海に響かせながら小さな点になってゆく様子が映し出されているモニター、それを出席者の全員が見上げているスペース会議場、そこに。

「屈っ、反逆者め」

 スペース会議長が握った拳で机を叩いた音が、マイクを通して響き渡った。

 全宇宙を巻き込み、事態は最悪のシナリオを紡ぎ進行していた。

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(歌ったり踊ったりしています)

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(歌ったり踊ったりしています)

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 そうして遂に。

「ジャァアアガァアアアアッッッッ」

 ウララはジャガーと再びまみえた。

 場所は、パージティーヴィーショウの舞台がセットされたスペーススタジオ、その控え室。全身を包み込んでいた奇妙なスーツを脱ぎ、ウララにとっては見覚えのある格好でジャガーは待っていた。

「よくここまでたどり着いてくれた。感謝するぞ、ウララ」

 ウララが冷静であったなら、対話を持とうとするジャガーの態度に気付いたかもしれない。だが。

「抜かせえっ、裏切り者めっ。今直ぐスペース踊りで勝負だあっ」

 それも想定内、と口にする代わりにジャガーがスペースポーズを決めてみせる。

「もとよりその気っ」

「レッツデェンスッ」

 怒りの炎が一層に盛った。

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(↑ ← ↓ → A B A)

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 その炎もゆっくりと、今、消えた。

「気は済んだか、ウララ」

 両手両膝を床に突き、ようやく身体を支えているウララに対し、勝利は当然という涼しげな様子も隠さずにジャガーが切り出す。

「先ずは見せたいものがある」

 天井から吊り下げられたテレビモニターの電源を入れながら、部屋の隅、スペース荒縄に猿ぐつわも先のままに椅子に座らされていたスペース大統領の横に立ち、ジャガーがウララを振り返る。

「この7年で私はようやく、自分以外に対してもスペース物体移動能力を行使出来るようになった。それを今、証明して見せよう」

 スペース大統領の左肩にジャガーがスペース右手を置く。

「大統領、帰りたい場所を頭に思い浮かべて下さい。私が今から其処へ送って差し上げます」

 こくこく、と、スペース大統領が頭を縦に振る。三つ、ジャガーが数えると、7年前にジャガーがウララの目の前から消えたように、スペース大統領の姿がその場から消え失せた。

 スペース大統領誘拐事件を報じるニュース番組、そのリポーターが慌てた様子でなにかを言うと、画面にはスペース大統領の突然の帰還に沸くスペース大統領官邸の様子が映し出された。

 スペースジグソーパズルのピースが嵌まるように、なにかの合点がいった気になる。しかしまだ、ダンスバトルの疲労が残っているウララは言葉を発する事が出来ない。

「では、そのままで聞くんだ。7年前のあの時、私はお前を見捨てたのではない。いずれこの機会を想定して最善の解決策を選択したに過ぎない。詰まり、お前の踊り時空では全宇宙を踊らせる事は出来ないと判断し、私のこの手で事件を終結させたのだ。そうして以て言わば全宇宙を踊らせたのだ、全てはこの機会の為に。この機会とは詰まり、スペース全宇宙踊り征服計画を再び実行に移す機会だ。見よ。お前は、今、再び自由を手に入れたのだ。もう一度言うぞ。よくぞここまでたどり着いてくれた、ウララ」

 その名前は、憎悪の対象として7年、ウララを支え続けた。同時に最愛のものを指した。

「ジャガー」

 そう呟いたウララの表情が全てを物語っていた。

「さぁ、今こそ立つんだ、ウララ。再び二人で始めようじゃないか」

「ジャガー」

 互いに不在だった7年を埋めるかのように、二人は互いの存在を確かめ合った。凝り固まっていた気持ちが解けて、温かいものと交ざり合った。実に感動的なその場面はしかし、エンドマークにはまだ遠かった。

「そうはいかないよお二人さ~ん」

 無粋にも水を差すものがあった。

「パージ」

 宙空に、色白で理知的な眼鏡の青年の姿が立体映像として映し出される。

「そうとも。ボクの名前はパージ。今より全宇宙に君臨するものさ。既にパージティーヴィーショウの開幕まで秒読み段階、全宇宙がボクのオキテで踊り出すまでほんの僅か。止める積もりならスタジオへとやって来るんだねえ。余興の一環としてお相手して差し上げるよ~。ハ。ハ。ハ」

 耳障りな甲高い笑い声を残し、立体映像は消えた。

「さて、どうする。行き掛けの駄賃に宇宙でも救ってみるか、ウララ」

 ウララの頬がみるみる歪んだ。およそ目を背けたくなるほどに醜怪極まる笑みだった。

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 パージティーヴィーショウの舞台セット、その下手にすっくと立つ細身の女性の姿があった。

「リポート見るなら42チャーン。ミナサマこんにちわ、プリンでぇーす」

 本名は青仁多風鈴。過去にはアイドルとして全宇宙的人気を博した彼女も、8年前の転身以降、徐々にリポーターとしての才能を開花させ、今や元アイドルの肩書も邪魔になるほどだった。

「スクープです。大スクープです」

 舞台上手のパージをびしりと指差し、プリンがその凛々しいものの言い方で視聴者に呼び掛ける。

「ミナサマご覧ください。我々42チャンは遂に、今回の事件の首謀者である青年の姿をゲキシャする事に成功しました」

 ステージ全体を引きで捉えていたカメラがズームし、パージの姿を大きく映し出す。

「この顔です。この姿です。この青年こそが今、全宇宙を踊らそうとしているスペース脅威なのです」

 きっと視聴者と同様に、プリンもまた固唾を呑んでパージの動向に注目する。その一瞬の静寂が。

「スペース小便臭え青二才に踊らされっ放しじゃこちとら商売上がったりなんだよおっ」

 地獄で味わわされた苦痛の恨みを云うような濁った声に掻き消される。

「ウララ」

 プリンにとっては援軍到着、見上げた空に虹を見付けたような表情をウララに向ける。

「ウララ。本当に来たんだね~、前時代の生きた化石がぁ~」

 くねくねとパージが身体を揺らす。彼の眼鏡が、照明の光を反射させた。

「黙れえっ。あたいの名を口にするには800年早いんだよおっ、このどぶ臭えコピーキャットがあっ」

「私も居るぞ」

「ジャガー。キミがボクを裏切るのは計算通りだったよ~。早速キミタチをまとめて葬り去って、全宇宙のミナサンに新時代の幕開けを教えてあげなきゃあね~」

 舞台の上手にパージ、舞台の下手にプリン、ジャガー、そしてウララ。

「キミみたいな人間にリポーターは相応しくないよっ」

「その通りっ。私たちがお前にスペース仕置きを与えようっ」

「とにかくハゲシク踊りで勝負とくらあっ、このスペースボンクラ眼鏡豚があっ」

 いよいよ対決の時。

「ウララッ」

「パージッ」

「プリンッ」

「パージッ」

「ジャガー」

「パージッ」

 四人が一斉に、叫んだ。

「踊りで勝負ッッッ」

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「あたいが踊りでっ、負けるもんかよおっっ」

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 果たして。

 パージの野望は宇宙の塵となって潰えた。

 スペースポリスウーマン、パインにパージの身柄を引き渡したのは、42チャン専属リポーターのプリン。

「二人は何処へ」

 パインが現場に駆け付けたその時、既にウララとジャガーの姿はなかった。

「さぁねえ。情報提供者の所在を明かせないのが、スクープの痛いトコロよねえ」

 プリンが浮かべて見せる笑みは或いはアイドル時代に培った鉄壁の防御、いずれ詮索は野暮とパインも理解していた。

 スペース大統領は無事に救出され、パージの野望も潰えた。その功労者の活躍はテレビカメラを通じスペース一般人も知るところとなり、宇宙の危機を救った英雄としてその名は語られるだろう。

 パージの手首にスペースワッパを掛ける事を以てパインは、自身に今回の事件の終結を言い聞かせた。

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 その後、スペース会議の命によりウララとジャガーの捜索が開始されたが、一年の後、発見の見込みなしという報告を最後に打ち切られた。

 二人の行方は、超最高スペース機密事項となった。

('02.3.12)

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