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おばさんだって恋の話がききたーい!

「この前、プロポーズされたんですよ」
休憩室でふたりでお昼ご飯を食べているときに、鈴木さん(仮名)が言った。
「えっ!?おめでとうございます!!」
同じ職場のふたつ年下の彼女の突然の報告に、わたしは卵焼きが口から飛びでそうになった。

ずっとなりゆきを聞いてきたわけでもない。
彼氏がいることも知らなかった。
あまりおしゃべりをしないクールな印象の彼女がいつものようにボソボソッと言ったことだけど、こんな風にうちあけてくれたということに、めっちゃうれしくて誰かに言いたいという気持ちの盛り上がりを感じた。
だってプロポーズの返事はOKなのだから!

わたしもテンションがあがる。
「どどどこで出会ったんですか!?」
彼女は照れくさそうに笑いながら、ぽつぽつと答えてくれる。
何歳くらい?!どんな人?!それでそれで、どっちからつきあおうっていう話が出たの?!
普段わたしもそんなにおしゃべりな方じゃないのだが、お弁当を持ったままどんどん彼女のそばに近づいて行って質問攻めにしてしまった。

久々の恋バナだったのだ。
アラフォーにもなると、身近なところに恋の話は全然やってこない。
友達と話すことは子育てのことが中心だし、もともと恋愛少女マンガ大好きなわたしは恋バナに飢えていたのかもしれない。

それから、ときどき鈴木さんとお昼ごはんが一緒になると、彼との話を聞いた。
話題のスイーツを食べに行ったけど、値段が高くて一個だけ買ってふたりで半分こしたとか、ペアリングを一緒に選んだとか、わたしは心の中でキャーキャーはしゃぎながら聞いた。

わたしが今の職場に入ったばかりの頃、彼女はツンとした感じだった。
ちょっと話しかけるのに勇気いるなって。
それが、まわりのみんなも「最近、鈴木さんやわらかくなったよね」と言うようになっていた。
心なしか笑うことが増えたような。


そんなある日、彼女が泣いていた。
なにがあったのか分からない。
まわりの人たちが言うには、残業になりたくないからでは?ということだった。
いや、本当のことは分からない。
直接聞いたわけじゃないから。
彼女を理解できるのは彼女と同じ仕事を担当していて、同じように長く勤めている人だけだろうから、その人に背中をトントンされているのをわたしは見守るしかなかった。

彼と出会うより以前は、誰より早く出勤して、誰よりも遅くまで仕事をしていた彼女。
プロポーズを受け、ふたりで暮らし始めた。
家に帰っても寝て起きてまた仕事にくるだけだし、と言っていた彼女が、彼と暮らす部屋へ早く帰りたいと思うようになったのかもしれない。
彼女にとって大事なものが彼との時間へと変わったのかもしれない。

大きな大きな変化が訪れているのだ。
彼女の人生に、感情もついていかなくなるくらいの大変革が訪れていて、だから涙がでるんだと思った。
わたしはほんとは思いっきり彼女をハグしたかった。
わーん!って一緒に泣きたかった。
わたしは鈴木さんの人生の貴重な瞬間に立ち会ったような気持ちだった。


恋は人を変化させる。
だから恋バナはおもしろいのかもしれない。
つらい変化のときもあるだろう。
けど、それもまたいい方向へ流れが変わるときがくるといいなと思う。
彼女に笑顔が増えたような変化が、わたしは好きなのだ。


鈴木さんが指輪をつけてくるようになって、職場の女子たちは盛り上がった。
「恋バナって楽しいですよね」とわたしが言うと、10歳ぐらい年上の先輩が言った。
「え?わたしの恋バナしようか?」
「ぜひぜひ聞かせてください!!」




おわり。




#創作大賞2024 #エッセイ部門

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