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孤独担当大臣

「孤独担当大臣」

 委員長にそう呼ばれ、答弁席へと向かう。この古典的で形式的なやりとりはいったいいつまで続くのだろうか。わたしがガキの頃から名前を呼ばれては行ったり来たりして、いまでも謎に思う。
 この道のりもどうにかならないものか。野党議員からはヤジを飛ばされ、仲間のはずの与党議員からも下手な発言をしないかとにらまれる。まったくもって八方ふさがりとはこのことだ。

「その件につきましては現在鋭意検討中でありまして、また個別の案件であるため、お答えすることはできません。」

いつも通りの返事をするとすかさず、質問席から反発が来る。

「いいんちょ」

「金山君」

「あなたはそう言って何も答えないじゃないですか。大臣としての責任感はないのですか。人々がこんなにも孤独に耐えあぐねているのですよ。担当大臣としての自覚が欠如しているとしか考えられない、不信任決議案を提出します。以上で質問を終えます。」

拍手とともに質問者が軽く会釈をし、質問席をさる。

「午前中の審議はこれまでとし、午後は1時間後に再開とします。」

委員長の棒読みにより議員がぞろぞろと委員会室を後にする。まだ長い一日の午前中が終わったにすぎないが、疲れがどっと押し寄せてくる。まったくなんて大臣を請け負ってしまったのだといつものように後悔していると、農林水産大臣の中野が話しかけてくる。

「いやあ、いい答弁でしたね。あそこまで割り切って答弁できるひとはなかなか自由党にもいませんよ。」

「いやいや、覚悟はしていましたがこんなにも縛られた答弁しかできないとは、なんだかもどかしい気もしますね。」

「何事も慣れですよ!私だって二年この仕事やってますが、慣れに慣れを重ねてもうプロフェッショナルです。優秀な官僚に任せて、われわれはどっしりと構える。そんな心づもりで行きましょう。」

「それもそうですね。」

無駄話をしながら控室に戻る。まったくもっておやじの吹き溜まりのような場所である。禁煙なのでタバコは吸えないが、先ほどまで吸っていたであろうニコチンの香りと加齢臭が鼻をツンとつく。最近では慣れてきたが、初めて入ったら腰を抜かすほどのものだった。中野は閣僚に話しかけられ足を止めたので、なるべく奥まで行き隣のふさがった席に座った。水を一杯飲むが物足りず二杯目を飲む。しばらくするとスマホがなり、お付きの次官である佐々木から省へ戻れとの連絡が入った。

議事堂から霞が関へと車を飛ばしてもらい孤独問題対策省、通称孤独省へと戻る。大臣室へ向かうと先ほど連絡をしてきた佐々木がすでに待っていた。

「今度は何があったんだ。」

「先ほど入った情報なのですが、宮城の孤独数がまた300を超えまして警戒ラインとなりました。報道発表は今のところ抑えていますが、午後の審議までは持たないでしょう。さすがに先ほどと同じ答弁では支持率に影響が出るので、何とかしましょう」

「またか、今週何度目だ。まったくいつまでそんなものに敏感なままなんだ。私が中坊のころには500を超えることなんか日常茶飯事だったぞ。」

「大臣、時代は変わるものです。今の時代には100を超えるだけでSNSがざわつき始めますからこちらもそれを傍観するわけにはいかないのですよ。そしてそのような発言は決してこの部屋以外でしないようにお願いします。」

「それはわかってるよ。まったく息苦しい時代になったもんだ。孤独数の緩和議論はまだ進まないのか。あのフィンランドでさえ基準は600なんだぞ。」

「ただいま諮問会議で検討中ですが永山大学の橘がやや動きを見せています。ほかには市民団体からの署名や脅迫まがいのデモまでされているものですからなかなかですね。新聞でも取り上げられるのも時間の問題です。善処はしますがこのままでは厳しいかと...」

「わかった。このまま黙っていてもらちが明かん。いつも通り談話を発表しようか。原稿の用意を頼む。」

「かしこまりました。」

今日こそは昼食に鮭定食を食べようとしていたが時間がなく、仕方なく簡易型昼食弐型を摂ることにする。まずくもないがうまくもないのは何とかならんのか。

食べ終わったころに再び佐々木が入ってきた。

「大臣こちらの原稿でお願いします。あと再三のお願いではありますが公式見解以外のことは...」

「わかってる。きちんと言われてことだけやるよ。これでも孤独大臣なんだ。」

「ありがとうございます。それでは会見室へお願いします。」

足早に部屋へはいるとフラッシュが焚かれる。あいつらはいったい何を写してるんだ。マイクのスイッチを入れ原稿へと目を落とす。報道官の進行に従い、己の仕事をこなす。

「えー、それでは孤独数の急激な上昇に対する記者会見を始めたいと思いいます。それでは大臣お願いします。」

「えー先ほど報道にもありましたように現在、宮城県で孤独数の急激な上昇がみられます。これに伴い、孤独注意報を発令します。該当地区へお住まいの方は周りの人と笑顔で楽しく会話を楽しんでください。また近隣の岩手県、秋田県、栃木県でも上昇傾向が見られますので、楽しみ周りの人と楽しんで会話してください。以上です。」

「それでは記者質問に移ります。質問のある方は挙手ののち、指名された方は所属と氏名を述べられたのちご質問ください。」

数えきれない手が挙がる。

「では毎朝新聞の田中さん。」

「えー、毎朝新聞の田中です。大臣は『笑顔で楽しく会話を楽しんでください』とおっしゃいましたが、ほかの対策は何か講じられないのでしょうか。このままで市民の納得を得られるとお考えでしょうか。」

「はい、ご質問ありがとうございます。ただいま申しました質問に加えて、話しやすい環境を作るためのBGM音声の放送、さらにお互いに呼びかけやすいための名札の装着の推進も行っており、いずれも一定の効果を上げていると認識しております。」

「それは通常の対策ですよね。この非常事態に...」

「質問はお一人おひとつまでにお願いします。それでは東経新聞の加藤さん。」

「東経新聞の加藤です。孤独数の警報発令数について緩和を模索しているようですが、それにより国民生活にどのような影響が出るか考えていますでしょうか。また成立した場合に孤独死者数が今の1.5倍にも増えるとの試算も出ていますが、どのようにお考えですか。」

「孤独数の緩和につきましては現在、本省の諮問会議に諮っていることでございまして、検討が終了しましたら報告いたします。また専門家の方々の意見をお聞きしながらの検討ですので国民生活に大きな影響が起こるとは考えておりません。孤独死者数の推移については情報源が不確定な成功でこちらとして確認しておりませんので、お答えは差し控えます。以上です。」

「それでは午後の公務もございますので、記者会見は以上になります。ありがとうございました。」

一礼し、会見室を後にする。まだ記者が大きな声で質問してくるのにももう慣れたものだ。午後の委員会が始まるころなので、そろそろ国会に戻らなくては。

首相が野党の質問をのらりくらりとかわす様に感心しながら一人物思いにふける。私はなぜ政治家なんかになったのだろうか。日本を変えようとでもしたのだろうか。しかし今となってはこの国の抱える問題の複雑さに頭を抱える毎日だ。いや、本当は抱えてなどいないかもしれない。大臣とは名ばかりで官僚の書いた原稿をただ読む日々に、閣議で首相のいうことにただうなずくだけ。歴史に名が残るのは誇らしいが、本当に残るのは名前だけである。この時代におまんまを食えてるだけありがたいか。

孤独担当大臣ということが私の鬱屈した日々に拍車をかけている。近年日本では孤独が問題になっている。いや、日本だけではない世界中で問題になっているといえるだろう。オンライン技術や娯楽のサブスクリプションの発達により人間は生活の上で他者を必要とすることがほとんどなくなってしまった。しかしそうなると増えるのは孤独死や精神障害だ。古代より群れで活動してきた人間のDNAには、他人と関わらないと機能不全となるシステムが備わっていることは一般常識となった。生活習慣病などの基礎疾患やそれに伴う孤独死が大幅に拡大したのだ。都内で事故物件じゃない物件を探す方が難しいという現状はもはやお笑いだろう。そのため各国政府は人々が孤独になるのを防ぐため様々な対策を考えた。そこで日本から波及したものが孤独数だ。これは連絡を取る間隔と一回の連絡の時間など様々な観点から、計算して出されるものだが詳細は把握しなくていい。高いとやばいということだけ覚えておこう。日本の基準は300を超えると孤独注意報。注意報が発令されると政府からの呼びかけ。500を超えると孤独警報発令だ。警報が発令された場合は30分以内にだれかと連絡を取らないと3万円の罰金刑となる。連絡を取ったかどうかは各々につけられたマイクロチップで一括管理しているのだ。合理的だな。しかし日本の基準は低すぎるのでしょっちゅう警報レベルまで近づいてしまう。孤独に反対する会などのロビー活動によりここまで基準が下がってしまった。しかし一般市民はこう何度も発令されるもんだから最近では罰金を払った方が楽ということで、罰則対象者が増えている。まあそうなる気持ちもわからんでもないが、二世でお坊ちゃんの首相は「ならば基準を厳格化し、孤独をもっと防がねばならん。」などと明後日の方向を向かって話してしまう。大臣としては反対すべきだが、このポストをくれた恩には代えられない。静かにうなづいた。

そもそも孤独とは何なんだ。孤独大臣の任を受けてからずっと考えているが、いまだに答えは出ない。人と関わるからと言って孤独でないというわけでもなく、一人で過ごすからと言って孤独とも言い切れない。そもそも数値化などできるわけでなく、孤独数など科学的根拠の薄い気休めでしかない。人間の感情を数値化するなどたとえ時代がいくら過ぎ去っても絶対的に無理だろう。しかし、人々が孤独に苦しんでいることは確かなのである。その事実がある限り人々は孤独を恐れ、孤独は人々を犯し続けるだろう。チャーチルが核兵器に対し、『人類は初めて自分たちを絶滅させることのできる道具を手に入れた。これこそが人類の栄光と苦労のすべてが最後に到達した運命である。』とコメントしたことは有名であるが、自由と独立、個人の尊重独立を求めた人間が、孤独によって体を蝕まれていくのはまさに禁断の智慧の実を手に入れてしまった人類の運命なのだろうか。

「孤独担当大臣」

そんな考えを拭い去り、私はまた答弁に向かうのであった。

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