学校の『何でも屋』さん 第二話
私立九十九学校には沢山の噂が流れている。地下の実験施設、新型兵器の開発。国の実権を握る次期官僚の選別がこの学校で既に始まっている。『何でも屋』の秘密基地が地下に存在している等。そんな数ある噂の一つが、本当だったりすることもあるのである。
ここは普通科棟の地下にあたる場所。
「なんで私が、こんなところにいなきゃいけないのよ‼︎」
元気よく叫ぶのは、ショートカットが特徴的な可愛いよりも美人という言葉が、口を開かなければ似合いそうな見た目の女子高生。楠田凛だった。社長が座ってそうな椅子と机にちょこんと座るのは、狐の仮面を被った小さい男子高校生。名称『何でも屋』
「凛さんは、『何でも屋』正社員第一号なので」
「いや、私はアンタの部下になったつもりはない‼︎ 目の前で盗みを頼むようなアンタと同罪になりたくないのよ‼︎」
楠田は目の前に座る表情の読めない犯罪野郎に身を任せたら、何をされるかわからない。
「僕は凛さんとはうまくやっていけそうな気がするんですけどね」
「私からは願い下げ‼︎ 今から、上に戻ってアンタの居場所を言いふらしてやる‼︎」
「楠田結利」
最初は聞き間違えかと思った。だが、この単語はこの部屋をこだましたのだ。私から口にすることは絶対にない。ならば、この部屋に残るもう一人から聞こえてきたことになる。
「なんで、アンタがその名前を……」
「社員の身辺調査は基本ですよ。しかし、今回ばかりは大変でして……それよりも、まさか、凛さんに生き別れの双子の妹がいたなんて驚きでした」
「アンタがそれを知ってどうするつもり‼︎」
「ちなみにこの学校にいますよ、妹さん。妹さんの情報集めも手伝いましょう」
衝撃だった。まさか、行方不明の妹がこの学校に在籍しているとは。
楠田の妹は、楠田が十才の時に母が離婚した際に父方に連れてかれた。その後は父と共に連絡が途絶え、行方不明に。母には、もう関わるなと言われていたが、納得がいかなかった。楠田は独自に調べていたが、結果的に何もわからなかった。
「アンタ、嘘ついてないわよね」
「社員には嘘はつきません。それに、将来の大学費の為にお金を溜めているみたいですね。報酬も今のバイトの二倍は払いましょう」
確かに楠田は妹のことを探している。そして、大学費をバイトして貯めていることも知っている。だが、相手は自分の目の前で犯罪に加担していた男だ。そんな奴と組むのは──。
「……わかったわ」
「では早速、今日の依頼です。とある人から校内にいるはずの猫を探すように頼まれました」
「猫探しをしろってわけ?」
「そうです。逃げ出した猫を探して欲しいと。……どうしました? 何か不満でも?」
「いや、もっと犯罪的なことをお願いされるのかと」
「自分はそれでもいいですが、まぁ、初めの仕事ですし、まずは仕事ならしということで」
楠田は詐欺まがいのことをされると思ったが、どうやらそういったものばかりではないらしい。『何でも屋』が机の引き出しから、写真を一枚を机の上に投げ捨てた。それを覗くようにして楠田は見下ろした。
「へぇ。可愛いらしい猫ね」
写真に写っている猫は毛がもっさりとした猫だった。楠田は猫に詳しくないが、イメージとしては金持ちが持ってそうな上品さが猫から伝わってきた。
「いかにも金持ちが持ってそうな猫様ですが、野良との見分けかたはそれだけではありません。首についている肉球ストラップの首輪もこの猫の特徴です。この猫を捕まえて持ち主の場所まで運んでください」
何処かのアニメの司令官みたいなポーズで偉そうに命令してくる『何でも屋』に、楠田は机の写真を掴み取り背中を向けた。
「別にアンタの部下になったつもりはないよ。アンタとは仕事仲間、ただそれだけ。私のやり方でやらせてもらうから」
地下の梯子から出ると、普通科棟の一階の階段下物置に出ることになる。そこから、タイミングを見計らって、第三者からみられても怪しまれないように学校の玄関を出た。
楠田は少し校内を歩いてはみたが、猫どころか動物の一匹も見つけることができなかった。
「本当に校内にいるんでしょうね?」
いや、もしかしたら、『何でも屋』の言ったことは出鱈目で、本当はもう校外に逃げているかもしれない。そうなったら流石にお手上げだ。『何でも屋』に対してどういった文句を言おうか考えているとイヤホンから音声が聞こえてきた。
『校外には出ていないはずですよ。依頼主が飼い猫は臆病だから外には出ないって言っていました』
このイヤホンは秘密基地を出る前に『何でも屋』が渡してきたものだ。楠田は『何でも屋』の言いなりになるのが嫌だったが、もしものためにということで、渋々受け取り身につけている。考えていることが『何でも屋』に見透かされているのが楠田にとって、とても気持ち悪く一瞬だけ背筋に悪寒が走った。
「アンタ気持ち悪いわね。でも、外に出ないったって、ここの学校の校内はほぼ外みたいなもんでしょ……って、いた」
楠田の目の前に学校の十字路の真ん中に、例の金持ちが買っていそうな猫様がいた。猫様は楠田のことに気がついていないみたいだった。楠田は猫に気が付かれないようにゆっくりと忍足で近づいた。
バレないようにゆっくりと。
ある程度、猫に近づくと十字路の左右から、見知らぬ男子学生二名が楠田と同じ動きをしながらゆっくりと例の猫様に近づいていた。右からやってくるのは不良っぽい学生。そして、左からやってくるのは真面目っぽい学生だ。男子学生同士、途中でお互いの存在に気がついた。
「あ、お前は風紀のところの‼︎」
「君は、藤のとこの不良‼︎」
「また、俺らの邪魔をしにきたな、この坊ちゃん野郎‼︎」
「邪魔しているのはいつもそちらだろ‼︎」
男子学生二人は猫を挟んで言い争っていた。楠田にしてみればとてもくだらないことであった。オールバック不良学生の方は学ランのボタンは全開、中から見える藤の花が大きく描かれたTシャツがチラチラ見える。そして、センター分け風紀委員は真面目そうなメガネと風紀と書かれた腕章。学ランのボタンを全部閉めていた。
しかし、このまま猫様の上で二人が騒いでいると、いつか、猫様がこの場から逃げてもおかしくはない。そうなるとまた、広い校内を逃げないといけない。楠田はそれだけなんとかして避けないといけないことだと思った。
「そこのお二人さん。ちょっとよろしい?」
楠田が声をかけると二人が一斉にこっちを振り向いた。
「なんだお前、俺は忙しいんだよ。こいつと決着をつけたら、やらないといけないことがあるんだよ」
「不良くんは少し落ち着いたらどう?」
「俺は不良くんなんて名前じゃね。俺は藤ノ華に属するイケている男‼︎ 斉藤 儺翼だ‼︎」
なんだか、安っぽい芸能人みたいなノリだと楠田は感じてしまった。
「そうだな。この女子生徒の言う通りだよ。君は少し落ち着いてみてはどうかね」
「そうそう、この真面目くんみたいにね」
「真面目くんだと……僕は真面目くんと言う名前ではない‼︎ 僕の名前は風紀委員の青柳 サルビア《あおやぎ さるびあ》だ。こう見えても日本とイギリスのハーフだ」
セルビアと名乗る風紀委員はちょっと見ただけではハーフには見えない日本人だが、よくみれば確かに、鼻が高かったり、目が青っぽかったり、日本人離れしている特徴が顔に見られた。
「じゃあ、斉藤くんと青柳くんはそこの猫様を探してきているんだよね。なら、協力しないかな? 私もそこの猫様を捕まえないといけなくて……」
「猫様だと? この猫のことか? ああ、確かにこの猫を今まで探してきたが」
「君も猫探していたのか。なんの為にもしかして、藤ノ華もあれを」
「お前には関係ねぇことだ」
「なんだと?」
不良と風紀委員は今にも取っ組み合いがはじまりそうなほど、お互いのことを睨み合っていた。ついに 二人が踏み込んだ瞬間に猫は早足で、この場から去ってはしまわなかった。猫は大きく足を動かし、楠田の方によっていき、楠田の胸元に収まったのだ。
「あれ? 捕まえちゃった」
他二人はこの結果にポカンとしてしまい理解が追いついていないようだった。しばらくして、お互いの顔を見合わせた後に、二人で顔を近くして一言、二言、話し込むと二人は同時に楠田の方に再び振り返った。
「いやぁ、猫様捕まってよかったっすね。そうだ、自分、猫をしまえるペットケースを持ってるんで、ちょっと取りに行ってくるっすね。ちょっとまっててくださいっす」
不良くんは何故かとても低姿勢な感じになり、どこかへいなくなってしまった。
「じゃあ、僕は風紀委員の別の仕事を片付けないといけなくなってしまったから。ここで失礼するよ」
そう言って、風紀委員も何処かに行ってしまった。取り残された楠田には二人は何を話していたかわからない。おそらく、片方は猫探しを諦めたのか。それとも、猫を楠田が捕まえたことで仕事が終わってしまったのだろうと思い、不良くんを猫様を抱えながら待っていた。
不良くんは5分もかからずに戻ってきた。
「お待たせしたっす。このケースに入れてください。これで猫も逃げなくなると思うっす」
「あ、ありがとう」
ペットケースを手渡され、猫をペットケースに入れてケースの蓋を閉じた。
この時、楠田は不良のことを警戒していた。あまりにも先ほどと様子が違い、素直すぎたからだ。もしかしたら、ケースごと奪い取られるかもしれないと。
だが、それではなかった。
楠田は後ろから人物が近づいてきたと思った時には遅かった。その時には麻袋を頭からかぶらされてしまい、視界が奪われてしまう。そして、強烈な電撃が楠田の身体中を巡った後に気を手放してしまった。